ブログ「日々整体」

子育ての成功と失敗を判断する方法

整体にこられた方から、

「子育てに失敗した。」

それで後悔をしている話をうかがいました。
子供が3人いるそうですが、ついつい世話を焼きすぎて、子供が自分で身の回りの事をまったくできないのだそうです。

それで、お子さんの年齢を聞くと、一番上が中3ということでした。
私は、

「それなら、子育て失敗の判断はまだ早い。」

と答えました。

私の同級生には、同様に母親があれこれと世話をやいてくれるので家事をまったくできないという奴がいました。奥さんと話す機会があったのですが、出産で入院したときに、

「うちの旦那が、ゴミを捨てれるようになった。」

と、自慢されました。
ゴミぐらいで何をと思いましたが、母親によっては、

「男が家事をするのは恥。」

みたいな認識を植え付けられる事があります。
ある種の教育ですが、深層心理にすり込まれてしまうとゴミ捨てをすることを恥だと考えるようになります。すると本当にゴミを捨てる事ができなくなります。

合理的に考えるなら、ゴミ捨てなんぞゴミ袋をゴミ捨て場にもっていくというだけの行動です。
しかし、深層心理で拒否をしてしまうとできなくなります。最近だと、テレビで延々と新型コロナウイルスが恐ろしいとすり込まれてしまって、合理的、理性的な判断ができない人がほとんどですね。

なかなかわかりにくいかもしれないので、異性の好みで考えてみてください。

「生理的に受け付けない。」

そういう異性っていませんかね?
所得がそこそこあって、ルックスも悪くない、性格だって人並みといっていい人なのだけど、どうしても受け付けない。そういう異性を、いい人だからと、紹介されたとしても、付き合っていずれは結婚みたいな事になるかというと、まず無理であろうと思われます。

なぜかというと、最初に述べた通り生理的に受け付けないからです。
こういうのは、本能的に拒否をしてしまう要素を相手が持っていたりする事で起こったりします。例えば、子供の頃にいじわるされて辛い思いをさせられた相手に目元がよく似ているとかいった具合でしょうか。これは本人の顕在意識のもので、意識に浮上してくるわけではありません。潜在意識の中で辛い気持ちを思い起こさせてしまうけです。こんな具合だと、生理的に嫌われる側には何の問題もなく、普通は対処のしようがないかもしれません。

こういう時には脳を洗う、いわゆる洗脳というのが必要になります。
洗脳というと、ある種の思想や考えをすり込むという印象のある言葉なのですが、本当は文字通り脳を洗うという意味で、誤った認識や考えをニュートラルの状態に戻すという意味ですね。

私が知っているケースだと、嫌悪感をもったまま結婚して10年ぐらいかけて相手の男性のイメージを上書きすることで洗脳したという話があります。その女性は、結婚して10年たって相手の男性を愛せるようになった途端に、その男性が病気で亡くなって、さらに深い傷を負うなんていうオチがついていましたけど。

話がそれました。

それで、中3の男の子が、家事ができないとか、家事は恥だみたいなことがすり込まれているか?
というと、おそらく違うでしょう。単に、これまで経験がなかったし、興味もなかったのでできないだけだろうと思われます。

この状態で、

『子育て失敗』

と判断するのは早計ですね。

私は、

「子育ての結果というのは、連れてきた嫁さんによって判断されるべきものだ。」

とアドバイスしました。もちろん、女の子だったら旦那ですけどね。
どういう人間を人生のパートナーとして選べるか?人間としてもっとも大切な要素の1つだと思います。子育ての結果は、短期間で判断するべきではなくもっと長いスパンでみてあげなければいけないと思いますね。

また、

「女の子は、体の成長、時間とともに精神も成長するのだけど、男の子の場合は精神の成長はある日突然起ここります。男の場合、なにかしらのきっかけである日、突然に変化する。その機会は必ずやってくるのでその変化をまってあげないといけない。」

と、さらに付け加えました。
男はいつまでも子供で、女の方が、大人びるのが早いなんていうのはこういう事が理由ですね。

ついでに、加えとくと、男の子はこの変化のタイミングで父性を必要とします。
この時、父親がしっかりしていないと、男の子はぐれてしまったり、腑抜けになってしまいます。父親が背中を見せる必要があるのは実はこの時だけです。もしいない場合は、日本だと、先輩だったり、学校の先生だったりが父親の役割をもめられます。

子供が父性をもとめている様子は私の世代だと金八先生のドラマがわかりやすいですかね。
校庭をバイクでバイクで走り回って、ガラスを割って、父親を求める様子をドラマ化したのがこのドラマです。
で、話していて気が付きましたが、金八先生が流行っていたころ、父性をもとめていたのに与えられなくて、腑抜けになった世代が、今、政治家をやっていたり、企業のトップにいますね。新型コロナウイルスの対応がうまくできないのは当然の事といえるでしょう。子育ての結果は、ウイルスが蔓延した時の対応でもわかるわけです。今、マヌケな事ばかりやっているのは、彼らの両親たちが子育てに失敗したからでしょう。
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べきを使いはじめる

禁句にしている言葉がいくつかあります。
その中の一つに、

「~するべき。」
「~であるべき。」

という具合に、『べき』というのがあるのですけど使い始めるようになってきました。
この事に気が付く人がいるとは思えませんが、最近、書いている文のところどころにでてきています。ただ、もしかしたら文の印象がちょっと変化しているかもしれません。

今までであれば頭に浮かんで来る事はありませんでした。
万一、浮かんできて打ち込んでも必ず書き直していました。それが、自然と『べき』を使うようになって、その事に違和感を感じることができず、むしろ適切な言葉を選んでいる感覚があります。

禁句にしたのは確か20年ぐらい前の事です。
自由な発想ができる人間でありたいと考えて、使用するのを禁止にしたように記憶しています。『べき』を使っていると、思考の幅が狭くなるという事に気が付いたからです。

それで、今、

「自由よりもっと大切な事がでてきたから使うようになったのか?」

というと、違うと思います。
自由でいたいから『べき』という言葉を使うようになりました。

自由でいるために禁止にして、自由でいるために解禁する。
一貫性がないといわれるかもしれません。しかし、私自身が変化したというより、周囲とか社会とか、そういうのが変化したので使う言葉が変化したのではないかと、そんな風に感じています。

それで、こういうのって言葉だけの問題ではないなと気が付きます。
食べものなんていうのがいい例でしょうか。必要になれば欲しくなりおいしいと感じるし、不要になればたべたくなくなりますし、食べてもおいしいとは感じなくなります。いかにおいしいうな丼であっても、2杯も食えば気分が悪くなるし、疲れて胃の働きが悪い時には重たすぎて食べたいと思いませんからね。

体の状態によって食べる物が変化するように、使う言葉は周囲の環境によって変化するのでしょう。
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正射必中と必中正射

弓道には大きく2つの考え方があるそうです。

一つが正射必中です。
正しく弓をひくことができたら的に的中するという考えです。

もう1つが必中正射。
言葉の通り、的にあたったから正しく引けたのだとする考え方です。


それでネットで拾った話なのですが、正射必中の男子と必中正射の女子が付き合っていたのですけど、

「弓に向き合う精神性の違い。」

により破局したのだとか。
男子の方は、どんな場所でも靴を揃えて、ゴミは必ず持ち帰り、食事では必ず声をだしていただきますというような人だったそうです。

弓道経験者にはあるあるの話だそうで、正射必中と必中正射は絶対にわかりあえないのだとか。


それで、私がもし弓道をやっていればどっちになったかというと、間違いなく正射必中でしょう。
若い頃に必中正射の人間が周りにいたらイライラして怒鳴り散らしていたかもしれません。今の私であればそんなことはないでしょうけどね。なんでかというと、必中正射でないとうまくいかない人が一部いるのは理解できるからです。

必中正射の女子は、きっと天才肌の人だったのでしょう。
才能にあふれ、感性の高い人は理屈から入るとうまく弓をひけないことでしょう。たぶんですけど、弓が的に飛んでいくというより、的が弓に向かって近づいてくるという感覚で弓を引いているであろう思われます。もしかしたら、上空からの視点で自分を眺めているような弓の引き方をしているかもしれません。

ほとんどの人は私が何をいっているかわからないでしょうか。
どうも身体感覚にすぐれた人は、私のような凡人には決して理解できないような世界の見え方をしているらしいということが最近になってわかってきました。


ただ、こんな感覚をもっている人ってたぶん5~10%ぐらいしかいないんじゃないかと思います。
それで、そういう人は、たいていの場合、天然タイプとかいって小馬鹿にされていることが多いですね。論理的に表現するのが苦手なので、自分の感性を他人にうまく説明できないことが多いのです。

ちなみに、マツコ・デラックスなんかは明らかに必中正射のタイプですけど、メジャーになる前は文を書く仕事をしていたそうです。きっとそれで、自分の感じているもの見えているものを面白おかしく話せるようになったのではないかと思われます。


さて、こういう事を踏まえて世間をみると今もてはやされているのは、必中正射の考え方じゃないでしょうか。
うまくいった人、大成功した人をもてはやしてますが、たいていの場合、必中正射の天才タイプの人間です。だから、他のほとんどの人は真似をしてもまずうまくいくことはありません。

大多数の人には、地道にコツコツ正射必中で生きていく事をおすすめしたいですね。
どんな場所でも靴を揃えて、ゴミは必ず持ち帰り、食事では必ず声をだしていただきますという、まずはそういう当たり前のところからはじめてみるのがいいのじゃないでしょうかね。
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免疫力とミミズの関係

「納豆を食べると免疫力があがる。」 

4月ごろには毎日のように見かけた話題です。 
人間の体を化学実験につかうビーカーのようなものだと捉えているのでしょう。ビーカーに入れた素材を混ぜ合わせると人間の体ができあがると考えているわけです。そんな人には、 

「人体錬成とか、鋼の錬金術師を読んで今から人生やり直せ。」 

といいたくなるわけです。 

ブラシーボ効果なんていう言葉は聞いたことがあるのじゃないでしょうか。 
効果があると思って薬を飲むと実は効果がないのに効いてしまうという奴です。ですから、新しい薬の実験にはかならずブラシーボの可能性を排除するようなやり方をとります。例えば、薬を飲むグループと、薬と思って粉を飲むグループに分けてその効果の差を測るわけです。 

10年ぐらい前にこられた方が、 

「私の身内は医者だったけど、薬だといって小麦粉を渡していた。」 

と自慢していました。それで十分効き目があるし、副作用のある薬を積極的に使う事に懐疑的に考えていたそうです。 

ただ、これはどうでしょうね。 
おそ松くんに登場したイヤミは小麦粉かなんかを、 

「おフランス製の薬です。」 

と謳って高額な薬として販売していました。 
その薬は高騰してイヤミは自滅していましたけど、10円もしないような粉に何万円も支払わせるのは倫理的に問題があると思います。 

それで、ビーカーの話に戻すと、人間の体は食べたものによってできるという考えがおかしいのです。効く、効果があると思って摂取していれば薬でも小麦粉でも納豆でも大して差がないのです。 

山田花子さんという女性がおにぎりを握ったとしましょう。 
山田花子さんの事を魅力的な女性だと感じている男性がそのおにぎりを食べれば元気になります。素敵な女性が作ってくれたおにぎりがおいしかったりしたら効果は100倍でしょう。それだけで活力が沸いて、体は元気、免疫力は爆上がり間違いなしと言えます。 

ところが、山田花子さんの事を嫌っている男性がおにぎりを食べたらどうでしょうか。 
この男性は、山田花子さんには女性としての魅力を感じていません。もしかしたら山田花子さんの事を不潔な人間だなんて考えているかもしれません。そんな風に感じるおにぎりを食べたらどうなるか?たぶん、免疫力が下がって病気になる事でしょう。 

同じおにぎりを食べて元気になる人もいれば、病気になる人もいるわけです。 


さて、嫌いな奴にもらったものを食べると必ず病気になるかというとそうでもありません。 

ウッドノートというマンガがありまして、高校のバードウォッチング部の話です。 
その部には仲の悪い男性部員が2人いたのですけど、その2人は山を散策中に台風で天候が崩れて遭難してしまいます。 

なんとか雨宿りをする場所を見つけて数日のりきります。 
そして、片方の男性は食料としてミミズをみつけてきました。しかし、もう1人はそれを食べようとはしないため体力を消耗して山を降りる事ができなくなってしまいました。 

しかし、数日が過ぎていよいよとなって覚悟を決めました。 
ミミズを食って元気と体力を取り戻した2人は山を無事に降りて他の部員と合流するという流れです。元気になろう、生きて帰ろうという意思と意欲があれば嫌いな人間が調理したミミズみたいなゲテモノだって活力の源になるわけです。 

マンガの話ですけど、この話に違和感を感じるというのであれば、人間の体はビーカーでできていると考えてるのじゃないでしょうかね。 

一応、みみずというのは普通に食べられる生き物です。 
マクドナルドなんかは、みみずの肉を使っているという噂がありますが、きっとみみずがおいしいからそんな噂が広まるのでしょう。 


こういう事をふまえて考えると、 

「納豆を食べると免疫力があがる。」 

というのがビーカーで人間を作ろうとする錬金術師の発想だというのがわかるのじゃないでしょうか。 

今回、まとめた内容で免疫力を上げる要素を箇条書きにしておくと、 

・納豆を食べると免疫力があがると思い込む 
・好意を感じる異性にアプローチする 
・生きる意思を持つ 
・目標を明確にする 
・周囲の人に敬意を払う 
・ミミズを食う 

という事でしょうか。 
免疫力が何かということを考え直せば、納豆なんぞ食べなくても上げ方なんて人それぞれでいくらでもみつかるはずです。
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アベノマスクの有効利用

私はアベノマスクなんぞもらっても何の役にも立ちません。 
4月の頭にマスク400枚分の材料を集めていたのですから当然です。それで寄付する先を探したら、近くの銭湯がマスク寄付で入浴無料でした。 

洗い場についてみると、平日だというのにいつもの1.5倍ぐらいの盛況ぶりです。 
どんな状況においても必ずその状況を逆手にとってうまくやる方法がある。このたくましさは見習わなくてはならないなぁとそんな事を考えていた時に、 

『自分は今、どんな過酷な状況においても、そこそこハッピーでご機嫌に過ごせるかゲーム』

をやっているだけなのだという事に気が付きました。

それで、 長くなるので間は省略してしまいますが、転じて

「納税しないで生活する方法を考えてみるのも悪くない。」 

なんて思いつきました。 

基本的なモデルは、地方の廃村を復興して自給自足ですかね。 
100人程度のグループを海と山にそれぞれ散らばって、山でとれるものと海でとれるものと交換しあって生活するなんていうのはいかがでしょうか?こういう暮らしなら社会保障なんていりませんし、たいていの病気なんかは私が治してしまえばいいですし、どうにもならなくて死んだら諦めればいいだけです。 
それで、この辺りまで考えて気が付いたのですけど、ホリエモンが出版した東京改造計画の内容って、都民が納税しないでも暮らしていけるようにするっていう考えが根底にあって、たぶん私と同じ発想なんですよね。

ホリエモンが聞いたら、 

「ちげーよ、馬鹿、死ね!」 

とか言われるでしょうか。 
私もあんまり彼に好感をもっているわけではないのですが、妙に共感はしてしまう時があるのはこういうところが理由なのかもしれません。そんなわけで、私が東京改造計画を気に入った理由は、私が田舎にいかないとできないと思った事を東京でやってしまおうという発想の転換をしていたところですね。さすが、一度は企業を上場まで持って行った経験は伊達ではないという事でしょう。 

それで、この辺りまで考えて 

「アベノマスクの効果はこれか!」 

という事に気が付きました。 
まったく使う気になれない、役に立たないどころか、捨てるのも罪悪感が働く無用の長物、視野に入ると嫌悪感が働くので精神汚染を起こしそうな白いけど汚物にしか見えないマスクをきっかけに生き方を見直す事ができたわけです。
 

年をとったら、年金もらって、健康保険を使って医者に体を見てもらって、介護保険で介護してもらってといいう前提で考えているからおかしくなるのじゃないでしょうかね。 

一度、まっさらにして考えれば、そこそこ機嫌よく生きて、死ぬときが近づいてきたら、 

「割といい人生だった。」 

と、振り返ることができるような生き方をしてるだけで十分に幸せな人生といえるだろうと、アベノマスクのおかげでそういう原点に戻ってみることができたわけです。


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