ブログ「日々整体」

夏バテの徴候がではじめてますかね

朝夕の気温がそれなりに涼しくなってきました。
こうなるとでてくるのが、


『夏バテ』


というやつですね。
最近の私の口癖になっていますが、夏バテというのも気分だけの言葉になっていると感じています。体に何が起こっているのかわからないのに、


「なんか体がしんどいし8月だから夏バテだ。」


みたいな使われ方をする言葉です。
まぁ、最近はなんでもかんでも熱中症にしてしまうので夏バテなんていう言葉を使うことは減っているかもしれませんけどね。


しかし、私は熱中症がどういうものかを定義してしまっています。
すると、ここ2日ほど整体にこられた人に起こっていることが、熱中症ではなく夏バテだといいたくなってしまいますかね。

簡単に説明するなら、熱中症というものは体温の調整がうまくできなくなって心臓と肺の動きに影響がでている状態です。それに対して、夏バテというのは腎臓と心臓の動きが低下している状態ですね。ただ、夏バテはただ疲労しているという状態で、体になにかしらの問題が起こっているわけではありません。疲れが溜まったから、休む必要があるというだけのことです。まぁ、ややこしいのは熱中症で腎の働きに影響がでることがあるので、見分けることができない人も結構いるかもしれんなぁということでしょうか。私の感覚だと全然別もので間違えるようなものではないんじゃないですかね。


毎年、お盆の頃にこういう具合に夏の疲れとでもいうようなものが吹き出してきて体が重くなるわけです。
ただ、私はこの状態を


「墓参りするのにちょうどいい状態だからいっといで。」


と説明しています。
故人や先祖の事を思い出してしんみりするにはちょうどいい体の状態になっているわけです。ちゃんと参っておけば盆があけたころに疲れが抜けて元気になっているはずです。墓参りには他にも意味はあると思いますが、基本的には人を元気に健康に導くためのものであるはずです。そうでなければ慣習として残るはずがありません。古くかあるものは無意味にあるはずがありませんから、墓参り前後だと体がかなり変わっていると思いますね。


まぁ、言っている本人は、


「渋滞する盆にでかけていくなんて嫌だ。」


という考えの持ち主なので、墓参りの効果を自らの体で検証することはないんですけどね。
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エアコン導入の憂鬱

今年、3年ぶりにエアコンに電源をいれました。
流石にあつすぎて仕事に集中できないので使う事にしたのですが、妙な敗北感に苛まれていたのです。すると、いたたまれなかったのでしょうかエアコンが壊れてしまい部屋が冷えなくなってしまいました。


「また、暑い日がやってきたらどうしよう?」


そう思わないでもないのですが、このままエアコンつけて仕事をすることに慣れてしまうと堕落してしまうような気がするのも確かです。このまま崖をすべり落ちるように人生を堕落させてゆくのは避けたいところです。


まぁ、単純にいまから頼んでも設置がすむのは早くても3週間ぐらい先です。
すでに暑さのピークはもう過ぎたかもしれないと思うと、下手をすると、


「次回、電源を投入するタイミングは3年ぐらい先になるかもしれない。」


そうなる可能性がかなり高い。
日本の環境、季節の変化、そして私のひねくれた性格を加味して検討すると、


「新しいエアコンを買うのは3年後でいいだろう。」


というのが冷静にして適切な判断だと思われます。


さて、クーラ病なんていう言葉がありますが、エアコンつけてたらなんか体の調子が悪くなったなんていうのをなんとなく表現してみましたというだけで、体に何が起こっているのかをちゃんを説明されていません。今の世の中はこういう気分だけの言葉がたくさんありますから、自分がそういうものに関わっているということに気がついた時はちょっと掘り下げて考えてみたらよいのではないかと思います。

クーラ病というのは、エアコンで体を冷やしすぎて汗をかけなくなった状態です。
汗をかけない状態というのは、体温の調整ができない、代謝が起こせないということですかね。ちょっと難しいのは汗らしきものはかいている事があるということでしょうか。

汗には、いい汗というものがあります。
いい汗というのはかいたときに体がすっきりした感じがしますかね。運動した後やサウナからでて水風呂に入った時に爽快感があるならいい汗をかいたといえます。

駄目な汗というのは、脇や頭だけにかくというように局部的に出ることが多いですかね。
爽快感などなく、汗をかいてもひたすら体が重くなってゆくだけです。いい汗をかけない人が運動なんかしても辛いだけで長くは続きませんから、ウォーキングやジョギングが三日坊主に終わる人はいい汗をかけていない可能性が高いといえるでしょう。

私なんかもそうですが、エアコンがあまり好きではないという人は、エアコンの影響をうけやすくていい汗をかけなくなるの傾向の強い人といえるでしょう。

なお、今年ぐらい暑い日が続くと暑さで体温調整がうまくできなくなっていい汗をかけなくなることもあるでしょう。そういう時は、エアコンをつけて体を冷やしている方が調子がよいと感じることもあります。

エアコンは体にいいとか悪いとか安易に判断するようなもんではなく、シチュエーションや体調に応じて上手に使うという姿勢が大切だといえるでしょう。少なくとも熱中症が怖いからと問答無用に部屋を冷やしているというのは駄目でしょうね。
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中身がからっぽの人にはわからない話

暖簾に腕押しという人が結構な割合でいます。
何をどう説明してもまったく違う意味として理解するのです。自分の視野の外には何も存在していないとでも考えるようですが、私がする話っていうのは全部視野の外の話みたいですね。

ところが、こういう人は学校なんかのテストじゃ、そこそこいい点数をとっていたりするから自分はそこそこ賢いと勘違いしていたりします。出題される範囲が決まっている学校の学力テストなんかは、視野の中に入っているのでしょう。

なかなか説明が難しいのですけど、イエスかノー、黒か白、右か左かでしか物事を考えられません。東大卒だけど仕事やらせたら全く役に立たない人なんていえばイメージがちょっと湧くかもしれませんかね。

そんな人に、


「健康になろうと思ったら灰色を目指すのですよ。」


なんて話をすると、


「わかりました。黒と白の中間、つまりバランスが大事なんですね。」


なんて、わかったようなことをいいだす感じですかね。
私にしたら清濁併せ呑む感覚なんてものの話をしているのに、こういう返答が返ってきたりするとげんなりするわけです。


で、ちょっと前のことなのですが、そういう人と接していた時に、


「この人は中身がからっぽだな。」


というように感じました。
まぁ、平たくいうと他人の価値観や考え方で生きているなぁということでしょうか。どんな話をしていても、背後にいる誰かに怯えながら受け答えしていると感じたのです。で、


「両親が厳格で厳しい人だったんですか?」


と、聞いてみたら全くその通りだったようです。
私と変わらない年齢の人でしたが、この場にいない両親を怒らせない、喜ばれるような受け答えをずっとしているわけです。子供の頃から染み付いたとうか、徹底的にそういう風に育てられてしまったということなのでしょう。体の様子をみてなんか変だなぁと、駄目な状態というより、単に弱いだけだなぁとそんな風に感じていたのですけどね。そこで、


「あなた自分がないな、中身がからっぽだ。だから体が弱いんだよ。」


なんて事を伝えたら、泣きながら帰っていきました。

振り返って考えると、口が滑ったというのはこういうことなんだなぁと思います。
ただ、私からすると今でも必要なことを伝えたという感覚しかなかったりします。確か、胃腸の動きが悪くてまともに食事ができない、アトピーがひどくて、ガンが疑われるみたいな状態でしたかね。

まぁ、こういう時に私が物事をオブラートに包んで、


「気持ちを前向きにして少しづつ元気になりましょう。」


みたいなことを言わなきゃいけないようだったら、こんな仕事はとっくに辞めてたでしょうけどね。


人間というのは厄介な生き物です。
何を考えて生活しているかで体の状態は極端に変わります。人生の目標を持っているとか、仕事にやり甲斐を感じているという人の体は、そうではない人とは明らかに違います。だから、


「夢や目標を持つことが大切だ。」


みたいなことをいう人がでてくるのは当然です。
それをもった人間の力、私はこういうのを生きる力と呼んでいますが、それは自律神経の力といっていいでしょう、その力が発揮されれば大きな差が生まれてきます。ただ、こういう力の源の事を、


「気持ちを前向きにすることだ。」


とかいう人間がいたら私は蹴飛ばしてやりたくなりますね。


人間が元気に、そして幸せに生きようと思ったときには、こういうなんとも表現のしようのないよくわからない力が大切なんですよね。ところが、中身のない人にはこれが理解ができないわけで、


「寝る3時間前に食事をして副交感神経を優位にすることが大切だ。」



みたいな事をいっているわけですよ。


ちなみに、泣きながら帰っていった人には、


「なんでもいいから帰りに本を1冊買って次に来るまでに読んできなさい。」


と具体的な解決策の話もしてみました。
すると、いままで1冊も本を読んだことがない、とてもじゃないが活字は読めないといいますので、


「それじゃワンピースもベルばらでもでいいから数冊読んで来なさい。」


と伝えたんですけどね。
その後、やってこられてはいませんから、きっとマンガを読む程度の力もなかったのでしょう。マンガも読んだことがないといっていましたから、ちょっとハードルを上げすぎたかもしれないと反省しています。
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自律神経がなにかについてちゃんと考えましょうや

先日、たまたまテレビをつけるとどっかのえらい先生が自律神経の整え方なんていうのを語っていました。うんざりするというか、げんなりするというか、どうも自律神経についての勘違いというのはどんどん加速していっているように感じますね。


「寝る3時間前に食事するのが大切だ。」


なんていっていました。
で、それを聞いたある弁護士が、


「お腹が空いて眠れないから、寝る前につまみ食いしていいですか。」


なんてことを聞いていました。
で、それについてなにか答えていたように思いますが、ちょっと聞いて居られませんでした。


私なら


「お腹が空いて眠れませんなんていっている時点でもう駄目です。」


と、答えますかね。
1週間ほど食事を抜いていたとかいうなら話は変わってきますが、3食食べていて寝る前にまたお腹が空いて眠りにくいとかいう体の状態は100点満点で点数つけるなら40点ぐらいでしょうか。なお合格点は70点ってところですので。私からすると、すでに自律神経の働きが鈍っている人たちが、それをどう誤魔化すかみたいなテーマを熱心に話あっているようにしか見えませんね。

そもそも自律神経の働きをコントロールできるとか考えている時点で駄目なんですけどね。
副交感神経を優位にするために、○○しましょうなんていう話はいくらでもでてきますけど、そんなことは普通の人にはできないんですよね、キリストとか、釈迦とかそういう人ならできるのかもしれませんけど。


人間の体は宇宙みたいなもんなのですよと書いたことがあります。
で、ちょっと前にはたらく細胞というアニメを紹介しましたけど、そのアニメは、


「人間の体には37兆2000億個の細胞が働いている。」


というくだりからはじまります。
で、ここで気がついて銀河系の星の数がいくつかあるか調べたらたったの2000億個なんだそうです。人間の細胞の方が宇宙なんかよりよほど数が多くて複雑なわけで、体は宇宙みたいなもんだという私の認識はまだまだ甘かったということが今更ながらに判明してしまいました。

銀河で考えたらすぐわかるでしょう。
この星の軌道が気に入らないからちょっとずらそうとか、この星の温度が高すぎて居心地が悪いからちょっと冷やそうとか、そういうことができると思う人はあまりいないんじゃないですかね。人間の体は銀河系より複雑なわけですから、人間の体について詳しく知っていますなんて偉そうに語っている人がいたら、そいつはきっと嘘つきだと私は思います。

ついでにいうと、自律神経失調症がなにかというと、気温が高すぎて熱中症が心配なんでちょっと太陽の温度を下げたら元の温度に戻らなくなったみたいなもんですかね。宇宙と違って人間の体ってのは、あれこれ手をいれてイジるることができるのでやっちゃいけないことをして、おかしなことになってしまっているだけなわけです。


ちょっと今の世の中って自律神経っていうのを安易にとらえすぎですかね。
人の体が宇宙みたいなもんだなぁという実感がない人が、


「自律神経を整えるにはどうすればいいんですか?」


なんて質問されたって私とコミュニケーションが成立するはずがないんですよ。
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改行の多いブログは気に食わないという話

南海キャンディーズの山里亮太氏が、こんな女性は嫌いだという話をテレビでしていました。
山里さんが人間として尊敬できるかというと、確かにそういう部分はあるんですが、友達にはなれないあろうなぁという印象ですかね。まぁ、私は人の好き嫌いが激しいですから、私が気に入る人間なんてごく少数です。さらに、その中で私の嫌味と皮肉に耐えるメンタリティをもった人間というのはダイオウイカなみに希少だと思われますので、山里さんを偉そうにどうこういうのは間違った語り方だとは思いますけどね。


さて、山里さんが語った中で、特に引っかかったのが、


「ブログに空の写真をのせて、文はやたら改行してるやつ。」


という表現です。

私は今15ぐらいのブログを購読しています。
大半は趣味に関するものなのですが、少しだけ整体に関わるものも混じっています。まぁ、たいていの場合、他人が書いた整体についての文章など、読んでいても面白みを感じることがないのですけどね。でも、その中の1つに30回に1回程度の割合『あらっ!?』と思うことが書いてあったりするんですよ。

非常にタチの悪いブログと言えます。
基本的に読んでいて気に食わないことばかりなんです。で、どういう内容かというと、


「自然派の意識高い系です。」


みたいな印象なんですけどね。
書き方が、やたらと改行しているわけです。で、もしかしたらと思って過去の記事をみてあげている写真がないかと思ってチェックしてみたら、空の写っているのが結構ありましたね。

南海キャンディーズの山里亮太氏がある女性芸能人に感じているものと同じ物を、私はある整体師に感じているわけです。そういう事に気がついて、それが妙におかしいというか笑っちゃうというか・・・。

まぁ、ぶっちゃけてしまうと見下されている感じがするのだろうと思います。
人間が生きるというのは、格好の悪い事が多いし、無様だったり、惨めだったりすることの方が多いんじゃないかと私は思うのです。まぁ、中には恵まれた環境で生まれ育ったりで、はたから見るとそういう風には見えない人もいるでしょうけど、本人はやはり様々な葛藤を抱えているはずなんですよね。そして、多くの人は恥ずかしいとか、悔しいとかそういう思いをしたくないから、ズルをしてしまったり、横着をしてしまったり、なんかちょっといい感じの言い訳をみつけてそれを理由にして手抜きしてしまうのが普通なんですよね。


ところが、改行の整体ブログを書く人って、


「私には汚れた部分なんてないですよ、青い空のように澄んでいて理想高く生きていますよ。だからあなたたちもそういう風に生きれば素晴らしい状態の体になれますよ。」


と語っているように感じるのです。
言いがかりだと指摘されればまったくその通りだと思いますけどね。でも、みんながみんなそんな素晴らしい人間になんてなれるわけがないですよ。

まぁ、私が強く訴えたいのは、


「元気で健康に幸せに暮らすのに、立派で尊敬されるような人間である必要はない。」


ということですかね。
ちょっとぐらいなら他人に迷惑かけてもいーんじゃないですかね。私自身は限度を超えたらシバクけど、多少のことなら笑って許してあげるぐらいの度量を持ちたいなぁとそんなことを思うわけです。


まぁ、今回は、山里亮太と私が似ているところがあることに気がついて非常に嫌だったので、ちょっといい感じに聞こえるように誤魔化さずにはいられなかったというだけの事です。
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