ブログ「日々整体」

まだ結婚できない男、桑野信介の考察

『まだ、結婚できない男』というドラマの放送が始まりました。
知っている人も多いでしょうけど、主人公は桑野伸介、52歳の独身男性です。役を演じるのは阿部寛、私が好きだと思える数少ない俳優の1人です。彼は桑野伸介という人物を演じるのにあたって非常に面白い演技をしています。それを私の視点からちょっと考察してみようと思います。

桑野伸介は歩くときに体を前に傾けてすり足で歩きます。
これはどんな体の状態かというと、腰椎5番の力が抜けて、胸椎2番に力が集まっています。このことが桑野の行動や発言にどういう影響を与えているか考えると非常にうまく演技しているのがわかります。

まず、腰椎をうまく使えていませんから、腰が据わった落ち着いた人間にはなりえません。
ドラマ中で、桑野は自分の仕事ぶりや発言を批判するサイトに必要以上に反応してしまいますが、これはその影響といえるでしょう。腰に力がないから、他愛のない事でも、聞き流したり、放置することができません。自身のプライドを守るためには、弁護士を雇うという、過剰とも思えるような方法で対処しようとします。

次に胸椎2番に力が集まっているという事についてです。
シンプルに肩に力が入りすぎている考えるとわかりやすいでしょう肩に力が入っている人間は無意識にその力を抜くという行動を積極的にとるようになります。桑野の場合、そのためだという事がわかりやすい行動が2つあります。

1つ目が、1人飯です。
ドラマの1話では、しゃぶしゃぶと流しソーメンを1人で堪能しているシーンがありました。どちらもニヤつきながらおいしそうに食べていましたからドラマを見た人は印象に残っているのではないでしょうか。

体の緊張を抜くためにもっとも手っ取り早い方法は食べるという事です。
体にとっては「食べる=緩む」だからです。私がお腹を空かせて食べる事を強調するのは、緩ませるために食べるという事をずっと続けていると体を痛めてしまうからですね。

「この体だと、辛い、しんどいという感覚が空腹感に化ける事があるよ。」

なんていう私の発言を聞いた事がある人は多い事でしょう。

人間は、疲れがたまったり、不調を感じたときに食べることでそれを和らげようとします。
たいていの場合、この時は腹が減っているわけではありませんから食べ過ぎになります。毎日チョコレートなんかを食べている人は、こういう食べ方になっていると思うといいでしょうね。

桑野伸介の場合も豪華な食事を食べているのは肩に力が集まりすぎた時でしょう。
食べる過程で肩の力が抜け、それに連れて顔がニヤけます。阿部寛の演技でどこを見るかと問われれば、間違いなく食事シーンでしょうね。

桑野伸介のもう1つの肩の力の抜き方は、合理的でない思考や行動をする女性をあざ笑う事です。
1話では吉山まどかという女性弁護士に意地悪に笑いながら何回も嫌味をいっていました。そのたびに、この女性弁護士からたしなめられていました。しかし、桑野伸介が、自分らしく、自分に対して誠実であろうとしている行動と発言であると考えれば、頭ごなしに否定するようなものでもなかったりします。

なぜかというと、肩の力を抜くことが目的だからです。
食べる以外で、体の緊張を抜くために非常に効果的なのは笑うという事です。お笑いが人気になるのは、体の力が抜けていない人がたくさんいるからですね。でも、だからといって漫才やコントを見て笑うというのが万人にとってよい方法かというとそんな事はありません。

笑いには様々な形があります。
ピエロのようなおどけた笑い、何かを成し遂げた喜びの笑み、赤ちゃんなんて見ているだけで笑顔になったりします。私なんかだと、毒をたっぷり効かせたブラックジョークが一番面白いと感じますね。ところが、そんな私がジョークを言うと本気で怒り出す人が結構いたりします。笑いなら、どれでもいいというわけではなく、何を面白いとかいうセンスは人によって違うわけです。

桑野伸介の場合、女性に対する怒りというのが根底にあると思えます。
おそらく若い頃に自分の信念だったりこだわりを理解できない女性に馬鹿にされるなんていう経験があるんじゃないでしょうかね。まぁ、桑野の怒りに関してはドラマ中でそういう表現はなかったと思うので、私が見ていてそう思うという事ですけどね。そういう怒りが根底にある人が、肩の力を抜こうとすると、

「女性をあざ笑う。」

という行動がもっとも効果的になるのでしょう。
もちろん、本人はこういう事を自覚してやっているわけではありません。でも、もっとも効率的に自分の体から余計な力が抜ける行動を人は無意識にやるのです。

確かに、桑野伸介のやり方は褒められたものではないかもしれません。
しかし、こういった行動はなんでやるのかというと彼の場合、肩の力を抜いて元気になるためです。だから、意地悪だけどちょっと魅力的な笑みになるわけで、それをうまく表現している阿部寛の演技というのが非常にいいと私なんかは思うわけですけどね。

話がそれました。

桑野伸介は、1人でうまいものを食って、女性を笑うことで健康な生活を送っているわけです。その結果、選んだ生き方が、結婚しないで1人で生活するという事なのでしょう。


「立派な人間になろうとしてたらうまくいかない。」


と、私に言われた事のある人は、桑野伸介を手本だと考えるといいでしょう。
元気になりたい、健康になりたいと思うのであれば、好きなことやって、好きなものを食べて、怒りたい時に怒って、笑いたいものを笑えばいいわけです。

今の日本の社会って、


「立派な人間になることで問題を解決しなさい。」


とアドバイスされたり、説教されたりすることばかりじゃないでしょうか?
桑野伸介のような存在は全否定です。人間って、彼のように1人でおいしい物を食って、腹の立つ物をあざ笑っていれば結構元気に生きられるはずなんですけどね。

そういえば、ドラマ中には、

「桑野伸介の事を理解できるようになりたくない。」

という若い女性がでてきています。
実はこの女性、かなりの端役ですがこのドラマでは桑野伸介の対極にいる存在で、もっとも重要な登場人物といえるでしょう。なぜなら、登場する役のなかで、もっとも『ねばならない』が強い女性だからです。彼女の存在が桑野伸介という存在を引き立たせているし、他の主要な女性の登場人物は彼女のとの比較で立ち位置が明確になります。

彼女は、体の力を抜くことができない人間です。
なぜなら、1人でご飯を食べられないし、他人を笑う事もできないからです。桑野伸介を見るときには眉間にしわがよって、肩の力がはいっていますが、これは体に余計な力がはいる行動です。そして、体の力を抜く方法はいろいろありますが『ねばならない』が強い人にはたいていやってはいけない行動です。

これを書いている時期だと、神戸の学校で教職員が職場でいじめをやっているニュースが話題になっていますが、こういう事件を起こすのはこういう具合に体の力を抜くことを自分に許さない人ですね。抜けなくなってしまった力を解放するには、嫌がる人間に檄辛カレーを食わせるぐらいの事をしなければいけなくなってしまうわけです。ちょっと前だと、高速道路であおり運転をしてなぐるなんてのがありましたけど、この事件も構造は同じでしょう。倫理観や正論で人の行動を制限しようとすればするほどこういう人間は増えてしまうはずです。

だから、もしドラマを見て桑野伸介に共感できず、嫌悪感しか感じないという人は、自分の生き方とか考え方を見直してみることです。先にあげた2つ事件ほど発展させてしまう人はそう多くはないでしょうけど、五十歩百歩の事をやってしまっても不思議ではありません。

蛇足で付け加えておくと、桑野伸介は女性をあざ笑うことに罪悪感を感じていません。
それと同じように、体に無用な力が集まりすぎると、カレー食わせたり、あおり運転をすることに罪悪感を感じなくなってしまいます。教職の現場が「ねばならない。」でいかにがんじがらめになっているかを非常にわかりやすく示している事件だと、私なんかは思いますけどね。


話を戻します。


桑野のように人間関係に波風をたてるやり方は普通の人にはなかなか辛いものがあります。
ですから、普段はあまり見かけませんが、政治方面なんかをのぞいてみるといいでしょう。普段、温厚そうな人なのに、

「日本死ね!安倍総理がすべて悪い。」

なんて具合に、政治批判をして、政治家をあざ笑うことで元気になっている人たちが山のようにいます。政治だったら、他人と衝突することはあまりありません。桑野を手本に嫌味を言ってみる練習をするには、政治批判はいい方法かもしれません。


話が変わります。


桑野伸介の対極にいる女性はサイトによると横田詩織というようです。
彼女のような人間は、病気というものを必要以上におそれる傾向があります。潔癖症とまではいかないかもしれませんが、自分がこうでなくてはいけないと考える範囲からはずれた存在を否定するからです。そして、それ故に体の不要な力を抜くという行動を自ら禁止してしまいます桑野伸介に対する嫌悪感は彼女のそんな面を如実に表現しています。そして、その同じ感情が病気というものに対して同様に向けられる事でしょう。病気を恐れすぎるがゆえにかえって病気を呼び込んでしまうような人生になってしまうでしょうね。丈夫な体で元気に生きたいと思うのであれば、清濁を併せ持つという感覚が必要です。わからなければ、

「家の中を無菌にして生活していたらどうなるか?」

という事を考えてみることです。


一方、桑野伸介は歳をとったら間違いなく腰が痛いといいだすでしょうね
それで、腰の痛みを紛らわせるために嫌味と皮肉の量が倍増するはずです。だから、もし、彼に魅力を感じる女性がいたとしても結婚するのは辞めておくことです。あまり穏やかではない老後が待っていることは間違いありません。

それでも、どうしてもと思うのであれば、彼がしょーもないことをいったらひっぱたいて張り倒すぐらいの腕力と気概をもつことですね。そうでなくては彼とはうまくやっていけないでしょう。桑野伸介は張り倒したぐらいでへこたれるような人間じゃありませんし、もしへこたれるような時がきたらいよいよお迎えがやってくるということです。そうなったらちょっと優しくしてあげるといいでしょうね。ただ、そういう彼の変化を感じて気づかいができる人でなければ、先に死なれた時にちょっと悔やんでしまうことになるでしょう。やはり桑野伸介は面倒くさい男だという事は間違いないと思えます

まぁ、桑野伸介は体の力を抜く方法をしっていますから、1人で老後を迎えたら、頑固だけどちょっといい感じのクソじじいになるでしょう。ですから、ちょっと距離をとってあげたら、誠実で信頼できる人物だと思えますし、よい友人関係を築くのはそれほど難しい人ではないと思いますけどね。


ドラマの今後についてもちょっとだけ触れておきましょうか。

桑野伸介という存在がぶれることはないと思われます。
ぶれてしまったら、つまらない見る価値のないドラマにカテゴライズするしかなくなるでしょう。そう考えればこのドラマの本当の見所は、桑野伸介に接する3人?の女性たちです。立派な人間になろうとしている女性たちが、桑野という自由な存在にどういう影響を受けて、どうかわっていくか?そういうところに注目してみるのがこのドラマの上手な見方じゃないでしょうかね。



なお、この記事は「まだ結婚できない男」を1話だけ見た状態で書いているものなんで、解釈を間違えていてもそれはまたそれということで、あざ笑っておいてもらえると助かります。
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貧乏神の祓い方と、自律神経の整え方

「夢が欲しくて宝くじをかっているのですけど。」


確か、そんな風に会話が始まったように思います。
いつだったか書いたブログの記事についての話だというのはすぐに気が付きましたから、


「辞めた方がいいね。当たってしまったときに自分を保っている事がまず無理だから。」


そんな風に答えました。
ただ、こういう事って体験、経験がない人にわかるように説明する事は無理だとは思いますけどね。

10年ぐらい前だったでしょうか。
一般の家庭で宝くじが当たったらどうなるか実験をしたテレビ番組がありました。的中したのは200万だったか、300万だったかと思います。ぽっちゃりした気のいいお母さんという感じの主婦がいて、不器用な感じだけどこれまた気のいいお父さんがいて、あと娘さんが2人いたような気がします。平たくいうと、絵に描いたような穏やかな家庭で仕掛け人は娘さんの1人だったんじゃなかったでしょうか。

それで、家族団らんで晩飯食っている時に、宝くじがあたったなんていう話がでて、食後にそのお金をどう使うかみたいな話し合いをするのですけど、わずか10分ぐらいで家庭崩壊が起こっていました。それで、母親が、


「こんなんで家族がバラバラになるなら当たらない方がよかった。」


なんて具合に、号泣しはじめたところでネタばらしして、ちゃんちゃんと終わっていたように記憶しています。この家族、お母さんがしっかりした人で、そのおかげで家族の皆が和気藹々と生活してこれたのでしょう。

自分は大丈夫だと思うのでしたら、宝くじを追ってみるのも悪くないかもしれませんけどね。
私自身の体験を振り返っても、お金が降ってわいてきたとき自分を保っている事はほぼすべての人が不可能だと思いますね。


それで、最初の話に戻ります。

宝くじがあたるとどうして人間がおかしくなってしまうのかというのを補足するために、


「貧乏神の祓い方ってしっていますか?」


と私が質問しました。
私が知っているお祓いの方法は貧乏神が出す試練を受けるというものです。ある読み物で知ったのですけど、後で調べてみると、そういう伝承はみあたりませんでした。その読み物の独自の貧乏神の解釈だったのか、どこぞの地方に存在する考え方なのかもしれません。

その試練は二つの扉があって、どちらかを開くというだけの簡単なものです。
扉には窓がついていて、中を覗く事ができます。そして、両方の窓から自分が望む未来の自分が見えます。片方は正解でそちらを選ぶと貧乏神は福の神に生まれ変わって幸福な人生がはじまります。でも、もう一方ははずれで、そちらを選ぶと貧乏神は一生離れる事がなくなります。

興味深い点は、貧乏神の祓い方を知っている人は貧乏神を祓えないことです。。
なぜなら、正解を知っていると挑戦する資格を失ってしまうのです。その読み物での主人公は二つの窓から見える景色をみて、迷いなく正解の扉を開いていましたけどね。

大切な事は、正解を知っていることではなく正解を選べる人間であるという事、私はそういう風に解釈しました。先に述べたとおり、両方の扉からはともに自分の望む未来がみえているわけですから、どちらが正解なのかはわからないと思うかもしれません。でも、宝くじのどっきりをしかけられた家庭のお母さんでも、たぶん間違えないことでしょう。

まぁ、あんまりあれこれと書いていると、読んだ人が貧乏神にとりつかれたときにお祓いできなくなってしまうからこのあたりで辞めておきましょう。


実は、この話、整体という仕事に似ていたりします。


「自律神経の働きはこうやって整えるのだ。」


なんて事を知っている人には自律神経の働きを整える事ができません。
なぜなら、自律神経というのは天の邪鬼なんで右に向かわせようと思うと必ず左を向くからです。例えば、人前にでるような機会があって、うっかり上がってしまったりしたら、落ち着こうとすればするほど落ち着かなくなったりするのがよい例でしょうか。自律神経なんてコントロールできるものではないから、自律神経というはずなのですけどね。

先日、京都のタワーレコードに行ったら自律神経を整えるCDなんて売っていました。
いったい何をどう考えたらこんな物を発売しようと考えたのでしょうか。このCDを作った人には貧乏神の試練は多分クリアできないことでしょうね。


ところで、

「じゃあ、お前はどうなんだ?」

と、思う人もいることでしょう。
あいにく、今のところは福の神とよろしくやっているので、そんな試練の事など心配無用です。ただ、ひとたびこの福の神が貧乏神に変わってしまったら、死ぬまで抜け出せないであろうという事は間違いありません。ですから、願わくは残りの人生は平々凡々に穏やかに過ごしていきたいと思っているのですけどね。
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恋愛とお金と健康と

最近、新しくやってきた方たちが、ほぼ同じ事を聞いてきくるという事が続きました。
その方たちは、

「それで私はどうしたらいいのですか?」

という質問を繰り返してきました。
体について、健康に生きるという事について勘違いしている人がする質問といえるでしょう。

少し前に、体の事は恋愛におきかえて考えましょうという事を書きました。

好意を感じる人が現れたとします。
それで、

「その人と、どうすれば相思相愛になれますか?」

なんて相談されたら、話しかけてデートに誘おうとか、趣味を聞いてそれの事を聞いてみるとか、バーベキューを企画するのでそれに誘ってみようなんていう具合にいろいろやれる事は思いつく事でしょう。でも、恋人と呼べる存在になってもらおうと思うなら、これはきっかけにしかならないのは当然の事です。

「100%自分の事を好きになってもらうにはどうすればいいですか?」

なんていうおかしな質問をする人はあまりいないはずです。
ところが、体の事になるとこの質問をやってくる人が多いのです。

恋愛で考えれば簡単なんですよ。
お伽話なんかで、魔女にそそのかされて惚れ薬を使った人がどうなるかなんてのは考えてみるといいでしょう。薬で心を操った人と一緒に暮らしはじめても、人間は幸せを感じることができません。人間はそういう風にはできていないわけです。

もしかしたら、恋愛だとわかりにくい人もいるかもしれません。
そういう方はお金儲けに置き換えて考えてみましょう。

「100%間違いなくお金持ちになる方法はないだろうか?」

あなたが友人にそんな相談をされたらどう答えるでしょうか。
いろんな考え方があるでしょうが、私だったら、

「一生懸命に働いてお金をコツコツ貯めなさい。」

とアドバイスします。
もし、努力や苦労なしでお金持ちになりたいなんていう奴が知り合いにいたら縁を切るでしょう。恋愛では惚れ薬を使って意中の人の心を操作しても幸せにはなれないのです。お金儲けだったら、詐欺や盗みで金銭を得ても人間は満足を感じることができないような生き物といえます。


犯罪じゃなくても、例えば宝くじが当たって億単位のお金を手に入れてそれで幸せになれるかというとやはり駄目です。宝くじにあたった人にアンケートをとったら

「当たらないほうがよかった。」

と、9割の人答えたという結果になったのを以前に見たことがあります。もし宝くじで一攫千金の夢を買っている人がいたら買うのを辞めることですね。

余談ですが、私は20代の頃に、馬券が数十万円あたっただけでおかしくなりました。
金銭感覚が狂って1年ぐらい元にもどりませんでしたね。しかも、そのおかしくなっている期間、自分がおかしいという自覚がずっとあってそれでもなかなか元に戻らないのです。お金という物も手に入れ方がまずいと、人生を狂わせてしまうものだなぁという事を実体験させてもらいました。自分の器は、わずか数十万程度であふれてしまうのかという事を思い知らされた出来事でもありましたけどね。


惚れ薬で成就した恋愛で人は幸せを感じる事はできません。
お金も似たところがあって、悪いことで手に入れたお金や、苦労や労力を経てだったり、何かと引き換えというような手に入れ方をしないとやはりお金に振り回されて幸せを感じられないという事なのでしょう。

恋愛やお金なんかはそれをどうやって成就したか、手に入れたのかということがとても大切なのです。そして、当然ですが、体や健康についても同じ事がいえます。

私が体の調子を整えたいという方まず最初にするアドバイスは、

「お腹をこれでもかというぐらい空かせましょう、そしてご飯をおいしく食べましょう。」

という事が一番多いです。
私にとって健康であるということは、喜怒哀楽、そして幸せを感じることができる状態であるということです。そうなるためにどうするかというのを言葉にすると、


・運動する。
・体にいいものをバランスよく食べる
・十分な睡眠をとる


なんていうことになるのかもしれません。
でも、


「毎日運動をすれば、幸せになれる。」


なんて言われたら嘘だと思いませんか?
元気になる、健康になるっていうのは、もうちょっとファジーに捉えておかないとうまくきません。恋愛だって、お金だって、そういう具合にふわっとした感じで考えている人の方がうまくやっていると思いませんか?
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骨粗鬆症と骨の話(有料記事)

骨の話をまとめてみました。
骨は積み木細工のようなものと捉えているといろいろうまくいかない事が増えてきます。




有料記事ですが、1周間程度、アカウントの登録だけで支払いなしでもみれるようにしておきますので、興味が湧いた方は登録して読んでみてください。
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幸せに生きる戦略

「文明の利器を使って効率的に仕事こなそう!」

そんな事を考えたわけでもないですが、Ipadを購入しました。
現状、月の半分ぐらいは電話にでれない状態なのでその状況を変えたいと考えたわけです。それで何ができるかなぁとみていたのですが、図やイラストが書けるということで、それを試してみる事にしました。

今日、整体にこられた方と病気の概念について話をしていたのでそれを図にしたらわかりやすいかもと考えました。まずは、人間の生きる目的がいったいなにかという事は以下のようにシンプルに表現できるでしょう。

tohappy.jpeg
考えてる事を図にできるっていうのはいいですね!


人は幸せになるために生きています。
当たり前の事なのですが、これがわかっていない方が非常に多いのです。そして、忘れてはいけない事が一つあります。それは、


「人にはいつか必ず死がやってくる。」


ということです。
人間というのは世代交代をしながら繁栄し、幸せに生きる種ですから人生の終わりには必ず死がやってきます。

todeath.jpeg
非常に大切な事なのに、ちゃんと考えられずにいる人が多すぎると私は思います


つまり、生きるといことは死に向かっていくことです。
さて、この時、幸せと死というものの位置関係はどのようになるでしょうか?

tohade.jpeg
当たり前の事だと思うのだけど・・・


人は幸せになってそして死んでいくのです。

ところが、死を恐れるあまりこの道程をそれていく人が多いのです。今の日本人の9割以上は道を間違えてしまっているのではないかと、私にはそんな風に感じられます。

todark.jpeg
死から目を背けると幸せも見えなくなります。

死を恐れるあまり幸せからもそれてしまっていないでしょうか?
さて、病気を恐れる理由はなにでしょうか?その向こう側に死があるような気がするからじゃありませんか?

ここで、


「あれ?」


と気が付きませんか?


test.jpeg
これぐらいの課題はこなしてもらわないと困ります

死というのは幸せの向こう側にあるのです。それじゃあ、この図において病気というのはいったいどこに位置しているのか?もう答えをいってしまったようなものですけどね。この事が理解できた時に、自律神経の働きっていうのは整うわけです。
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