立ち方をもうちょっと深めていきましょう
2020年04月26日
自宅でできる簡単な体の整え方として立ち方の練習を紹介ました。
数人しかやらないかもなぁと思って言いましたが、結構な人数の方がためしてみているようです。それで、みなさんがおっしゃるのは、
「ふらふらして立てない。」
ということです。
まず、たいていの人がどこかにつかまりながらでないと立てないのは、普通ですので心配しないでください。
だから、最初は前に椅子をおくとか、壁に向かってとかやるといいですね。それとバランスを崩した時は、拇指球を地面につけてバランスをとるようにしてみましょう。意識としては、恥骨結合付近に上半身をのせて腹をつきだすような感じがいいですね。すぐは無理でも、しばらくやっていればコツがつかめてくるはずですから、慌てずにじっくり取り組んでください。自粛期間中にやる退屈しのぎにはちょうどいいと思います。
さて、立つという動作に限らず、すべての運動にとってとても重要なのにほとんどの人が意識していない事について説明します。
それは何かというと、
「眼」
です。
視線をどこに集中するかで体の動きはまったくといいほど変わってきます。
筋トレを私が否定する大きな理由の1つは、筋トレのトレーナーに視線についてレクチャーする人がまったくいないからです。例えば、野球のピッチャーであればキャッチャーミットを見ながら投げないとうまく投げれません。コントロールが悪いピッチャーは、たいていの場合、視線、眼の使い方に問題があるからですね。岡島秀樹というピッチャーは、ノールック投法なんて言われいてキャッチャーを見ていないわけですが、うまく眼を使えない人が、どうやったらうまく使えるか工夫したらこうなったという例で、普通はうまくいきません。おそらくですけど、眼の動作に一部問題があるのではないかと思いますね。ついでに、その理由もあげちゃいますけどたぶん足に問題があるはずです。怪我でもしたことがあって、それがちゃんと治ってないんじゃないでしょうかね。
身近な例で考えると包丁でしょうか。
肉を切る時に、肉をみないで切ろうと思うとうまく切れません。手を切るから危ないという理由ではなく、眼の使い方がまずいと刃物がうまく使えないのです。なんだったら、まな板の上に肉をおいて、片手で包丁をもって、反対の手はお尻でも押さえておくといいでしょう。それで、あさっての方向を向いて肉に包丁をいれてみてください。切れないのがすぐにわかると思います。
SNSにでてくる料理人で面白い人がいますね。
セクシーな塩振りということで有名になった人ですけど、
https
https://twitter.com/nusr_ett/status/1063661074262704128?s=20
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この人、肉を見ないでよく肉を切っています。
こちらの料理人は、イスタンブールの人ですけど、ずっとカメラ目線で料理ができてしまいます。
これはどういうことかと言うと、実際の眼の動きと意識としての視線の行き先が違うという事です。
わかりにくければ、視線が2つあると思うといいでしょうね。人間の目は2つありますが、1つの方向しか見れなくなっています。でも、意識とか感覚の目は複数以上持つことができるのでこういう事ができるわけです。
ゴルフが難しいのは、ボールとカップの両方を見なくてはいけないですからね。でも、この料理人たちはきっとゴルフが上手なはずです。
こういう発想は日本には古くからあります。
しかし、日本では視線という捉え方はあまりしません。線を拡散させて視野を広げる事に価値を見出す傾向があります。例えば、聖徳太子は複数の人の話が聞けたとかいいますけど、耳がいっぱいあるのではなく、視線、視野が眼の向いている方向以外にもあったと考えるといいですね。
剣術の達人が弟子に向かって、
「スキあらばいつでも切りかかってこい。」
なんてのは最近はあまり聞きませんけど、ドリフのコントに、
なんていうものがあります。
視野の及んでいない空間にまで、視線を拡散させることは別に変な事ではありません。また、その拡散した視線というのは自分の周囲360度あらゆる方向に伸ばせます。後ろに誰かいるような気がするなんていうのは誰にでも経験があるでしょう。目が光を捉えることができないと何も見えないというのは勘違いだという訳です。
人間が宇宙に住むようになって、上下左右がない、距離もキロ程度の単位ではなくて、光年なんてものを使い出すようになるとこの感覚が研ぎ澄まされていくのではないでしょうか。機動戦士ガンダムでは、そういう風に感覚が高まった人間を宇宙に適応した人間、ニュータイプと呼んでいました。主人公でニュータイプのアムロ・レイは、
「後ろにも眼をつけるんだ。」
なんていうセリフがあったりします。
聖闘士星矢では、五感を超えた六感と七感を研ぎ澄ますことで超人的な力を発揮します。
そのために必要なのは、小宇宙、コスモを燃やす事だったりします。漫画だアニメだと馬鹿にしてしまう人はいるかもしれませんが、実は、辻褄は合っていたりするわけです。これまた私がよく言う事ですが、SFや創作であってもあまりにも荒唐無稽なものを私達は受け入れる事ができません。ですから、ヒットした漫画や映画には必ず私達人間の体の感覚に存在しているものをうまく表現しいています。
話が大きく広がってしまいました。
立つという動作において、視線がどこにあるかは非常に重要です。
ただ、いきなり視線を拡大して世界を感じるのだなんていわれてもできる人は一人もいません。では、どうするかというと逆をやってみてください。
「視線を1点に集中する。」
のです。
それで、どこに集中するかですけど、会話をするときの距離感に点を探すといいでしょう。白い紙にマジックで2~3ミリぐらいの黒い点を打って壁に貼るといいですね。その点を見つめながら、立つ練習をしてみてください。立てない人は、すぐに視線が泳いでしまうはずですが、上達するにつれて集中できるようになります。そして、ある程度以上に視線を集中できるようになると、逆に拡散できるようにもなります。
野球のピッチャーでしたらキャチャーミットの距離感で、楽器の奏者であれば楽器に集中、絵描きだったりキャンパスに、物書きだったらモニターか原稿用紙に視線を集中するイメージがいいでしょうね。
と、いうわけで今回はステップ2でした。
前にもいいましが、不都合を感じていないからできているという発想は駄目なんだと思うといいですね。たいていの場合、うまく誤魔化してしまっているだけなわけです。人間の体がいかに優秀であるかという事ですが、その優秀さに甘えてしまっているといろいろ不都合が起こってきます。
蛇足ながら、うまく立てないという人はドラゴンボールの登場人物たちをイメージするといいかもしれません。
力を高めている時に、自分の周囲の地面に輪ができてそこから気が立ち上って波打っているシーンってのが思い浮かびませんか?
「クリリンのことかー!」
とかいいながら、自分の気が高まっている様子を想像してみるのも結構いいやり方です。
ヒット作っていうのはなかなか馬鹿にできないのですよ。
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