ブログ「日々整体」

心ではなくまず体

知識や経験が増えてくると自分と意見が異なる人間を見たときに、その人を、

「こいつは馬鹿だ!」

と思うようです。

昨年、ニュースを見ていて韓国という国と人の考えがどうしても理解できませんでした。
私はどうしてそのような発想がでてくるのか気になりましたので、生まれてはじめて政治がらみの情報を積極的にとっていました。それで気が付いた事なのですけど、政治ネタ界隈にいる人たちは、わりと平気で他人を馬鹿する発言をしています。

さて、ある日、退屈しのぎにYouTubeの動画をみようとしたら、自律神経の学者が元大阪府知事の橋下徹氏に、

「6秒でできる心の落ち着け方。」

なんていうものの説明をして、橋本徹氏が絶賛したみたいな内容の動画を見つけました。

で、それを見かけたときに、

「こいつは馬鹿だな。」

と思いました。

登場しているのは私も知っていた人で、自律神経の専門家として結構な著名人です。
しかし、本が結構売れちゃったせいか、おかしな事をやりだしました。商業主義に走ったというか、自律神経にまつわる商品を提供しはじめたのですが、どう考えても役に立つとは思えない物ばかりです。

それで、愕然としました。

「それがいいとか、正しいと信じている物や事があるときに人は他人を馬鹿にするようになるのか・・・。」

と気が付いたわけです。


整体にこられた時に、

「人間は心臓さえ動いていれば幸せになれますか?」

と、よく質問します。
たいていの方は違うと思うと答えられます。

このテーマをちょっと掘りさげるには、

「寝たきりの年寄りは日々幸せを感じて生きているだろうか?」

と考えてみればよいのです。
お年寄りによっては自分の意思など持っているとは思えないような方もおられます。昨年だったか、介護施設の職員が老人を虐待しているということで、その映像がニュースで流れているのをみました。その老人は、会話ができず、自分の力ではトレイができず、着替えもできず、食事もとることができない方でした。

私は、

「そのような存在に人として接するのは難しいのかもしれない。」

なんていう感想を持ちました。
介護職員が行った行為は、人として許容できる行為は明らかに逸脱しているとは思います。でも、自分の心に暗い部分、影みたいな物があった時に、

「介護する相手が自分の意思をまったく表明できない状態の時に、その人を尊重して接する事ができるだろうか?」

と自分に問いかけました。
最初のうちは大丈夫でしょうけど、何年も介護の仕事をつづけて慣れてきたときには、正直いって自信が持てませんでした。

この老人に、

「日々、幸せに生活できていますか?」

と聞いても、その問いを理解して答えるような力はすでに失われてしまっているとの事でした。
そんな人に対して、

「心臓はちゃんと動いていて生きていますから、後はあなたの心の問題です。」

と言ってしまうのは明らかに何かを間違えていると思われます。


「心のありようさえしっかりしていれば、人間は幸せに生きる事ができる。」

今の日本の社会は、そのように考えているじゃないでしょうか。
しかし、人間の体を日々、観察していると、幸せを感じる事ができる状態というのがちゃんとあると確信しています。

体がしんどくて、毎日が辛い生活をおくらなくてはいけない人に毎日のように何人も接していています。
医者に治らないと見放され、

「気にせず前向きに暮らせば幸せになれます。」

みたいな事を言われた人の気持ちはどういうものでしょうか。

一生この苦しみが続くのかという絶望を抱えて生きている人の気持ちがどういうものか私は十分に理解しているつもりです。

体が辛いときには、胸に大きな穴があいて、その中に暗闇がひろがって、光なんかなんも見えなくて、このまま死んでしまってこの世からいなくなりたいって、人間ってそういう風に思ってしまう生き物じゃないでしょうか。

そんな状態の人に、


「気にしなければ幸せになれる。」


とか言ったって気休めにもなりません。


だから、心ではなくまず体なのです。
体さえしっかりすれば、元気になりさえすればこんな事を考えなくて済むのです。そして、私はこの事をこれまでの勉強してきた事と経験を踏まえて絶対に、この考えは間違いないし達成できるものだと確信しています。

いつの間にやら私にもそんな信念みたいなものが芽生えていたようです。


すると、

「6秒でできる心の落ち着け方。」

みたいな気休めを言って、専門家でございますなんて名乗っている人をみると、殴りつけて、全身の骨をバラバラになるまで踏みつけて、ぐちゃぐちゃのねちょねちょにしてやりたいとか思ってしまみたいですね。まぁ、よほど面とむかって神経を逆なでするような事でもされなければ本当にやってしまう事はないだろうと思いますけど。


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1月26日 品川13時空きでました

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希望される方がおられましたら電話にて申し込みください。
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ちょっと名古屋にいってきました

名古屋へ初めて出張してきました。
何人か、新しくこられた方がいましたが、


「そういう事が原因だとは思わなかった。」


と言っておられました。
私からするとよくあるパターンの体の痛め方でしたから、言っちゃ悪いですが、別に目新しいということはなかったのですけどね。

皆さん、耳なりとめまいの相談でしたが、やはりそれぞれ原因はちょっとづつ違うわけです。


そして、

「もう治らないから、気にしないように生活しなさい。」

なんて言われています。
気になるし、辛いのが気持ちの持ちようでにどうにかなる訳がありません。なにか言うにしてももうちょっと本人の気持ちに寄り添ったアドバイスをしたらと思いますが、専門家という人種は


「私は何も悪くありません。あなたの心の問題です。」


と結論づけて逃げてしまうようです。

のぞみに乗ると京都から30分と随分近いですね。


2月は、 2日(日)、 20日(木)を予定しています。
お困りの方がおられましたらご相談いただければと思います。

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才能というのは寿命を消費して発揮するもの

「モーツァルトが36歳という年齢で死んでしまったのは、その才能を発揮し尽くしたからだ。」.


才能というのは寿命を消費して発揮するものです。芸術の分野でこの傾向は顕著なんですが、なじみやすい例であげるとマンガなんてわかりやすいかもしれません。

Dr.スランプ、ドラゴンボールの作者鳥山明はドラゴンボール以後マンガを描いていません。
多少は描いたりはしていましたけどあられちゃんやドラゴンボールなどに比べるべくもないものでした。何を描いたのか知らない人の方がおおかもしれません。そうなる理由は、描けなくなったと考えるとわかりやすいでしょう。


少年ジャンプの編集長をやっていた方に鳥島和彦という方がいて、


「ドラゴンボールを長引かせたのは失敗だった。そうすれば鳥山明はもう1本ぐらいマンガを描けたかもしれない。」


なんていう発言をしています。
Dr.スランプに登場するマシリトはこの鳥島さんががモデルなので知っている人もいるかもしれません。彼からみるとドラゴンボールで燃え尽きてしまった鳥山明はもう描けなくなってしまっているというわけです。それを無理矢理にでも書かせればどうなるのか?たぶん死んでしまうんじゃないですかね。


ジャンプには長期休みをはさみながら連載を続けているハンター×ハンターというマンガがあります。
私も1回は読んでみました。長期休みがはじまる直前までの話で想像とか才能を出し尽くしてしまったので、描けなくなっているのでしょう。

作者は冨樫義博という方なのですが、この方はハンター×ハンターの前に幽☆遊☆白書というマンガを書いています。興味深いのは、幽☆遊☆白書はとても中途半端な終わり方をしています。本人は、


「このままだとだらだらと続けらさせられそうになったので無理矢理終わらせた。」


というような発言をしています。
才能を枯渇させてを終わらせるのではなく、余裕がある状態で次につなげればハンター×ハンターという、前作を超えるような人気マンガがまた描けるわけです。


続きを楽しみにしている読者からは、


 「富樫仕事しろ!」


なんてよく言われていますが、無理矢理書いたら、おそらく死んでしまうのでしょう。
直感的にそういう事がわかるから、じっくり休養をとっているわけです。人気マンガの作者なんて、それぐらい命を削ってマンガを書いているということでしょう。


ちなみに、長く続いている漫画で私がぱっと思いつくものにゴルゴ13があります。
調べたら50年ほど続いているようです。本当かどうかはしりませんが、この作者は全部アシスタントに描かせて、自分は目しか描かないなんていう話があります。才能を消費することなく漫画を描くしくみを構築しているから長く続けられるわけです。


さて、こんな事を改めてまとめてみたのはリャナンシーという妖精の存在を知ったからです。
リャナンシーはアイルランドに伝わる女性の姿をした妖精です。厳密にいうと、アイルランドに住んでいたケルト人は文字を持たない民族だったらしいので、ケルト人の話を聞いたローマ人なんかが伝えてきた話らしいですけどね。

リャナンシーは、男性に求愛する妖精だそうです。
その求愛を受けた男性は、自分の精気つまり寿命と引き換えにして芸術の才能を手に入れます。ケルトの才能ある芸術家はみな短命だったらしいですね。そんなところから、芸術家たちはリャナンシーに命を差し出す見返りとして才能を手に入れ、素晴らしい作品を作り出しのだと考えられていたようです。


才能の量というのは生まれもったもので、それをすべて出し尽くした時に人は生きる力を失ってしまうという考えはある方の受け売りでなんですけどね。それがこういう古い伝承に残っているというのは、やはり間違った考え方ではないのでしょう。


こういう事を踏まえて、生きるということについて考え直してみると生き方がのヒントがみつかるのではないでしょうか。シンプルに考えるなら、


「才能を消費しなければ長生きできる。」
「才能を消費すれば寿命が減る。」


ということです


長生きできれば人生に満足できるわけではないと私は思いますね。
何を為すことも、何を残すこともなく、ただ生きて死んでいく人生に満足できるかと、1回ぐらいはきちんと考えてみてもいいんじゃないでしょうか。芸術だけでなく、スポーツの分野でも応用ができますし、才能を発揮するという視点から広げれば、日々の生活だって、仕事のやり方だった大きく変わってくるはずです。
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2月品川、日暮里、名古屋の整体の受付しています

今週末、名古屋ではじめてやります。
場所は伏見です。多少、空きがありますのでお困りの方は一度相談にいらしてください。体にどういう問題が起こっていてどうすればいいのかを説明させてもらうことができるはずです。おそらく世間や他の専門家に相談してもどうにもならなかったケースでも、違う視点や考え方です。



また、日曜日の品川はだいぶ予約がとりにくくなってしまっていて16日の夕方にしか空きがありません。迷っているようでしたら早めに電話をいただくほうがいいでしょう。



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