ブログ「日々整体」

徳川家康の死因

「徳川家康は天ぷらの食あたりが原因で亡くなった。」

わりとよく聞く話ではないでしょうか。
当時は、今と違って精油技術が不十分だったので油で腹をこわしたのだとかいう説をよく見かけます。死因についての話はほかの偉人でもよく聞きますが、根本的に間違いのある考えです。

何を間違えているかというと、この手の話は、

「病気にならなければ基本的に死なない。」

という発想が前提にあるからです。
少ない情報からこういう病気で死んだなんて推測するのは専門家なので、専門家であるほどこういう考えに陥っているように思います。

現在の人間の体についての専門家は、病気にさえならなければ120歳まで元気に生活できると信じて疑っていない訳です。

少しまろやかに、

「病気にならなければ老衰で死ねる。」

と言い換えてもいいかもしれません。
しかし、この前提はおかしいといいきってしまってよいでしょう。
なぜなら、

「人は寿命が尽きたときに死ぬ。」

からです。
寿命が尽きた時、どのような病気になるかは体質や、生活習慣だったりで様々です。だから、寿命が尽きたときに、癌、心不全や、脳梗塞を起こすのです。この部分をなぜか多くの人がひっくり返して考えるから、おかしな行動や判断をしているのでしょうね。

徳川家康の場合だと天ぷらを食べた事によって体の調子をくずしたのでしょう。
家康は、晩年、自身で帯を締める事ができなくなるぐらい太っていたなんて聞いたことがあります。彼の行動、判断、思考をたどると徳川家康は10種体癖であったであろうと私は推測しています。10主体癖は平たく言うと天才性をもっており、おおらかな気性で身内や味方にはとても細やかな配慮ができるタイプの人間です。現代の人で例えると、マツコデラックスがおそらく10種傾向が強いと感じています。

10主体癖の人は、歳をとるにつれて太る傾向があります。
おおらかな気性を持つという事は骨盤が大きく開く傾向が顕著にでますから、年齢を重ねるに連れてどんどん太るのです。細身の人と太っている人を並んでいるのを想像してみてください。どちらの方が、おおらかなで接しやすい人でしょうか?

余談ですが、骨盤が開くなら締めればいいと考える人が多くいます。
骨盤は締めるということは、家康から徳川家康らしさを失わせる事になります。おおらかで接しやすい人柄でなくなった時、江戸幕府は毛利家や島津家におこなったような仕打を全国の大名にしたかもしれません。もしそのような事になっていれば徳川幕府400年の天下太平はなかったと思いますね。骨盤は締めるというのは、人格や思考にまで影響を与えるという事をし知っておかなくてはなりません。マツコ・デラックスだって骨盤を締めたらやたらときつい事をいう気持ちの悪い嫌なおっさんにしかみえなくなるのじゃないでしょうかね。骨盤を締めさえすれば人生がすべてうまくいくみたいな安易な発想は早々に捨てることです。

徳川家康は75歳で亡くなったとされています。
10体癖は骨盤が開く傾向があると考えると、かなり長生きした方だといえます。彼自身の天才性と骨盤が開く傾向から寿命を早めに消費してしまいがちな体癖だといえます。また、太っていたということから考えると免疫になにかしらの問題を抱えていたのかも知れません。天ぷらで食あたり説が浮上したのはそのあたりが理由でしょう。

通常、健全な人であれば悪い物を食べると嘔吐、吐くという運動が行われます。
嘔吐すると驚いて慌てる人が多いのですが、吐けるというのは元気があるからできるのです。だから、吐けないで苦しんでいる方が心配な状態です。

なお、嘔吐するという事を、難しい表現で説明すると、悪い物を体の外に排泄しようとする自律運動が起こるわけです。だから、悪いものを食べれば同時に下痢を起こすはずです。

吐くためには頸椎6番の運動が不可欠です。
6番がうまく動いてくれないと吐くという運動ができないのです。おそらく家康は天ぷらを食べて調子をくずしていた時には頸椎6番に異常が生じていたのだろうと思われます。太っている人は首のくびれがなくなる人が多いのですが、おそらく甲状腺が肥大していたのではないかと思われます。

そこから察するに。天ぷらをうまく飲み込めなかったか、あるいは悪い油だと気がついても吐く事ができなかったのでしょう。頸椎6番の動きが悪いと、飲み込む運動もうまくできません。正月によく聞かされる、もちを喉に詰まらせたりするのはそれが理由です。喉に餅が詰まるのは、餅が悪いのではなく飲み込めない状態の人間げ餅みたいな詰まりやすい食べ物を食べるからです。

結果、天ぷらを食べた3ヶ月後に亡くなったそうです。最近でへ、訳知り顔で胃がんだったに違いないなんていう優秀な人が多いみたいですね。

それで結論です。

徳川家康は寿命でなくなったとしか思えません。
体にいくつかの不調は生じていたのでしょうが、寿命がつきていたのですから当然です。生物として存在する、生命を維持することができなくなっている訳ですから体のあちこちが壊れてくるのは自然な事です。

なお、現代の医療であれば、そういう状態、いわゆる死に体でも多少の生命維持(?)はできるみたいですね。ただ、それは心臓を動かし続けるだけの技術でしかありませんから、そのような治療を受けるかはよく考えてから判断する方がよいでしょう。

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本物とまがい物の差

「ずっと頭が痛くてなんにもできない。」

といって相談にこられていた学生さんがいました。

その彼の就職が決まったそうです。
日本で知らない人がいないであろうIT系の会社へ技術者としてです。私はこのことを彼の母親から聞いたのですが、母親としてかなり鼻が高いでしょうね。私にすると大丈夫だろうとは思いつつも、もっとよくなる余地があるという状態で一区切りしたので多少気にしていました。彼はこの入社をステップとして海外へでていく事をかんがえているそうで、きっと明るい未来が待っているでしょう。

それに対して、ある日、別の20代の若者がきました。
半年から1年ぶりだったと思うのですが、来られたときに杖を突いていたのでちょっと驚きました。こちらの彼は、元々かなり悪い状態で、

「こんな体ではまともな人生を送れないから時間をかけて体を変えていかないといけないよ。」

と話していました。
それで、整体を終えたときに、

「時間がかかって仕方ないから。」

と言っていました。
それじゃあ、今日はいったい何をしにきたのだろうかと思ったのですが、話はしないで送り出すことにしました。話など無駄だと思ったし、彼もそれを望んでいないようでしたしね。やはり、何をしにきたのかと思ってしまいますね。体が辛すぎたのでとりあえずちょっとでも楽になればみたいなことでも考えたのでしょうか?

それで、この二人を比べて思いました。
一方は、健康を手にいれようとすると、そのために時間をかけなくてはいけないという事をわかっています。ところが、一方はできるだけ短期間で手に入れる事に価値を見いだしている訳です。

このように考えるには、彼らが日々どのような言葉を発しているかを知らないといけないかもしれません。
ただ、そういうのを詳しく紹介する訳にもいきませんからね。ただ、考え方の違いが、大手企業への入社、杖をつかないとまともに仕事もできない状態という極端な差を生んでいるのでしょう。


私は最近、英語の勉強を始めました。
こういうご時世ですから、インターネット、そしてSNSを有効に活用しています。英語の勉強をはじめて気がつきましたが、

「今は学ぶことがとても容易になっている。」

というのを強く感じています。
一番大きな事は、わからない事がでてくればすぐに調べられるという事です。私が学生の頃なら、書店や図書館をはしごして本を探したものですがそういう手間は今は一切不要です。英語のオーディオやビデオだってすぐに聞いたり、見たりできます。そして、海外に住んでいる英語話者相手のレッスンが自宅でできてしまいます。

でも、そういう容易さをはき違えて考えてしまう人がほとんどになってしまっているのを感じますね。
例えば、英語に関わるSNSなんかでは、

「3ヶ月という爆速で英語の聞き取りができるようになる。」
「1年で英語がペラペラになる。」
「短期間で効果的に英語が身につく。」

みたいな謳い文句ばかり目につきます。
何かを学ぶときにとっかりとしてこういうものに触れてみるのは構わないと思いますが、簡単に身につくものにはやはりその程度の価値しかないものです。

それで、そういう違いのわかる人だけが、

「一流企業への就職をステップに海外に出て行こう!」

なんて事を考えて、実際に行動できるようになるのでしょうね。

とりあえず、

「聞いているだけで自律神経が整う。」
「長く苦しんだ耳鳴りやめまいが3ヶ月で治る。」
「この運動だけやっていれば健康で幸せな生活が手に入る。」

なんていうものはたいていは、まがい物だと思っておいた方がよいと思います。
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骨は動かない

突然、

We don't must move bornes.

という英語が浮かんできました。
最近、英語の勉強をはじめたからなのですけど、日本語より英語の方が表現しやすい事というのがあるようです。

意味は「骨を動かしてはいけない。」のつもりです。
ほとんどの人は、骨がずれたら押して元の位置に戻せばいいと考えているようです。骨のイメージを間違えてとらえているからこのような考えに陥ってしまうのでしょう。

だから、まずは骨がずれているとか、骨に力を加えて正せばよいなんて考えている人は、今夜の夕食を鯛の塩焼きにしてください。塩をぱらぱらとふって焼くだけですから簡単な料理ですが、料理が苦手でしたら日本料理店にいって注文するとよいでしょう。そして、食べ終わった後の背骨を箸でつついてみてください。マナー違反かもしれませんが、指摘されたら骨について勉強しているのだと言い訳してください。

おそらく大半の人は、

「これは動くようなものではない。」

とすぐに気がつく事でしょう。
真鯛だったら結構太い骨なので簡単には折れたりしませんが、さんまみたいな華奢な魚の骨だと突いたらすぐさま折れる事ともあるでしょう。

つまり、ずれた骨を無理矢理動かすと折れるのです。
また、この時、折れるというのは実は誤った表現になります。真鯛やサンマの骨を箸でついて折れたというのは、骨の結合がはずれたということを意味しているのは気がつけると思います。だから、脱臼と表現したほうが正解に近くなります。ところが、多くの人はこの状態を骨が折れたと表現してしまうことに違和感を感じていないのです。

医学という学問は骨というものの理解を根本的に誤っていると言わざるをえません。
だから、一般的な表現に適切なものがないというのが本当なのです。誤った表現が正確な表現に変わるには、天動説が地動説に変わるぐらいの出来事になるだろうと思いますね。

話がちょっとそれますが、問題のある骨に触れてみるとたいていの場合、通常より丸くなって大きく感じられます。これは骨に必要以上の負荷がかかっていて、その骨に関わる神経に過剰な緊張を起こしているという事になります。その緊張が内臓、筋肉に過剰な負荷をかけてそれが原因で病気を起こす訳です。整体であらゆる体の問題が解消できるのはこの事が理由です。

ただ、根本的な骨に対する理解を誤っていると、

「骨がずれて病気になる。」

という事がわからないし、その意味を理解できないのです。まぁ、そもそもわたしなどは骨がずれているなどという事を考えませんから、この表現もまた変なのですけどね。

さらに余談をはさみます。
数年前に、鳴門の海に生息している真鯛はたいてい背骨を骨折しているというレポートを読んだ事があります。いわゆる明石の真鯛は、激流に揉まれて生活しているからその成長過程において数回背骨を骨折しているという内容でした。背骨が折れたら内蔵がうまく機能しなくなるから普通は早々に死んでしまいます。仮に死ななくてもまともに泳げなくなります。そんな状態で流れの激しい明石海峡で生き残って元気に復活するなんていうのはかなりの幸運でしょう。人間でいうなら車にひかれて背骨を骨折したのだけど放置していたら治ったみたいな話です。おそらく明石の鯛の骨になんらかの変化があるのでそのような結論になるのだと思いますが、それを骨折だと判断してしまうのは骨の働きや機能を誤って認識しているからでしょう。

「そういう間違った認識を前提に治療をしてよいのか?」

学者の大半は骨についての理解を誤っているという事についてよく考えた方がいいでしょうね。

話を戻します。

骨が丸く大きくなるという事については、自分で簡単に確認できません。
そこで、ちょっと試してみてください。肩の骨に触れて、その骨に力を加えてみればよいのです。手で押すのではなく、肩を入れる、力ませればよいだけです。力が加わった時に骨の様子が変わります。それをどのように感じるかは個人差があると思いますが、変化が起こるのは誰にでも確認ができることでしょう。そして、普段から力が入ったその状態がずっと保たれていればどうなるか?と考えてみればよいのです。その骨の変化を観察してみて、

「骨がずれているから動かして元に戻せばいい。」

そう考える事ができるでしょうか?
一部の人は、ちょっと違うかもしれないと気がつけるのではないかと思います。
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LGBTとか性同一性障害の話

まずはこちらの動画をご覧ください。
音がでるから注意してくださいね。

 


男性とそのとなりで若い女性が踊っています。
女性はPCで作られたものだということはすぐにわかることでしょう。それで男性と女性が全く同じ動きをしているのですが、これはモーションキャプチャというものを利用しているからです。男性が着ている全身タイツのようなものは特殊な装置で、男性の動きをコンピュータに取り込んで、そうやって取り込んだデータを使って架空の女性を動かしている訳です。数億円以上もする装置だと思っていたのですが、YouTuberが扱っているのをみるとかなり低価格になってきているみたいですね。

男性は女性っぽい動作をしています。
それは隣の女性の動きをみれば理解できるのではないでしょうか。最近は男女平等という事で、こういう事を言うと批判される事があるみたいですが、これがいわゆる

『男性らしさ、女性らしさ。』

というものの正体です。
ダンスという事もあって女性らしさが強めに表現されていますので、若い女性なんかだと、

「可愛い子ぶって。」

みたいな反発心が生まれたりするのかなと思ったりもします。ただ、私には理解できない領域の話になります。

余計かもしれませんが、たぶん女性のプロのダンサーのモーションデータと一緒に踊っているものもあるので、そちらも見てもらうとこの男性の動きがちょっとオーバーなことがわかるかもしれません。



さて、これがどういう事なのかを、一言で言ってしまうと、

「男性と女性では重心が異なっているという事です。」

性の違い体の違いは重心移動に差になって現れます。
なよなよしているようにみえる男性は女性の重心の動かし方をしているという事です。

それで、面白い点は男性が女性の重心で生活をしているとどうなるかというと、感性も女性に寄ってゆくということです。女性っぽい感情の動きや感覚をもつ男性を見たことがあると思いますけど、頭の中のフリでやっているのではなく本当にそういう感性をしている訳です。

だから、動画で紹介した男性は女性と会話をするとその女性の気持ちがよくわかるはずです。もしかしたら、

「男性として見ることができない。」

なんて言われて女性にフラれてしまう事が多いかも知れません。
本当にゲイである可能性もあると思うので余計な心配かもしれませんが・・・。まぁ、これぐらい巧みに踊れる人であればスイッチを切り替えるみたいに女性の重心になったり、男性の重心に戻したりもできて、状況に応じてうまく立ち回れるかもしれませんけどね。でも、ほとんどの人はそんなに簡単に体の重心を変える事ができませんから、たいていは、

「体の性と感覚の性が一致しない。」

と悩む事になる訳です。

同性愛なんていうのは、根本的には全く同じ問題でしょう。
もし、ダンスでは今ひとつピンとこないようであれば、歌舞伎の女形に置き換えて考えるとよいかもしれません。女形の役者は、子供の頃から女性の重心で生活を送る事で役者としての実力を身につけているはずです。

ちなみに、野口晴哉師の著書には重心を変える実験をしたところ、

『男性なのに胸がふくらんできた。』

という記述が残っています。
重心の違いというのは、それぐらい体に大きな影響を与えている訳です。だから、スタイルに自信がないという女性は女性としての所作を身につけると体になにかしらの変化が起こる可能性がありますね。無茶なダイエットや運動に励むよりよほど効果も成果もあがりやすいと思います。

こういう事を知っていると、体と感覚の性の不一致や同性愛で悩んでいる方にはちょっとした光明が見えるのではないでしょうか。
おそらくはすべて心の問題として気って捨てられてしまって、どうにも対処のしようがなくなっているでしょうけど、そういう問題ではないと考えた方が正解に近いと私は思います。

なお、女性の重心を男性に変えて性器が生えてくるなんて事はないとは思います。
男性器の成り立ちは母親の母体の中での出来事ですので生まれてしまってからではもう遅いという事なのでしょう。ただ、体つきの変化ぐらいは重心が変われば実際に起こるようで、街を歩いているとおっさんとしか思えないような体格と動作で行動している女性を見ることは珍しくありませんね。

さて、性の感覚と体が不一致を起こすのは頸椎6,7番に問題があるというのが正解のようです。だから、これらの骨の状態を正せば改善されることがあるのではないかと考えています。

ただ、仮に男性が内面に女性的なところがあってそれが生きていく上でのメリットになる事も少なくないと思うのです。
例えばこの男性は内面に女性的な部分があるからこのように踊れるわけですから。体が変わると物事の感じ方や捉え方が変わってしまう可能性があり、芸術面において才能を発揮をしているような人であればその才能を失うような事になるかもしれません。才能というのは、実は体にある種の問題があって、その影響で発揮されているなんていう事も珍しくありません。もし悩んでいるからといっても、それが本当に問題なのか、もしかしたらそれは個性でそれで得られているメリットもあるのではないかをよく考えてみたらよいと思います。
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骨の役割は地動説で考えなさい

「体は骨で支えていて筋肉で体を動かしている。」

と多くの人が考えています。
しかし、実はこの認識は誤ったものです。実際に人が立って動いているのを見たままに感じると確かにその通りです。しかし、我々は地球の自転に引かれて円運動をしているという事は皆が知っている事のはずです。我々は常に円運動をしていて、その運動は無視できるほど小さな物ではありません。この事については、あとでいくつか事例をあげてます。

ところが、人間の脳は視覚に影響される事が多いのか、自分たちが皿状になった地面の上に立っていると勘違いをしてしまいます。このように、人間の脳は、現実と認識にずれを生じさせます。

私はこの事をよく、

「天動説でものを考えてはいけない。」

と説明しています。
そして、このような説明をしても理解できる人はごく少数です。だから、今回のテーマである骨の役割について理解できる人はほとんどいないという事になります。

ただ、改めて考えてみると難しいことではないですし、感覚的にはわかっている事ではあります。


「オリンピックで金メダルをとりたい。」


プロのスポーツ選手でもいいのですが、そんな事を思った時に、医者に相談にいく人は一人もいないでしょう。医者に相談したって運動能力があがらない事を感覚的にはわかっているからです。もっとわかりやすく表現すれば、医者は運動については無知で、ほとんど何にも知らないという事です。そういう無理解で無知な人に、


「運動しなさい。」
「筋肉をつけなさい。」


とか言われて何にも疑問を感じない人が大勢いるのが不思議でなりません。

では具体例をあげてみましょう。
陸上競技は必ず半時計回りに走るのは、反時計回りに走った方が速く走れるからです。これは半時計に走った方が自転のエネルギーをうまく活用できるという事です。人間に右利きが多いのも同様で、地球上で暮らしていると右腕を使った方が効率よく体を使う事ができる、自転のエネルギーを活用しやすいという事です。

でも、医者は

「右肩ばかりで鞄をもってはいけない。」

と言うことがよくあります。
これは医者の頭の中が天動説で止まっているという事になります。なお、天動説が正しいといわれていたのは今から500年ほど前の事です。

医者は、我々人間は平坦なお皿のような地面の上に暮らしていると考えているようです。
だから、人間の体は左右が対称でなければいけないと考えています。そもそも人間の体は左右対称ではありません。外からの見た目は一見、左右対称のようですが、内臓は左右対称ではありません。心臓は少し左側に寄っているので左側の肺の方が少し小さい傾向があります。当然ですが、すべての臓器が左右にバランスよく配置されている訳でもありません。医者はこういう事は知っているはずなのですけど、完全に無視して、

「左右対称に均等に疲れなければならない。」

といいます。
500年前の聖職者や神学者はきっとこういう人たちだったのだろうなぁと思いますね。

次に、運動について考えてみましょう。
筋肉で体を動かしているのであれば、かつてハンマー投げで世界一になった選手に室伏広治という人がいますが、彼が世界一になれるはずがありません。室伏が参加する競技会を見たことがありますが、室伏より背の高い筋肉の多い選手がたくさん出場しているのです。それなのに他の選手に比べて小柄な室伏浩司が世界一になれたのは彼が自転のエネルギーをうまく活用できたからです。

こういう事を踏まえて、イチローやダルビッシュなんかの話を聞いてみると面白いことに気がつくかも知れません。ダルビッシュなんかはYoutubeに動画をあげていますので興味があれば見てみると良いでしょう。

話を戻します。

こういう事がわかってくると、最初に述べた、

「体は骨で支えていて筋肉で体を動かしている。」

という事がおかしな考えである事が理解できるようになってきます。
ただ、残念ながら多くの人は目で見た感覚でしか理解できないものです。だから、このような説明をしても多くの人はピンとこないのです。それにこういう事がわかっていなくても全然問題ないというか、体の事は逆に知らない方が案外うまくいったりするものだったりします。

これもよく私がする話です。

「松岡修造と私と体についてどっちの方が詳しいと思いますか?」

という問題です。
答えははっきりとしていて間違いなく私の方が詳しいです。でも、松岡修造と私ではどっちの方が元気ですか?というと、これは間違いなく松岡修造の方が元気です。変な話に聞こえるかもしれませんが、元気や健康というのは、知っているから手に入るというものではないのです。

「ダルビッシュ有のボールの投げ方の説明をされても同じボールを投げれる訳ではない。」

という事で、このあたりの勘違いをしない事が、健康に元気になるためのコツみたいなものなのです。そして、知らない方が元気でいる事が簡単だという事実も付け加えておきましょう。

ただ、

「骨がどういう役割をしているか?」

という事についての答えは書いておこうと思います。

『骨は、その重さによって体をコントロールしている。』

これが正解です。
歩く、走る、物を持ち上げるという動作から、内臓の働きまで体の運動の総てをその重さでコントロールしています。先程述べたとおり、ほとんどの人は納得できないかもしれません。ただ、イチローやダルビッシュといった運動能力の高い人は、骨の操作が上手なのだと理解する事ができれば、彼らに近づく事ができる人もでてくるかもしれません。
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