ブログ「日々整体」

9月29日 整体勉強会をやります。

9月29日(水) 10時半より整体の勉強会を行います。
場所は、長岡天神です。

基本的な整体の考え方と実際のやり方、ウイルスにやられてしまう体はどういう状態なのか?
などなどの内容です。

1度参加された方でも再び参加OKです。
その場合、内容をちょっと変更してさらなる技術向上を行ってもらえるようにします。

参加を希望される方は電話でお申し込みください。

TEL075-954-0036
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ビル・ゲイツの野望

WHOが、 

「新型コロナウイルスにマイクロチップが埋め込まれているという情報がデマである。」 

そんな情報を発信しているのを見かけました。

ビル・ゲイツという人、そんなありえないデマが本当だと信じ込まれるぐらい英語圏では嫌われているみたいですね。実は、日本においてもウインドウズに変わるようなOSを開発するみたいな話はなくはありませんでした。でも、米政府から開発を停止するような圧力がかかってほぼすべて頓挫してしまったと聞いています。記憶にあるのだと、ワープロソフトである一太郎を開発していたジャストシステムがパソコンをもっと簡単に利用できるようにという思想でOSなり、ソフトなりを開発していたと思います。ジャストシステムには優秀な日本語変換ソフトATOKというのがあったのですが、尻つぼみで今ではもう使われていないのじゃないでしょうかね。 

マイクロソフトの日本支社の社長は成毛眞という人で、かなりの辣腕家でしたからこの人の手腕によるところも大きかったのかもしれません。考えようによっては日本のパソコン業界をダメにした訳で、今でも官庁のIT化が進まないのはこの成毛眞という人の存在があったことが最大の要因なのかもしれません。こういう流れがなければ、もしかしたらIphoneに変わるような端末を日本企業が開発していたかかもしれませんし、そうなれば今の日本の状況はまったく違うものになっていたかもしれませんね。

話がそれましたので戻します。 

日本でも心底嫌われていても問題ないようなビル・ゲイツについてです。 
パンデミックは彼の演出で、パンデミックを理由にワクチンにマクロチップを混入させて人間をコントロールしようとしているという噂が流れてます。北米のアンケートでは半数程度の人たちがこの話を真実だと考えているなんていうものも見たことがあります。 

火のないところに煙りが立たないといいます。
確かに今回の新型コロナウイルスに対しての彼の立っている場所はびっくりするぐらいに近いです。しかし、だからといって彼がパンデミックを主導しているとは決して言えないだろうと思います。なぜなら、ワクチンにチップを混入させたぐらいで人間をコントロールすることは不可能だからです。 

仮にチップが入っていたとして外部から電波を受信して、その電波信号に応じて脳に影響を与えるほどの電気出力が必要になるのですけど、それはどこから供給するのか?そもそも電気などの出力で脳に刺激を与えることで人をコントロールする事が可能なのか?という具合に、突っ込みどころはいくらでもみつかります。ビル・ゲイツという人はとても優秀ですから、そういう不可能な事を可能にできるとは考えないと思いますね。

では、ビル・ゲイツという人は何を考えているのか? 
今回はこのことについて私なりにまとめてみたいと思います。残念ながら、私はビル・ゲイツ自身に対して直接インタビューできるような人間ではありませんから、あちこちの記事をみた上での推測です。まぁ、それでも想像の翼を拡げるのはなかなか楽しい作業ではありますのでもし興味をもたれた方はお付き合いください。 

記事の続きは四面楚歌に掲載しています。
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これであなたも人生の達人になれる?

話をしていてこの人はダメだなぁと思う事があります。 
ダメだと感じる人はたいてい、 

「少しづつ、ちょっとづつ。」 

という表現を好むような気がします。 

小さな事からコツコツと、櫂より始めよといった具合に、いきなり大きな成果を望むのはダメだという言葉がありますから、 

「なんでやねん。」 

と突っ込みを入れたくなる人もいるかもしれません。 
言葉ではこの感覚を説明するのが難しいと感じたので図にして表現してみます。 

damenahito.png

この図をみてピンとこない人はちょっとまずいかもと思っていいかもしれません。 
なにがまずいかというと、努力や労力が必ず成果になって現れると考えている点です。 

「努力をすれば夢が叶うんだ。」 

という言葉は心地よいかもしれませんが、こう考えてしまう人は日々の努力の成果を実感できていないと努力や労力を継続する事ができないようです。 

私は学生のころ、バスケットボールに打ち込んでいました。 
今ふり返ると練習内容にかなり問題があったので大成はできませんでしたが、かなりの練習量はこなしていたのでそれなりの実力は身につける事ができました。(大阪北部公立で3位、大阪でベスト32位程度)それで、その技量の伸び方なのですけど、図示するとこんな感じだと思います。 

jituryoku.png

練習を続けているとどこかのタイミングでいきなり上手になります。 
これは私だけでなく他の部員もそうでしたから、大半の人はこういう具合に実力を身につけていくのだと思いますね。ポイントはなかなか伸びない期間があるという事でしょう。ここでどういう考えで取り組んでいるかで伸びる要素や伸びしろが決まってくると考えるとわかりやすいでしょう。 

ホンダの創始者、本田宗一郎の言葉だったと思うのですけど、 

「業績のよくない時にやっていた事が飛躍の原動力になっている。」 

というものがあります。 
これは企業の話だろと切って捨てるより、あらゆる物事に応用のできる考え方がいいと思いますね。 

絵を描くのだって、スポーツだって、仕事だって、何かを身につけようと思うのであれば練習や労力を継続することはとても大切です。でも、そういった苦労がすぐさま成果になって現れるかというとそれもまた違います。成果になってあらわれるのは延々と練習を続けた後のことでそれがいつになるかはわかりません。スポーツみたいに身体能力を維持できる期間というのは終わりがありますから、努力の成果が得られる前に引退を考えなくてはいけなくなる事もあるかもしれません。 

そうならないために、もう1つ考えておかなければいけない事があります。 
それは、努力の方向性です。こういうものを作りたい、こういう成果をあげたいというのは、仕事、物作り、スポーツ、芸術などあらゆる分野に応用がきく考えだと思います。言葉にならない事もあるかもしれませんが、全ての人はなんらかのゴールを設定して物事に取り組む事でしょう。 

そのゴールに向かって一直線に向かう事は無理だと考えた方がいいでしょう。 
もし、そういう事ができる人がいるとしてもそれは天才と呼ばれるような人で一般の人に真似をすることは無理でしょう。だから、なるべく向かうべきゴールに近づくように労力を払って行くことになります。 

私はテレビゲームが好きなのでそれを例にあげてみましょう。 

「製作開始のころはこういう完成形を目指していたのではないだろう。」 

と感じるゲームに出会う事があります。 
予算なのか、納期なのか、プログラミング技術のせいなのか、遊んでいてこの部分は妥協しているなとか、作ってみたら想像していたような面白いゲームにならなかったのだなとか、途中で諦めたのだなと感じる事があります。逆にひどい内容なのだけど、そのひどさが反対に作用して神がかった面白さを演出する事も希にあったりしますけどね。 

こういう具合に製作過程でゴールにたどり着けない事がわかったり、ゴールを変更しなくてはいけない事があったりする訳です。 

そういえば、ドラマ化もされた東京トイボックスというマンガは、ゲームクリエイターが 

「こうすればもっと面白くなる!」 

という事に製作途中に気がついて大きな仕様変更をする話です。結果として、製作現場に大混乱をもたらすのですが、その混乱をどうやって治めていくかというのが絶妙に描かれていますのでおすすめです。 





話を戻します。 

結局の所、努力や労力を成果に結びつけるという事と、努力すれば成果があがるというのは似ているようですが、まったく意味が違うと私は思うわけです。そういう視点をもっていると、最初にあげた、 

「少しづつ、ちょっとづつ。」 

あと、ついでにコツコツなんかもそうですが、そういう言葉を好んで使う人って、 

「努力さえしていればいい。」 

という思考から抜け出せなくてしまっていると感じる事が多い訳です。


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交通事故を起こす本当の理由とは?

嫁が50ccの原付を運転中に電柱に突っ込み頭と体を強打しました。

ほぼすべての人が、こういう事が起こった時に、


「不注意だ。」

「運転に対しての自覚が足りない。」


なんていう具合に考えてしまう事でしょう。

しかし、私は少し前から、


「ちょっとまずいからほっておいたら変な病気になってしまう。」


と考えていました。

それで、幸いといっていいのかわかりませんが、病気ではなく電柱に頭をぶつけてきたので、


「まぁ、これならまだケアができるからいいか。」


という風に考える事にしました。


私は今回の事故を、変な病気になるのを避けて事故を起こしてきたと考える訳ですけど、なぜそういう風に考えるのかを説明してみたいと思います。


病気や怪我をするというのはどういう事か?

実は、病気や怪我は


『気の解放』


という意味をもっています。

体の中をめぐる気の流れというのは目では見えませんし、目ん玉が飛び出るぐらいの高価な機械でも観測する事ができません。まぁ、もしかしたらできるのかもしれませんが観測してみようという学者がいませんし、今後も長く現れないと思いますから発見される事はないでしょうね。


でも、気の流れを観察するのは慣れている人だと割合と簡単だったりします。

なぜかというと、気の流れというのは運動するときにその影響がみてとれるからです。運動といったってオリンピックの競技になるようなスポーツである必要はありません。立つ、座る、歩くなんていう動作にも気の流れは影響しています。なくて七癖なんていって、人には必ず癖があるといいますけど、その癖はこの気の流れが起こしている動作です。


例えば、コップでお茶を飲むときに小指をたてるなんて人がいたとします。

これは小指に気を流す事で飲み物を飲むという動作をスムーズに行うためのものだと言えます。そんな具合に、歩くときの足の運び方だったり、睡眠の時の寝相だったり、座るときにあぐらをかくとか足を組むとか、人間の全ての動作に気の流れというものが存在しており、それを無視して考える事はできません。


こういうのを知っていると、スポーツのトレーナやコーチで優秀な人がどういう見方をしている人が優秀かわかりますね。優秀な人はその人の気の流れを雰囲気で感じとってより上達するためにはどうするのがいいかと考えます。


私はよく野球で星野監督と野村監督の差を例にあげています。

星野監督が気をみてチームを作っているのに対して、野村監督が理論でチーム作りをしているからです。野村監督の野球をID野球、星野監督は闘将なんていわれていたのをご存じの人も多いことでしょう。彼らには優劣の差はなかったと思いますが、その野球スタイルには大きな差がありました。他に気で人を見ている人は、巨人の長嶋監督、マラソンの小出監督なんかが分かりやすいでしょうか。


さて、気の流れなんていうと多くの人が胡散臭く感じると思います。

だから、私はなるべく違った言葉を使って表現してきました。でも、最近になって、目にはみえないけど確かにあるこういうものにどういう言葉をあてるのがいいかというと、結局、


『気の流れ』


というのがぴったりだな思うようになってきました。


話がそれたので戻します。


この気の流れがうまくいっていないと、体のどこかに気が集まりすぎてしまう事があります。

すると気を解放するための運動として、他人から見たら意図のわからない行動をとります。例えば、俳優の窪塚洋介は自宅のマンションから飛び降りたそうですけど、こういうのは非常にわかりやすいですね。


私がこれまで見てきたものだと、スキーで木に突っ込んで足を折るなんのはとても多いケースです。

道路に飛び出して車にはねられるのなんていうのも同じで、私の嫁がやった原付で電柱に突っ込むなんてのはとてもわかりやすい典型的な気の解放といえます。


交通事故の大半も不注意というよりは、気のめぐりが悪くて起こしていると私には思われます。

つまり注意力が散漫になる体の状態というのが問題なのです。そして、気の流れを意識でコントロールできるものではありません。それを常識とかいう言葉や認識でそれを押さえ込んでしまうと抑え込まれた気はますます高まってしまってますます激しい行動を起こすようになります。例をあげるなら、秋葉原の連続殺傷事件はそういう流れで起こったものじゃないでしょうかね。


昨年あたりから話題になっているあおり運転なんてのも気の解放です。

自動車の運転席に座ると性格が変わってしまうのは、自動車という重量のあるエネルギーの大きなものを操作していると気が大きく膨れ上がっておかしな行動をとるようになるわけです。


自傷や自殺なども典型的でしょう。

リストカット、電車への飛び込みなども高まりすぎた気の解放でしかありえないでしょう。どのような気の偏りがそういう行動を起こすのかまではまだ把握はできておらずまだ推測ですが、頸椎2番に狂いがあるとそういう行動をとることがあるようです。


最近だと大半の人は、ガンみたいな病気になって偏った気を解放しようとしているといえます。

だから、ガンなんて減らしたり切ったりしてもまたすぐに再発してしまいます。ガンが生まれる必要がないように気の流れを整えなければなりません。


ちなみに、気功で気の流れを整えて自然免疫力を高めましょうなんていう謳い文句をたまにみかけます。

悪くはないのですが、ちょっとポイントがずれていると私には感じられます。気の乱れを知覚できるようになるにはある程度の経験が必要で、やれば必ず身につくというものでもありませんからね。


そんな訳で、


「頭に気が集まりすぎてたんだろ?」


と、事故から1週間ほどすぎてから聞いてみました。

すると、


「考え事をしていたらその事で頭が一杯になってしまって意識がなくなって、気がついたら電柱ぶつかっていた。」


との事でした。

一応、多少の怪我はしていますが問題なく回復できそうです。

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新型コロナウイルスに関わる未来について考えてみる その2

最近になって、あからさまな嘘情報を頻繁に目にするようになった気がします。
こういうのって1つ嘘がまかり通ってしまうと、その後、罪悪感がなくなるのでしょうかね。それとも、その嘘が嘘でない事にしなくてはならないので嘘をかさねなくてはならなくなるのでしょうか。

私もあまり考えなしに発言した内容を守るためにに理論武装していないか?
このことはたまにふり返って考えて見た方がいいでしょう。たぶん、今のところ大丈夫な気がしていますがこういうのはなかなか自分では気が付きにくいものです。

さて、ある時、

「君主危うきに近寄らず。」

と言っていた人が、違う日には、

「虎穴に入らずんば虎児を得ず。」

といっているのをみて、あの人は矛盾の塊だなんていって批判をしているのを見かけます。

それは違うだろうと思うわけです。
例えば、新型コロナウイルスに対しても注意した方がいいタイミングと、心配しなくていいタイミングがあります。注意しなくていいというのは表現がちょっと下手ですが・・・。


続きは、四面楚歌に掲載しています。note では記事単体で購入可能です。https://note.com/jiritsusetitai/n/n9ce136c532d2
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