ブログ「日々整体」

才能というのは寿命を消費して発揮するもの

「モーツァルトが36歳という年齢で死んでしまったのは、その才能を発揮し尽くしたからだ。」.


才能というのは寿命を消費して発揮するものです。芸術の分野でこの傾向は顕著なんですが、なじみやすい例であげるとマンガなんてわかりやすいかもしれません。

Dr.スランプ、ドラゴンボールの作者鳥山明はドラゴンボール以後マンガを描いていません。
多少は描いたりはしていましたけどあられちゃんやドラゴンボールなどに比べるべくもないものでした。何を描いたのか知らない人の方がおおかもしれません。そうなる理由は、描けなくなったと考えるとわかりやすいでしょう。


少年ジャンプの編集長をやっていた方に鳥島和彦という方がいて、


「ドラゴンボールを長引かせたのは失敗だった。そうすれば鳥山明はもう1本ぐらいマンガを描けたかもしれない。」


なんていう発言をしています。
Dr.スランプに登場するマシリトはこの鳥島さんががモデルなので知っている人もいるかもしれません。彼からみるとドラゴンボールで燃え尽きてしまった鳥山明はもう描けなくなってしまっているというわけです。それを無理矢理にでも書かせればどうなるのか?たぶん死んでしまうんじゃないですかね。


ジャンプには長期休みをはさみながら連載を続けているハンター×ハンターというマンガがあります。
私も1回は読んでみました。長期休みがはじまる直前までの話で想像とか才能を出し尽くしてしまったので、描けなくなっているのでしょう。

作者は冨樫義博という方なのですが、この方はハンター×ハンターの前に幽☆遊☆白書というマンガを書いています。興味深いのは、幽☆遊☆白書はとても中途半端な終わり方をしています。本人は、


「このままだとだらだらと続けらさせられそうになったので無理矢理終わらせた。」


というような発言をしています。
才能を枯渇させてを終わらせるのではなく、余裕がある状態で次につなげればハンター×ハンターという、前作を超えるような人気マンガがまた描けるわけです。


続きを楽しみにしている読者からは、


 「富樫仕事しろ!」


なんてよく言われていますが、無理矢理書いたら、おそらく死んでしまうのでしょう。
直感的にそういう事がわかるから、じっくり休養をとっているわけです。人気マンガの作者なんて、それぐらい命を削ってマンガを書いているということでしょう。


ちなみに、長く続いている漫画で私がぱっと思いつくものにゴルゴ13があります。
調べたら50年ほど続いているようです。本当かどうかはしりませんが、この作者は全部アシスタントに描かせて、自分は目しか描かないなんていう話があります。才能を消費することなく漫画を描くしくみを構築しているから長く続けられるわけです。


さて、こんな事を改めてまとめてみたのはリャナンシーという妖精の存在を知ったからです。
リャナンシーはアイルランドに伝わる女性の姿をした妖精です。厳密にいうと、アイルランドに住んでいたケルト人は文字を持たない民族だったらしいので、ケルト人の話を聞いたローマ人なんかが伝えてきた話らしいですけどね。

リャナンシーは、男性に求愛する妖精だそうです。
その求愛を受けた男性は、自分の精気つまり寿命と引き換えにして芸術の才能を手に入れます。ケルトの才能ある芸術家はみな短命だったらしいですね。そんなところから、芸術家たちはリャナンシーに命を差し出す見返りとして才能を手に入れ、素晴らしい作品を作り出しのだと考えられていたようです。


才能の量というのは生まれもったもので、それをすべて出し尽くした時に人は生きる力を失ってしまうという考えはある方の受け売りでなんですけどね。それがこういう古い伝承に残っているというのは、やはり間違った考え方ではないのでしょう。


こういう事を踏まえて、生きるということについて考え直してみると生き方がのヒントがみつかるのではないでしょうか。シンプルに考えるなら、


「才能を消費しなければ長生きできる。」
「才能を消費すれば寿命が減る。」


ということです


長生きできれば人生に満足できるわけではないと私は思いますね。
何を為すことも、何を残すこともなく、ただ生きて死んでいく人生に満足できるかと、1回ぐらいはきちんと考えてみてもいいんじゃないでしょうか。芸術だけでなく、スポーツの分野でも応用ができますし、才能を発揮するという視点から広げれば、日々の生活だって、仕事のやり方だった大きく変わってくるはずです。
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2月品川、日暮里、名古屋の整体の受付しています

今週末、名古屋ではじめてやります。
場所は伏見です。多少、空きがありますのでお困りの方は一度相談にいらしてください。体にどういう問題が起こっていてどうすればいいのかを説明させてもらうことができるはずです。おそらく世間や他の専門家に相談してもどうにもならなかったケースでも、違う視点や考え方です。



また、日曜日の品川はだいぶ予約がとりにくくなってしまっていて16日の夕方にしか空きがありません。迷っているようでしたら早めに電話をいただくほうがいいでしょう。



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自律神経の読み方

年末年始の休みに溜め録りしてあったドラマ「まだ結婚できない男」を見ることにしました。

10月17日の記事で1話だけみて考察してみた記事はこちら

数ヶ月もあけて2話目以降をみてみたわけですが、ひどい内容になっていました。
放送はもう終わっていますが、もし見ておられた方がいたのでしたらこのあたり、具体的には2~6話で見るのを辞めてしまった人もいるのじゃないでしょうか。

単純なコメディドラマとしてだけみるのであれば、それなりに楽しめる内容ではあったかもしれません。でも、このドラマはあの結婚できない男の続編ですから私の期待値はもっと上です。

ダメだったところを上げてみると、

・桑野信介のキャラがぶれてタダの痛い男になっている
・桑野が指揮棒をもって指揮をするシーンがない
・桑野が食事をするシーンがない

一般の人から見ると奇矯だけど、桑野にとっては当たり前だというシーンはこのドラマにおいてもっとも重要なシーンです。ところが、2~6話では、桑野信介が鎌倉でお金を洗うシーンが1つあるというだけで、他にはまったくありませんでした。

また、桑野信介が言うはずがないセリフが延々と並んでいました。
阿部寛は1話できっちり役作りをやっていましたから、このセリフのブレにはかなり困ったのではないかと思われます。

このドラマの女性たちは、主人公に対して


「気持ちや考えはちょっと理解はできるのだけど、この人と結婚するとなるとちょっとね。」


というような微妙な心の動きを、1話では面白おかしく表現していました。

ところが、2~6話は、


「女性の気持ちに対する配慮や気づかいが全くできないダメな男を女性たちがあざ笑う。」


という内容になってしまっていました。
男性が草食化して頼りなくなったせいで結婚相手を見つけられないとぼやいている女性に、媚びを売る内容になり下がってしまったとでもいうところでしょうかね。

このドラマにおいて何がもっとも面白いのかを理解しない人間が雑な干渉をしてきて制作現場をぐちゃぐちゃに荒らしていったのでしょうか。

普通に考えるのであれば1話とそれ以降の体制に変化があったのは明らかであろうと思われます。
セリフとストーリから考えると、脚本を書いている人が変わっている可能性が高いと思えます。ただ、テレビのドラマって監督や脚本家の情報があまり表に出てこないので、何が起こっているのかが今ひとつわかりにくいのですけどね。

あるいは、1~6話まで収録した時点で、

「これではダメだと。」

監督がそんな事を言い出したのかもしれません。
それでてこ入れをしようとしたのだけど、制作スケジュールを考えるといろいろ直すわけにもいかないので、

「それじゃ1話だけでもしっかりやり直そう。」

とそんな事が起こったのかもしれません。

ただ、そう考えると1つ辻褄が合わなくなります。
1話では桑野信介の対極の存在としての立ち位置だった森山桜子という女性の立ち位置です。2話以降、出番が極端に減って、5話あたりからちらほらでてきて7話で桑野信介の仕事のパートナーである村上英治の結婚相手になっていました。村上が彼女と結婚するのは8話です。

桑野の真逆の存在であることを前回の記事で指摘しました。
その真逆の立ち位置は変わっていませんが、西にいたのがいつの間にか東側にいたみたいな変更をしてきましたね。その分、弁護士の吉山まどかがもともと森山がいたポジションにじわじわと寄っていきました。

1話であれだけしっかりキャラ立てをやっていたのに、こんだけキャラの立ち位置をいじってくるというのはかなり珍しいと思います。先ほど述べたとおり、制作陣のなかでかなり喧々諤々の何が起こっていたんじゃないでしょうか?ちなみに、これを書いている1月10日で私は8話まで見ましたので残り2話です。2話以降の崩壊ぶりからいってもうダメだなと思っていたのが、7~8話で建て直してきたでラストはちゃんとまとまっていそうな気配です。

さて、年末年始はずっとこのドラマ「まだ結婚できない男」の事ばかり考えて過ごしていました。
それでふと思ったのですが、私は体の状態をみる、つまり自律神経の状態を読む時も同じような見方をしていますね。セリフがぶれたり、ストーリ展開にスムーズさを欠いているなぁと思った時には、


「どうしてこういう脚本になったのか?」


という見方をします。
その原因は、監督がへぼなのか、脚本家の実力がたりないのか、役者の演技がダメなので妥協してこうなったのか、それともスポンサーが横槍を入れて改変したのか?なんて事を考えるわけです。


「面白くないのは脚本がダメだからだ。」


なんていう考えで、宮藤官九郎や三谷幸喜を起用すれば面白くなるというほどドラマは単純な物ではありません。面白いドラマを作ろうと思えば、監督、脚本、役者、その他様々なスタッフが一丸となって取り組むからいいものができるわけで、この監督がいれば全てがうまくいくなんて事はありません。制作スタッフがそれぞれの役割を自覚しつつ協力するから面白いドラマができあがるのです。


「面白いドラマができないのは、チームワークが悪いからだ!」


そりゃまぁ確かにそうですけどね。
チームワークを高めましょうと大きな声で訴えていれば皆が共感して一致団結するというほど人間は単純じゃありません。


この考えをそのまま体に置き換えて考えてみればいいのです。
めまいがするから、耳鳴りがするから、体が辛いから、それは自律神経の問題だみたいな発想はあまりにも短絡的ではあります。しかし、


「元気がでない、体の調子が悪いのは自律神経の働きが悪いからだ。」


と、ここまではよしとしましょう。
でも、自律神経の働きというのは、チームワークみたいにとらえどころのないものですからね。もうちょっと俯瞰して考えないと適切な対処というのはなかなか難しいわけです。
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名古屋での整体受付しています。

今年から中部地域にも足を伸ばすことにしました。

下記日程です。

日時 1月19日(日)
  11:30~ 14:00~ 15:00~ 16:30~

伏見駅から徒歩2分
住所: 〒4600008 愛知県 名古屋市中区 栄 1丁目11-27
地図はこちら


日時 2月2日(日)
レンタルジムスタジオ - buio Bridal Gym
矢場町駅徒歩3分
住所: 〒4600008 愛知県 名古屋市中区 栄 中区栄5-3-21 第一田島ビル1階
地図はこちら


日時 2月20日(木)
日時 2月20日(木)
 10:00~ 11:30~
 13:00~ 14:00~ 15:00~

場所未定:上記2つのいずれかの予定

場所未定:上記2つのどちらかです。


必要な用意:ハンドタオル、靴下
    申込み後に発送するカルテと説明書に目を通してサインと記入をお願いします。
    もし疑問点などがありましたら当日説明いたします。         
   ※着替えなど用意できませんので平易、ラフな服装でいらしてください。
            
時間:30分程度(初回60分程度)

費用:1万円
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俺たちは強い!

「ダーウィンの進化論では、生物の進化は説明できない。」

15年ぐらい前に読んだ本には既にそんな事が書いてありました。
ダーウィンの進化論では、生物の進化は偶然の起こる変化の中で環境に優位な個体が生き残って進化が起こるなんて説明されています。簡単な言葉でいえば、キリンの背が高くなったのはたまたま背がたかく生まれた個体が生き残る確率が高かった結果、キリンの背は高くなったという事です。

このような進化は、性が分かれて交配によって遺伝子を交換することによって起こります。
人間でいうなら男女が結婚して子供をつくることで、その子供の遺伝子に変化が起こるわけです。生まれてきた子供は両親の遺伝子、特徴を引き継いで新しい可能性を持ちます。そうやって生まれてきた可能性の中で優位な個体だけが生き残って遺伝子を残していくというのが、ダーウィンの進化論です。

ただ、進化論では新しく生まれてくる個体が優秀かどうか、環境に適応しているかどうかは運任せでしかありません。そんな偶然の繰り返しでゆっくり少しづつ進化してきたというのがダーウィンの考えです。私は学校で生物の進化についてはこのように教わりましたが、生物の進化についてこのダーウィンの進化論に異を唱えた人がいます。

遺伝子の変化によって起こる可能性というのは無限に存在します。
無限にあるもののなから偶然に優秀な個体が生まれてその個体の持つ特徴が主流になっていくというのは無理があるというわけです。砕けた言い方をしてみるなら、

「宝くじを的中させる人だけが生き残って子孫をのこしていけば、その子孫たちは全員宝くじを的中させるような個体になる。」

というような事です。

言われてみれば確かに変です。
例えば、ほかの多くの生物ももっていて、私たちにもある目という器官は偶然に生まれるでしょうか。最初に目として確認できる器官は、光を感じる事ができるものだったそうです。かなりうろ覚えですが、アメリカ大陸だったかどっかに、光を感じる事ができるアメーバみたいな生物が見つかっていて、どうもそれが目というものを最初にもった生物の子孫らしいなんていう話です。

明るさを感じる機能が偶然に偶然を重ねていけば色や形を明確に識別できるようなものに変化するか?町並み、人の暮らしと営み、自然の風景を見て美しいと感じる事ができるようなものがたまたま偶然生まれたものか?

整体で考えるなら目というのは脳の一部だと野口晴哉氏が説明しています。
ということは、明るさを感じる事のできる細胞が、生物として脳を持つという進化をしていく必要があります。遺伝子の数と、そこから生まれる可能性を計算してみた場合、目という器官が生まれてくる可能性はどういう確率になるのか?おそらく世界中のスーパーコンピュータを何台つないでも計算しきれないような数字になるはずです。つまり、生物の進化は偶然に起こるものではないという事です。そして、このことを裏付ける研究もすでになされていたりします。

私が知っているのはツバメの研究です。
あるツバメを調査したところ、その種には小型化が起こっていたそうです。そして、その変化はわずか2~3世代でした。

「どうもダーウィンのいうゆっくり少しづつというのは誤りで生物の進化は私たちが考えていた以上に急速に起こるものらしい。」

という事です。
考えてみれば、日本人だってその体型や見栄えは戦後あたりの人たちと、今の私たちではずいぶん変化しています。ちょっと前まで日本人は胴長で短足で小柄だったのが、足の長い長身の日本人は珍しくない程度にはみかけます。

実は、胴長になるのは腸が長いからです。
穀物主体の生活をしていると、腸が長くなります。穀物は消化吸収に時間をかける必要があるから腸が長くなるのです。一方、肉食主体だと腸が短くなります、肉が腸内に長く留まっていると腐敗して腸の働きに悪影響を与えるからです。

これはどういう事かというと、食生活の変化に適応、あるいは進化したということでしょう。その変化はやはりわずか2~3世代です。

また、こういう事を踏まえて考えると、環境保護という考えも非常にくだらないものだという事がわかってきます。どんな風に環境が変化しても私たちの子供や孫の世代はちゃんと環境に適応して進化していくのです。

ついでにいうと、二酸化炭素が増えると動植物にとっては都合が良い事の方が多いじゃないでしょうか。植物は二酸化炭素が多いほうが繁栄しやすいですし、植物が増えれば食物連鎖の底辺に厚みがでて動物たちにとっても生活しやすい環境になるはずです。二酸化炭素が増えて困るのは、今の時代を生きる我々だけで、そんな我々の都合を子や孫、子孫たちに残したって迷惑なだけだと私は思いますね。

だから、環境についてどういうこうい人がいたら、

「ダーウィンの進化論がもう石器時代の考えだという事はご存じですか?」

と質問してみるといいでしょう。
頭の中が古い人には未来の事を考えるのはちょっと難しいはずですから、そんな人の話は半分に聞いておくことです。

さて、話がまとまりを欠いてきましたのでポイントをまとめましょう。

ツバメは2~3世代で小型化しました。
その変化を観察した学者は、環境が変化したので小型化した方が都合がよくなったのだろうと考察していました。日本人は食生活が変化しましたが、その食生活の変化に対応するために内蔵と体型に変化がでてきました。

これは、

「生物には種全体としての明確な意思がある。」

という事を意味しているといえます。
『目という器官を持つ』という種の意思が働き、その上で、どのような進化をすれば目という物を見る能力を得る事ができるか、可能性の模索が行われた結果、今の私たちは目を持っているのです。そして、私たちの体は目だけではありません。私たちは、心臓、肺、肝臓といった五臓、血管、神経、筋肉、皮膚、血液、そして脳、様々な働きをもつものが集合して生きているわけですが、

「こんなんでましたけどー。」

みたいな偶然の産物だと思うでしょうか?遺伝子の可能性は無限に広がっている事を思えば、私たち人間をはじめとする様々な生物が偶然に生まれるはずがないのです。


「ダーウィンの進化論が生物誕生、そして世界生成の秘密だ!」


と考える人にはちょっとぶっ飛んだ考えにきこえるかもしれません。
ただ、15年ぐらい前に読んだ本にはそういうことが書いてありました。そして生物学だと、こういう考えが主流になっているなんて話も聞いたこともあります。

こういう具合に学問が進んでいるのにそれに私達がついていけていないなんて話はいくらでもありますね。

歴史だと4大文明なんて言葉を社会で習いますが、現在では同じ時期に10ぐらいの文明があったことがわかっているそうです。恐竜は爬虫類で肌がつるつるだと教わりましたが、羽毛をもっていて鳥類は恐竜から進化したのだというのはすでに常識になっていたりしますね。

種としての意識というのがどういうものかはまだまだ議論して研究をする必要があるとは思います。ただ、学校で教わったことでは説明できないことがいくつも確認されているという事ぐらいは知っておいてもいいのじゃないでしょうかね。


整体というのはこの種としての意識に思に働きかけた時にもっとも効果的になります。だから、生物の進化に種としての意識というものが存在しているという考えは私には割と受け入れやすい考えだったりはします。

具体的にやろうと思うと、まっさきに頭に浮かんだのはインディアンという言葉は差別用語になったんでしたっけ?北米の先住民族たちがやっていたサンダンスです。酒飲んで3日ぐらい踊りつづければ、そういう種としての意思みたいなものにアクセスできるような気はします。太古において、医療や治療が神事やまじないだったのはそういう事なのだろうと思えます。

ただ、このあたりの事を掘り下げるのは、


「この考えにはかなりときめきを感じるけど、私にはちょっと無理そうなのでごめんなさい。」


という感じがするので、もうちょっと優秀になってくるであろう2~3世代後の人たちに任せたいと思います。





最も大切な事は、


「私たちは、今の時代、社会に、環境にちゃんと適応している。」


という事を理解することです。
ストレス社会であるならそのストレスに耐えられるように進化していますし、環境が変化しているのであればその変化に応じて進化しています。私たちをはじめとすると地球に生きている生き物はそうやって進化することで38億年も生きてきたのです。霊長類に限定して考えても700万年も生きてきたのですからね。昨日、今日、ちょっと変化が起こったぐらいで病気になって生活もままなりませんなんて事になるはずがありません。

しょーもないことをいう人がいたら、

「ダーウィンの進化論についてどう考えていますか?」

と聞いてみればいいでしょう。
そして、


「生物を、人間を、そして私を舐めるなっ!」


と、言ってやればいいのです。


「私たちは強い。」


これは間違いないの事実です。
私たち人間がどのような進化、歴史を経て今を生きているのか?そのことを振り返って考えてみれば疑いようなどありません。生き物の、人間の、そして自分の強さはもっと自信をもって大丈夫です。

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