ブログ「日々整体」

夏の夜はアニメをみて涼しく過ごそう!

今までずっと秘密にしていたので驚く人もいるかもしれません。
何を隠そう私はアニメやマンガが好きです。まぁ、最近ではアニメをじっくり見るというようなことはほとんどなくなって、たまに気になったやつを放送が終わってからDVDやストリーミング配信でじっくり見るというような見方をすることがほとんどです。マンガはゲオでレンタルでまとめて借りて読むことは最近でもしばしばありますけどね。
ちなみに、休みの日に、デイパックを背負ってチェックのシャツを着て秋葉を徘徊したことはありますが、バンダナをつけたことはないですかね。

まぁ、アニメ好きなんていうと肩身の狭い思いをしなくてはいけない時期もあったのでしょうけど、私は運動部の部長とかやってましたから周りからみるとちょっと違う感じじゃなかったのかなぁと。文化部のオタク連中と話ができるバリバリの体育会系でしたからね。学生の頃は、部活以外でも目立つような馬鹿なこともやっていましたし。


さて、なんでいまさらこんなカミングアウトをしたかというと、あるアニメが目に止まったからです。
タイトルは、


『はたらく細胞』


ですね。
どうも体の細胞を擬人化して、それを人間ドラマのように表現しているような内容らしいです。
原作がありますがいままで見たことも、聞いたこともありませんでした。ただ、直感的にこれはいい内容なのじゃないだろうかと、体の細胞がどのような社会を形成してどのような活動をしいているのか?まぁ、私なんかとはずいぶん違う解釈をしているのだろうけど、案外、どんぴしゃだったりするかもしれないなぁと、ちょっと期待しちゃったりなんかしちゃっています。

7月7日からの放送だそうです。
見てみて面白そうなら、このブログで解釈をつけていってもいいかもしれませんね。




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ゲーム障害は病気なのか?

名前がついていると、それには適切な解決方法があると人間は思うようです。
私が頻繁に例をあげるのをいくつか紹介してみると、まずは寝違いというやつでしょうか。朝起きたら肩が痛かった、腕があがらなかったという現象を多くの人は、


『寝違える』


と表現しています。
ほとんどの人は寝相が悪かったから筋がずれてそれで痛いのだと考えていますが、実態は全然違うものですね。

いくつかの例外はありますが、実は寝違えるというのは胃の問題です。
寝違えとういうのは、胃の働きがとまったせいで、一部の筋肉が動かなくなっている状態です。寝ている時に起きて、目が冷めた時に気がつくだけの話で寝相とか寝る姿勢なんかはほぼ関係がありません。


他に似たやつに、四十肩なんてのもありますね。
四十肩なんてのは肺の問題です。肺の動き(これは免疫やリンパの動きもからんでくるのですが)に、問題がでたときに腕や肩がうまく動かなくなるというだけのことです。

どっちもたいていは運動不足だったり、不摂生に由来するものなのですが、それぞれ適切な対処というのはあってそれほどやっかいな問題でもなかったりします。


まぁ、たまに、


「私は毎日30分以上歩いているし、食事にも気をつけている。」


みたいな、ちゃんとやっているつもりの人は、こういう話は聞く耳を持たない人もいますけどね。そういう人は、毎日1時間勉強したらテストで間違いなく100点取れるとか、1日8時間運動していればオリンピックに出場できると信じ込んでいるのでしょう。勉強とか運動の質という点について注意が向かない人にはこういう話はまったく理解できないようです。


話をもどします。


ネットで寝違いとか四十肩とか調べてみたらすぐにわかってもらえると思います。
ちゃんと生活とか体に問題があって起こっている問題なのに、安易なネーミングをしてしまったせいで違う印象を与えられてしまって、勘違いがはじまりその勘違いがとんでもなく広がっているというようなことがあるわけですよ。


で、最近になってWHOがゲーム障害なるものを病気に加えたそうです。
ゲームに没頭してしまって、生活に支障をきたしてしまっている状態の人をゲーム障害と呼んで対処方法を考えましょうということみたいですけどね。
基準を設けて、基準にひっかかる人間にはカウンセリングしてまっとうな人間生活をおくれるようにサポートしようという事でしょうか。


これがまたまた私からすると、大きな間違いではないかなぁと感じるわけです。ゲームにのめり込んでしまうというのにも何種類かの人たちがいるわけです。

1つは本当にゲームが楽しくて好きで好きで仕方がないという人でしょうかね。
こういうのはほっておけばいいわけですよ。同じゲームでも、将棋や碁なんかだとプロまであって賞金を稼ぐという道があるわけですが、オンラインゲームなんかじゃそうはいかないだけの話ですね。好きでやってるのに辞めろとかいったって聞くわけがないんですよ。


で、ほかでいうと自分に価値を見いだせない人間でしょうかね。
私の経験で語らせてもらうと、厳格な家庭環境で育った人はこういう風になりがちですかね。親から常に駄目だ、駄目だと言われ続けて育つと人間は自分に自信をもてなくなるようです。ひたすら失敗することを恐れるようになるから、挑戦するとか、新しいことをやってみるという行動ができなくなります。こういう人間に対しては時間をかけてカウンセリングしてゆくことは有効かもしれませんね。ただ、こういう人はかなり少数派ではないでしょうか。


大半の人は、好奇心、向上心、集中力をもてないでいる、あるいはなくしてしまった人たちだと私は感じています。ゲームに没頭しているのだから、集中力はあるのじゃないかと思うかもしれませんが、生活に支障というレベルだとそれはありえないですね。

集中力をもてない人間は、何かに固執、執着するようになります。
人間という生き物は非常に好奇心の強い性質をもっているので健全であれば、様々なものに自然と興味をもつようになるんです。それがもてないでいる状態なわけですから。

こういう人たちには何が起こっているかを私流の言葉で説明すると、心臓が収縮する力が弱くなっています。

このような人たちに対してのカウンセリングはほぼ無意味でしょう。
まぁ、松岡修造ぐらい個性の強い人が接するとまた違うでしょうけど、そういう人はそうはいませんからね。さらに、薬いれてどうこうなんていうのは逆効果もいいところで悪化するだけです。


ゲーム障害なんて言葉が産まれればそれに手をつけようなんていう専門家も当然でてくるわけで・・・・。しばらくたったらネットでどういう御高説が広がっているかチェックしてみようかなぁと考えていたりします。
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何を考えいるかは結構重要だという話

「こんなに痛いのはもう嫌です。」


先日、整体にこられた人がこんなことを言い出しました。
人間の体というのはよくできたもので、そんなことを考えていると本当にそういう風に体は変わってゆきます。

痛みというのは、怪我だったり病気だったりを解消する、つまり治るという働きがでているときに感じるものです。
だから、痛いのが嫌だとかいっていると治らなかったり、治りが悪くなります。怪我をしたときに傷跡が残ったりするのは、そういう考えがあったり、痛みをなんらかの方法で和らげているときですね。

たとえば、大半の腰痛なんてのは1~2週間も我慢していればそれで終わるんです。
ところが、痛いのが嫌だからちょっとでも早く痛みがなくなって欲しいと湿布なんて貼っていると、死ぬまで痛みが消えないなんてことになるわけです。


不必要に痛みを感じ続ける必要はありませんが痛みというのは必要なものです。
さて、痛いのは嫌だと本気で考えていると、体が元気になろうという働きが止まってしまいます。プロボクサーが意思の力で出血を止めているのをマンガなんかでみかけたりしますが、これは本当にできることだったりします。人間の意思とか思考というものにはそれぐらいの力が実際にあるわけです。
ただ、痛みを消すというのは痛みを感じないように体を変化させるということです。
この点についてはよく考えてみる必要があるんじゃないですかね。少しの期間、過ごし方を工夫すれば、それでおしまいなものを死ぬまでの何十年も抱えることになったりするわけですから。



ついでにいうと、


「熱がでるのは嫌だ。」


なんていうのも同じですね。
熱、くしゃみ、せきがでるのは、主に肺や腎臓の動きをリフレッシュしようとしたときですね。リフレシュッシュがおこらない体で何年も生活していればおかしくなるのはあたりまえで、そういう人がいきつく先は、最近はメニエール、めまい、耳鳴りだっりしますね。


本当は、たまに38~9度ぐらいの熱をだして何日か寝込むぐらいでちょうどいいんですよ。


「風邪ぐらいで死ぬなら諦めて死んだ方が幸せですよ。」


なんて話を最近ではほぼ全員にしているんじゃないですかね。
耳鳴りやめまいが辛くて死んでしまいたいとか考える人が実際にいるわけで、笑えない冗談といいきれなくなってきています。




さらに似た話で、


「こんなに辛いのは嫌だ。」


とか考えていると、辛いという気持ちが本当に起こらないような体に変わってゆきます。
辛いというのは心の中のものだと考えている人が多いのですが、感情というのは内臓の状態が反映しておこるものですね。

胸がぎゅっと苦しくなるのは本当に胸にそういう変化がおこっているわけですから



ちょっと乱暴な説明ですが、辛いという気持ちを感じないようになろうと思うなら、心臓の動きを弱めればいいですかね。脈の動きが弱くなれば喜怒哀楽が薄くなってゆきます。で、実際そんな事になっている人は珍しくなかったりします。だから、


「こんなに辛いのは嫌だ。」


なんてずっと思っているのは結構具合が悪いわけです。
私が見ている印象だと、家族に虐待とかそれに近い接し方をされている人がそんな事になっていますかね。

ただ、こういうのも何人かみてくると、


「仕事のストレスが辛くてそれで体がおかしいのです。」


なんていっている人が本当にそうなのかもある程度わかるわけですよ。


「嘘をつけ、まじめに仕事をするのが嫌ならとっとと辞めてしまえ。」


仕事を理由にあげる人はたいてい、こんなことをいいたくなりますね。
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汗かいてデトックスは嘘というのは嘘だろうという話

この話、すでに何回か書いたことがあるような気がしています。
ただ、探してみても見当たらないし、今朝またテレビで見かけたので1回ちゃんとまとめておこうと思います。

最近になって、


「汗に有害物質が含まれているか?」


という事について調査した結果が発表されたようです。
私もネット上のニュースでみかけたので、ふーんというぐらいに捉えていたのですが、こういう情報って捉え方が悪いと間違いを起こしがちというか私なんかからすると突っ込みどころが多いのです。


まず、汗を調査したということですがどこの肌からでてきた汗を調査したんですかね?
こういう肝心なところがどこにも書いていません。もし、手の平とか足の裏の汗とかいう話だったらもう問題外な話です。心理的な緊張を和らげるための汗と、体温調整を行うための汗は全然意味が違うからです。あと、汗を表現するのにいい汗という言葉があるのですが、いい汗がなにかということについてもおそらく何も触れられていません。


私の言葉でいい汗を説明すれば、「代謝をともなう汗」となります。
代謝の状態は、頚椎をみるとわかりやすいのですが、頚椎に問題があるといい汗がかけません。ついでに、いい汗があるということは悪い汗もあります。悪い汗をかいた時には、腎臓の働きが鈍くなります。これはどういう事かをわかりやすく表現すると、


「運動して汗をかいた時に元気がでてくる人と、体が重くなる人がいる。」


ということです。

悪い汗についてなら、サウナなんかがわかりやすいですかね。
サウナにはいると息が苦しくなって、体が重くなるという人がいるのですが、そういう人はいい汗をかけない状態であるということがいえます。

もうひとつ付け加えておくと、多汗症なんていう人は、いい汗をまったくかけない状態の人です。逆にまったく汗をかかないなんていう人もいるのですが、実は体に起こっているのは多汗症の人とほぼ同じで代謝が起こらなくなっていますので、たいてい腎臓の動きが悪くなっていますね。

で、問題は調査したときはどっちの人の汗をつかったのかいう点です。
現代人で、いい汗をかける人はかなり少数派なので任意に人を選んだというのであれば、もう調査結果に意味がなくなっているといえます。

さらに付け加えておくと、いい汗と悪い汗の違いは手でふれてみるとわかります。
手の感度のいい人であれば、素人の人でもわかるんじゃないですかね。いい汗というのは、ベタベタしているのに対して、悪い汗はさらっとしています。詳しく調べられたと聞いたので、このベタベタとサラサラの違いがもしかしたらわかるかもしれんと期待したのですが、ニュースではそういうものについてのまったく触れられていませんでした。
ついでにいうと、いい汗をかけなくなっている人は体臭でわかるので触らなくても、目隠しして近づくだけでわかることも多いのですけどね。

まぁ、体の状態によってかく汗の性質はまったくことなるわけです。こういう点をすっ飛ばして、デトックスが嘘だとかなんとかいうのは、ちょっと具合が悪いわけです。


あと、デトックスという言葉の意味に囚われすぎてデトックスということが起こった時に体に何が起こっているかということをまったく考慮されていないようです。


「汗をかくことで、汗といっしょに老廃物や汚染物質がいっしょに体外にでる。」


なんていうことを誰がいい出したのか知りませんが、これがそもそもおかしい可能性があると私は考えています。

いい汗をかいたとき、体に何が起こっているかというと、内臓の動きが元気になっているわけですよ。
肺、心臓、腎臓、肝臓すべて活力がでてくるので、体に力がでくるのです。こういう体の変化にデトックスなんて名前をつけちゃうからおかしな調査が行われて妙な結論で嘘つき呼ばわりされてしまうんじゃないですかね。ついでに、運動したってくたびれるだけ、サウナにはいって汗かいても体が辛いという人もいるわけで、そういう人が汗を書いた時には体に何が起こっているかも合わせて考えてくれればいいんですけどね。


まぁ、この調査結果をふまえて推測するなら、


「いい汗、つまり代謝を伴う汗をかいたときには、内臓の働きが活発になるので、老廃物や汚染物質を体の外に排出するという動きがでてくるのでしょう。ただ、それは汗からではなく大半は尿や便からであろうと思われます。ただ、このような排泄を促すような働きが強くなった時には、普段より粘り気の強い汗がでるのでしょう。」


その粘り気はなんのか、私にはよくわかりません。
デトックスという言葉を考えた人もきっとそうだったんでしょう。老廃物が含まれた汗がでているから粘るのだろうと考えたのでしょうね。その考えがちょっと誤りだったということが今回の研究でわかっただけですかね。

嘘だ、ホントだと騒ぐような話じゃないと私は思いますね。
ちなみに、これににた概念に宿便なんていうのもありますね。顕微鏡でみたけど見つからないからないとかいう安易な考えをしていると、体を壊してしまうから振り回されないようにすることですね。
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肉体改造なんかくそくらえという話

来月から東京へいくにあたって真っ先に考えたことは、


『体力不足』


ということだったりします。
まぁ、単純に仕事で疲れ切って動けなくなってしまうことがたびたびあるのと、疲れ切った時に回復に何日もかかってしまうのです。これじゃあ、いかんということで今まで倍ぐらいの仕事をこなせるようになろうと考えました。


で、ジョギングなんてのをはじめてみたのです。
私は学生の頃はバスケットボールをやっていたもので衰えたとはいえそれなりに体力をはあるつもりだったのです。が、実際にはしってみて気がついたの、思っていた10分の1ぐらいまで体力が落ちていましたね。こんな状態で偉そうなこといいながら仕事していたかと思うと、穴にはいってそのまま埋まってしまいたいぐらいの気分です。


さて、走りながら今の自分はいったい何をしていると表現したらいいのかと考えていたら、


「肉体改造」


という単語が頭に浮かんで愕然としてました。
今の日本には、体作りをするということにたいして適切な表現がないのかもしれません。


私は単純に今の仕事の倍ぐらいの量をこなせるようになろうと考えました。
そのために私がまず取り組んだのは、朝起きてからグランドを10周ぐらい走るようにしようということでした。はじめたときは3周で限界だったり、はじめてから2週間ほど経過したら足に痛みがでるようになってしまって1ヶ月ほど走れなくなって達成したのは2ヶ月ぐらいたってからでしたけどね。でも、この2ヶ月取り組んだことが肉体改造かというと、違うなぁと考えたわけです。

私が改造という言葉から思い出すのは仮面ライダーだったりします。
仮面ライダーは、なんの努力もなしで超人的な力を手に入れます。まぁ、こんな言い方をしていると仮面ライダーファンにいろいろ面倒なツッコミをいれられそうですけどね。

ただ、改造されていきなり強くなるというのは非常に不自然なことだなぁと。
私の場合で2ヶ月かかったことが数時間とか翌日とかでできるようになってしまうわけです。そう考えれば、肉体改造というワードを強調していたプロ野球選手がいましたが、改造がすすむにつれて成績が落ちて、道を踏み外していたのは案外自然なことなのだろうなぁと。


私は、他人に努力を強いるのを好みません。
でも、努力を強いる人の元で、なにかに打ち込むという環境に身をおかなければ努力をできない人を何人もみています。スパルタなやり方を批判する人は多いですが、スパルタでなければ成果があがらないなんていう人間はいくらでもいるわけです。

人間なんて自分の都合しか考えられないもので、厳しく指導されたことで実力がついたのだけどその時にはそのことに気がつかず後になって、今の自分があるのはあの先生のおかげなんです。なんてしゃーしゃーと発言している人をみかけることは珍しいことではありません。

で、そういう努力を惜しむ人が改造という言葉を好むのじゃないかなぁと。
肉体改造というのは自分は何の変化も努力もしていないのに体だけを変えましょうみたいな考え方があるからでてくる言葉なのじゃないでしょうかね。


私は、いままでの倍の仕事量をこなそうと思った時に何を変えたかというと、習慣を変えたのだと表現したいですね。


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