起立性調節障害の話 再び
2022年10月26日
起立性調節障害については何度も書いています。
でも、なんども同じ事を聞かれるので何でも書いておきます。
それは症状で細かく分類しないという事です。
「ネットに書いてある症状とはちょっと違うのだけど。」
みたいな表現を好む人が多いのです。もしかしたら、
「起立性調節障害ではない。」
と思いたい気持ちが働いているのかもしれません。
これはもう逆の言い方をした方がわかりやすいでしょう。
山田太郎さんという人がいてその人が、起立性調節節障害だと診断されたとします。すると、起立性調節障害と判断するためには現れるすべての症状が同じでなければなければいけないと思い込んでしまうようです。
体には個性というものあるのです。
心臓や肺だって小さいとか大きいとか、ちょっと小さいけど力は強い心臓とか、大きいのだけどうまく呼吸できない肺なんていうのがあるわけです。そういう体の個性によって表にでてくる症状がかわってくるのは当然の事です。
最近、質問された例をあげると、
「チックがあるので別の問題ではないのか?」
というものがあります。
原因が違えば対処の手順が違うのではないかと考えるのでしょう。しかし、整体というのはそういうものではありません。
根本的な事を言うと、起立性調節障害と診断される人は胸椎1番に大きな問題があることが多いです。その胸椎1番の問題が胸椎4番へ大きく影響をしていればチックのような症状がでるし、胸椎2、3番への影響が大きいと肺の働きに影響がでます。肺への影響が大きい場合は、朝、体を起こせないというような事が起こるケースが多いですね。
当然ですが、胸椎1番の狂いが2~4番すべてに影響が及ぶ場合もありますから、その場合は、動悸が起こったりする事が増えてくるでしょうか。しかし、それだって狂った骨の状態によって様々な症状もでますし、同じような骨の状態でも冬と夏ではまったく症状がかわってくる事も珍しくありません。
整体というのは症状に合わせて何かをする技術ではありません。
骨や神経の状態をみて何が起こっているかを考えて、どうなれば元気に生活できるようになるかを考える技術です。
自覚できる、あるいは目にみえる症状だけをみて判断するのは辞める事です。
それは、人の顔の作りや人相だけをみて、
「きっとあの人は悪人に違いない。」
といっているようなものです。
怖そうな顔をしていても優しい人はいますし、当然その逆の人だっているということは当たり前なのです。
どうも多くの人は中途半端に賢くなってしまって、逆に馬鹿になってしまっているように思いますね。
「原因を追及してその原因を取り去れば問題は解決するはずだ。」
と考えてしまうのです。
その原因を追求する能力を多くの人はもっていないという事を忘れてしまっているのか、それとも賢くなっと勘違いしてなんでもわかると思ってしまうのです。現在の日本において胸椎1番がおかしいとか、胸椎4番に問題があるとか判断できる人がどれぐらいいるのかよく考えてみることです。