ブログ「日々整体」

ストレッチの話

ストレッチというネーミングに問題があると考えています。
だから、


「ストレッチは体をいろんな方向に曲げて筋肉を伸ばすものだ!」


みたいにほとんど人が勘違いしてしまいます。


だから、


「ストレッチとはなんぞや?」


ということを理解しないままこうやって手を伸ばすんですよ、ということをやってしまいがちです。まぁ、プロとしてやっている人でも



「気持ちよい程度にやりましょう」


みたいな、中途半端な説明しかしていないことの方が多いですから仕方ないんですけどね。今の世の中、多様性に富んでいますから、人の数だけストレッチというものがあるといっていい状態なのかもしれません。


ただ、私は


「そんな優柔不断で半端なことをやっているから駄目なんだ!」


と、つい言いたくなってしまうわけです。
ストレッチって上手にやればいいんですが、やり方を間違えていると体を痛めることの方が多いのです。毎日ストレッチやってますとかいう人で、ちゃんとできている人など見たことがないのもありますね。

スポーツなんかやっている人だと、丁寧にストレッチをするんだけど他の人比べて怪我が多い人なんて周りに一人ぐらいはいるんじゃないですかね?ストレッチは筋肉を伸ばすものだという考えでやっているとこういう事が起こります。筋肉なんか伸ばす必要はまったくないんですよ。


で、ストレッチが何かと言うと、


「頭のてっぺんから手足の先にまで酸素を送り込む事。」


だと考えるといいんじゃないですかね。
こういう事ができた時に、


・体がぽかぽかしてくる
・目が開いて周囲が明るくみえる
・手足の可動範囲が大きくなる


みたいな変化が体に起こります。

トップアスリートたちのインタビューを聞いていると、こういう事をよくいっているんですけどね。インタビュアー、記者、メディアたちにそれを伝える感覚とか力量がないのでそれをうまく私たちに伝えてくれていないことがおおいです。大きな競技会の解説なんかでも元トップ選手がやってくれると、身体感覚や肌感覚について語ってくれる事があるのですが、多くの場合はそいういうのは全部無視されちゃっていますね。もったいないことです。

わかりやすいのだと、北島康介さんがやった、


「超気持ちいい!」


って奴ですかね。
これはいったいどういう感覚なのかと、他の選手を蹴散らして一等賞をとったサル山の大将のセリフだと捉えていると間違えるんじゃないですかね。


まぁ、こういう事を考えながらストレッチやるとそれなりに意味があるのじゃないでしょうかね。







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医者という仕事に直感は不要なのか?という話

「この人はもうすぐ死んでしまうだろうなぁ。」




看護師がそう直感して、実際にその1週間後に亡くなった。


なんて話を聞いたことがあるのじゃないですかね。私でも何回もあるのですから、ほとんどの人は聞いたことがあるでしょう。まぁ、最近は看護師が患者に親身になって接することも減ってきているようですから、こんな直感が働く看護師も減ってきているかもしれませんけどね。



で、こういう話をきいて、



「なんで看護師に解ることが、医師にはわからんのだ。」




と思った事はありませんか?

そういうカンが働いた看護師は、私が聞いた話だと




「なんかそういう臭いがした。」




なんて答えていたりします。

私も、同級生の嫁さんの看護師から直接もそういう話を聞いたことがあります。



ところが、医師が



「死臭がしたからもう駄目だと思って終末医療に切り替えた。」



なんていう話は聞いたことがないわけですよ。



実は、臭いで人の体の状態はかなりの精度で推測できます。

整体に来られた人に体臭の話をすると、



「あなたちょっとクサいねぇ。」



という感じになるので、口にだすことはほとんどありませんけどね。


胃の動きが悪い人、肺の動きが鈍い人なんてのは体臭としてでてくるわけで、とても重要な情報なんですけどね。



で、ここで疑問がでてくるわけです。




『医師は優秀な看護師が持つ死臭を感じる能力を本当に持たないのか?』


『医師は死臭を感じとっても、それを無視して治療をするのか?』


『医師は死臭を感じとった時、無駄な可能性が高いと思いつつ延命治療をするのか?』


『医師には、人の死や寿命を感じ取る能力は不要なのか?』



もし直感が働いたとして、その時はそのカンを無視して仕事をしているのですか?それとも、私は耳鼻科なんでとか、整形なんで生死についてはちょっと、とかいう返事しか返ってこないんですかね?私でも、この人はもう駄目だなと思ったら、その半年後に亡くなられたなんていう経験が何回かあるんですどね。

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話題沸騰!驚愕の花見健康法!!

ワンピースというマンガを知らない人はあまりいないでしょう。
その中にヒルルクの桜というエピソードがあって私はとても好きなんです。

主人公ルフィの仲間にはトニー・トニー・チョッパーというトナカイの仲間がいます。
トナカイですけど、ヒトヒトの実という悪魔の実を食べて人に変身できてしゃべったりもできるトナカイです。で、そのチョッパーの恩師にひどいヤブ医者でヒルルクという人がいました。ヒルルクは、病に倒れた医者を救おうとして亡くなってしまうのですが、生前にとても不思議な体験をしています。


彼は、ある時に病気になりました。
医者がいうにはもう治せない、そういう病気だったそうです。そこで彼は旅にでました。病気を治す方法を探すためだったのか、いままで生きてきた意味を振り返るためだったのか、いまひとつおぼえていないんですけどね。好きだったというのに、細かいところを覚えてないのだからいい加減なものですが、まぁ、そこらあたりは私にとってはあまり重要じゃないのでしょう。

ついでに、こういう事が我が身に起こった時、自分はどうするだろうか?
なんて考えてみますが、死にたくないとかいって泣きわめきはじめたら面白いだろうなぁと思ったりもします。でも、たぶんですが、特になにもするでなく、普通に生活して普通に死んでいくことを望むだろうなぁと思ったりしますね。

話がそれたので戻します。

さて、ヒルルクはある旅先で見渡す限りに咲き乱れた桜を眺めることになります。
彼はその光景をみて心を洗われたような心境になったそうです。すると奇跡が起こったのです。そう、もう治らないと言われた病気が治ってしまったのです。

彼はその後、この感動や奇跡を他の人にも伝えたいと考えて医者になりました。
その志は半ばで潰えるのですが、チョッパーがその思いをつないで実現させるというそういうお話です。


さて、


「咲き乱れた桜に感動して、不治の病が治ることがあるか?」


と考えた場合、私はありえると思いますね。
現実的に技術的に考えた場合、それだけでは足りないケースもあるでしょうけどね。先日、ちょっと書いたエナメル上皮腫なんかはそれだけでも治っちゃうでしょうね。


ピンとこないのであれば、逆に考えればいいかもしれません。


「咲き誇る桜をみて、美しい、キレイなどいろいろ感想はあるかもしれませんが、心動かされない人が元気に健康に生活できるか?」


できるはずがないんですよ。


さて、ここ数日の人たちの体の変化をみていると、春への体の変化は落ち着いてきている感触です。多くの人は、今日ぐらいからはテンションがって元気がでてきているんじゃないですかね?桜を眺めて心を揺り動かすには今日から1週間ぐらいがベストなタイミングなのではないかと思います。


体にいいことなんてしょーもないことやってないで、桜みて何かを感じてくればきっといいことがあるんじゃないですかね。
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いい体と悪い体とかいう話

「私の体は悪くなってないでしょうか?」


なんていう質問をさっきされたのですけど、そういう考え方は駄目ですねと答えました。元気に生活をしてゆく上で考えた場合、大切なのは今どこにいるかという事だからです。


「松岡修造と比較してあなたの体はこういうところが物足りないから駄目です。」


なんて言われたら困るはずです。
松岡修造さんの体は見たことがありませんが、テレビで彼をみている範囲では理想的な体をしていると思えます。だから、彼の体の状態が理想的であるとすると、どんな人にでも好きなようにケチをつけることができてしまいます。皆が彼のようになれたら、まぁ、それはそれでいろいろ困ることになるでしょうけど、なれるわけではないのですから、こういう質問というのはちょっとずれているわけです。


例えば、東京に向かっているとしましょう。
今どこにいるのかがわからなければ、どの方向にいけばいいかわかりません。北海道にいるのか、九州にいるのか、大阪にいるのかまずその事を踏まえていかなくてはなりません。で、大阪にいるとして、どうやって東京へ行くのか、新幹線でいくのか、飛行機でいくのか?乗り物にのっている時間が少ないほうがいいのであれば飛行機だし、弁当食べながら景色を眺めたいのであれば新幹線がいいでしょうし、休憩したり寄り道したりと自由さがほしいのであれば車がいいとか、仕事や家族の都合だったり、考え方だったりで、いろいろな手段があるわけです。


余談ですけど、こんな風に考えると私がどんな風に仕事をしているか例えてみましょう。
私の場合は、京都駅まで引きずっていってから、新幹線に蹴飛ばしてほりこむ感じですかね。で、名古屋あたりをすぎたら、


「もう来んな。」


とか言ったりします。
名古屋を越えると、大半の人は東京まではおとなしく電車旅を楽しめるようになっているからですけどね。ただ、電車は嫌だとか、途中下車したり、引き返したり、北陸の方へそれていく人が結構いたりしますね。まぁ、最近は金沢まで新幹線が伸びてきているみたいですけどね。


さて、目標とするゴールは人によって違います。
整体する時に考えなくちゃいけないことは、この人は本来どういう人なんだろうなぁと言うことです。ですから、ゴール地点はみな東京というわけじゃなくて、北海道だったり、鹿児島だったり、ハワイ、だったり、英国だったりするわけです。

言い換えれば地域によっては厳しい時期があったりするわけです。
調子がいいとか悪いとかの波が大きい人もいれば、年がら年中、松岡修造のようにテンションの高い人はどちらかというと少数なわけで、逆にいえば夏だけ元気で春、秋、冬はいまひとつ元気がないとかいう人もいたりするわけですね。


そんな意味をこめて、最初の質問には、


「まぁ、米原あたりまできたんじゃない?」


なんて答えたんですけどね。
3年寝太郎みたいな人もいるかもしれません。ついでにいうと芸人のヒロシみたいなのもありで、彼は結構いい状態を保っているのじゃないかと思ったりもしますね。
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首長族をみて思うこと

「首長族が首を長くするのはなぜか?」


ある方を整体しているときにふと気がついたのです。
首長族というのはミャンマーの山間部で生活している人たちで、そこ女性たちは首を長く見せるために幼いころのより首輪をまいているので首長族と呼ばれるようになったようです。知らない人の方がすくないでしょうから詳しい説明は省いておきましょう。


で、ちょいと最近ちょっと気に入っている漫才師たちにならってヤホーで調べてみたわけです。
で、ぱっと目についたのは世界のナベアツにならってかどうかしりませんが、世界の治療家を名乗っている人がいるようですね。彼女たちは肩が凝るのかということを実際にミャンマーにいって確認してきたそうです。で、彼女たちの方を揉んできて喜ばれたんで、


「首長族は肩が凝っている。」


という結論を出していました。


彼女たちが首を長くするのは、彼らの部族なのか集落なのかはわかりませんが、その地域に住んでいる人達には首の長い女性が美人であるという認識があるそうです。で、実際に、長い首の女性はお金持ちのところへ嫁入りできるそうです。


彼女たちの首に何が起こっているのか?
この事を実際に研究した方がいたそうです。で、その研究結果では、


「首が伸びているのではなく肩が下がっている。」


という結論をだしたそうです。

で、こういう事を踏まえてちょっと考えてみたわけです。


首が長いといことから真っ先に思いつくことは、人間の生命力は首に反映するということだったりします。生命力の強い人は首が太くなるし、長生きする人は首が長い傾向があるそうです。そこから考えれば、


「首長族の女性たちが、首を長くするのは、自分が健康で長生きであることのアピールである。」


という答えがすぐにでてきます。
理由については諸説紛々あるようですが、おそらくこれが正解じゃないですかね。このような習慣には必ずこういう理由があるもので、体の事を理解してから考えるとたいていの場合、理解が容易です。


で、こういう事を理解してもらうためにちょっと大きめに話をそらします。

習慣というのは体からくると考えると、こういうのは探していけばいくらでもみつかります。
中世あたりのヨーロッパだと、女性は肩から胸が大きくひらいたドレスを着ていました。女性らしさや美しさのアピールなんだろうと思いますが、心臓や肺のしっかり働いている人でなければ着こなせない服だといえます。心肺の動きが鈍いと胸が薄くなってしまうし、そういう人が肩をだしているとすぐに風邪をひいてしまうからです。

女性からすると、まず胸に興味をもつ男性に嫌悪感を持つのかもしれません。
でも、男性が胸の大きな女性に魅力を感じるのは、その女性の心臓と肺がしっかり働いているとうのを本能的に感じ取るからなんだろうと思われます。ようは健康な女性を魅力的だと感じるわけですね。

これは整体をしているとよくわかりますね。
女性は健康になるにつれて美しいと感じるスタイルに変わっていきますから、


「あぁ、この人の本来の形はこんなだったのか。」


と思うことなど日常茶飯事です。
ついでにいうと、それにつれて表情もかわってきます。女性は愛嬌なんていう言葉がありますが、愛嬌のある女性は健康だということがいえるのだろうなぁとそんな風に思ったりもしますね。


また、体の部位で首と呼ばれる場所は非常に重要です。
手首、足首、首は健康状態がストレートに反映していて、健康な人の手首、足首、首はきゅっと引き締まっています。そして、ここは女性がアクセサリーを付けることが多い部位でもあるわけです。
たまに、


「キュと引き締まった足首に魅力を感じる。」


とかいう男性がたまにいますが、こう考えれば説明ができるわけですよ。


男性でも腕時計をつける事を好む人がいるのは、自分の手首が引き締まって見えるようにしたいからなんでしょうね。高い腕時計を身につける人がいるのも、手首のアピールであると考えると納得できますね。今の日本で生活していて、時間がわからなくて困るなんていうことはまずないのですから。自分を格好良く見せるという事は、自分が健康であるということのアピールでもあるわけです。


こういうのをあげていけばキリがないぐらいにまだまだでてきますが、ここで首狩り族の話に戻しましょう。


彼女たちが首を長く見せるのは、自分が健康で長生きする人間であるということのアピールといっていいと思います。この地域では、そういう女性を家庭に迎えることが幸せな生活に繋がるという気候風土があるのでしょうね。ここまで極端なアピールを必要とするということですから、生活にはかなり厳しい環境、半端に元気なぐらいでは駄目なんじゃないでしょうかね。狩りで生計をたてていた部族らしいので、何日も獲物がとれないなんていうことも珍しくなかったんじゃないかと。


また、首が長くみえるのは肩が下がっているからだということについてです。
肩が下がることにメリットがあります。怒り肩なんていう言葉がありますが、これは怒っているときに肩があがるのですが、これは逆でも同じことがいえて肩が上がっているとすぐに怒ってしまうようになるわけです。つまり、肩が下がっているのですからこれの逆の事が起こるわけです。

肩が下がることで穏やかな気性になるわけですね。
先述したように、過酷な環境で生活している人たちなわけですよ。そういう環境で穏やかな気持で家庭を支える存在である事が女性に求められたわけです。


肩が下がっていると肩がこると思うかもしれませんがそれはないだろうと思います。
そんな無理矢理下げているはずがないんですよね。何しろ、過酷な環境で温かい家庭を作ることを求められるわけですからね。見た目が変わっているから、なんかおかしいはずだという発想は、短絡的すぎるだろうと思えます。

直感的にではありますが、写真をみている感じじゃ肩こりを感じるような人たちは少ないとおもいますけどね。まぁ、個人差がかなりあるでしょうけど。
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