ブログ「日々整体」

整体関白宣言

今日、ある宣言をしようと思ったのですけどそれにちなんで、さだまさしの関白宣言という歌の事が頭に浮かびました。
何回も聴いた事がある歌ではありましたが、こういう機会にじっくり聴いてみようというわけです。

さらに、少し前に、女性が聞いてすごく不快に感じるみたいな意見があったのも思い出しました。亭主関白というのが時代に合わなくなっているからだろうなぁというぐらいに思っていましたけどね。

1番の歌詞をみると、


俺より先に寝てはいけない
俺より後に起きてもいけない
めしは上手く作れ いつもきれいでいろ


なんていう歌詞があって、なるほどなぁと。
日本語力というか、語学力というか、思考力が欠けた人がこれを見たら不快に思うのだろうなぁと。


私が今回この歌詞をみて感じたのは妻に対する深い愛情です。


3番まで聴いていくと、わからない人のためにちゃんと


愛する女性は 生涯お前一人


と歌っているのですけどね。
愛する女性に俺より先に起きて、俺より先に寝るなというのけしからんと短絡的に考える人がいるのでしょう。


心から愛せる女性をみつけたけど、学が足りなくてその気持ちをうまく表現できなくて。それにちょっと照れくさいもんだから、


「必ず幸せにするから俺についてきて欲しい。」


とストレートな物言いもできない、そんな愛嬌のある男性のことを歌った歌ですね。たぶん、さだまさし本人の事を歌った歌なのだろうけど、私は相手の女性にメロメロになっている20代の鳶職のイメージが頭に浮かびました。


で、こういうのがわかりにくくなっているのかと思いきや、2番から少しづつ口がほぐれてきます。厳しいように聞こえる人もいるのかもしれませんが、2番の歌詞も全部女性を守りたいという気持ちからのものです。そして、3番で相手の女性に一つだけお願いをしています。


例えばわずか1日でも
俺より先に逝ってはいけない


「俺は、お前がいないことに耐えられない。」


と、それぐらい深く愛しているということをあえて説明せねばいかんというのは野暮というものでしょう。

あと、相手の女性の事はまったく歌詞にはでてこないんですが、ちゃんと表現されています。そういう男性の気持ちをちゃんと理解して、でも余計なことは一切口にしないで、笑顔ではいと返事できる女性でしょう。


お互いを愛し信頼している夫婦の事を歌った歌ともいえます。
こういう夫婦の関係に駄目出しするような人間は、モンゴルの草原で馬の群れにでも踏まれてしまえというものでしょう。



さて、私の方の宣言ですが、


「電話での質問に答えるのを辞めます。電話は予約の受付しかしません。」


質問してくる人は、「ちょっと聴いてみたかった。」とか、私の人柄を電話で判断しようとするような受け答えする価値を見いだせない人ばかりです。ですから、そんな人のために時間を割くのは辞めることにしました。
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女性を見た目で判断していいかという問題

「女性の美しさの表現は女性の権利を侵害している。」


学生の頃だったと思うのですが、そんな主張をしている女性が数人テレビにでていました。
そして、白雪姫の美しさを表現するのに、肌が白いとか瞳が大きいとかいう表現を使っているのは女性軽視だなんて主張をしていました。

じゃあ、女性の美しさはどう表現すればいいのだという質問に対して、


「性格がよいと表現すべきだ。」


と、答えていました。


その他の例として、着衣が乱れた女性の写真を広告に使っているものなんかも紹介していました。


「半裸女性の写真を広告に使うのは女性軽視だ。男性ならこのような使われ方はしない。」


というわけです。


まぁ、論としては一理あるとは思います。
ただ、白雪姫について云々している方は、VTRでの出演でしたが、やたらと化粧の濃い太った中年の女性でした。平易な言葉で表現するなら、オバタリアンがやたらとケバケバしく着飾っているという印象です。その印象が膨らんだだけかもしれませんが、光り物なんかも身に着けていた記憶があります。

この時は3人ぐらい女性が出演していたように思いますが、皆さんの外見はあまりぱっとしてないので説得力に欠けていたんでしょうかね。


FAXで送られた意見も2つあったのを覚えているのですが、


「そんな事を言うのは、あなたたちが女性としても魅力に欠けるからだ。」


というものでした。
ひとつはモデル、もう1つは風俗で働いている女性からのもでした。意見を送ってきた女性にしたら、自分の女性らしさ、特徴や生まれ持った優秀なところを活かして生きているわけで、そういう生き方を否定されたと感じたのだろうなぁと、今になって思うわけです。当時の私は、こういうことについて考えたことも興味もありませんでしたから、


「白雪姫についての意見は暴論だなぁ。」


というぐらいにしか思っていなかったように思います。

まぁ、とりあえず思うのは、女性の美しさを言葉で表現するようになったのはいつの時代からかはしりませんが、おそらく源氏物語の頃にはすでに定着していたんじゃないですかね。最初はなんにもないところから、時間をかけて言葉ってのは生み出されたきたはずなんですよ。生み出された言葉は変化しながら今に至っているわけで、それなりの歴史の重みがあるわけです。そういうものを全部置き去りにして、


「女性の権利を守るために、美しさについての表現を改めろ!」


なんて言われても、困るだろうし説得力がないんじゃないですかね。

だいたい白雪姫の話で、『昔々あるところにたいそう性格のよい女の子がいました』と書き出されたって読み手はなんの感情移入もできないと思いますけどね。自分の書いたものを他人に読んでもらうという経験がない人が、表現について云々いうのは駄目でしょうね。


さて、前置きが非常に長くなってしまいました。


私は体についてずっと考えている人なわけです。
こういう問題を体の状態という観点から考えてみるわけです。


まずは、真っ黒で大きく見開いた瞳という表現で考えましょう。
このような目を持つという事は、呼吸器がしっかりと働いているという事が言えます。逆に言えば、肺の動きの小さい人は目が小さく見える傾向がでるという事です。


このような瞳でまっすぐ見つめられたら男性はどう感じるでしょうか?
おそらくドキドキしはじめるはずです。この時に重要なのはまっすぐにみつめるということですね。まっすぐに見つめるためには肝機能がしっかりと働いていなくてはなりません。酒の飲み過ぎで肝臓が疲れている人は視線がすぐに泳ぎはじめます。肝機能が壊れている人などは、左右の瞳が違う方向を向いていたりしますね。


肌のキメが細かいというのも重要です。
胃腸が食べたものをきちんと消化吸収できる状態でなくては、肌のキメは細かくなりません。肌は呼吸器の働きも影響するので、呼吸器の働きが悪いと肌が荒れやすく、荒れてしまうとなかなかキレイになりません。シミなんかがなかなかとれなかったりするのは消化器と呼吸器の働きを疑うべきですね。


心臓についても語っておきましょう。
心臓がしっかりと収縮して血液を体に送り込んでいない人は笑顔になることができません。どんなに目鼻だちが整っていても、笑顔のない女性に魅力は感じないというのは説明する必要はないのじゃないですかね。


書いていけばキリがないですが、鼻筋、あごの形、女性のバストやヒップの形、腰、手首、足首のくびれなどもやはり女性自身の内臓、健康状態を反映して形がかわってきます。


目が大きく黒目がちで、肌が白くキメが細かく、バストが大きく、ヒップの形がよくて、手首、足首がキュとしまって、笑顔が魅力的な女性という言葉は、その女性がとても健康であるという事を表現しているわけです。男性というのは健康な女性を魅力的に感じるというだけの事でこういう感覚は理性ではなく本能的なものだろうといえます。


昔の文人たちはこういう事をしりませんが、自分自身の心、本能が感じたそういう生き物としての感覚を言葉にしようとした時に、目が大きいとか、肌が白いとか表現したわけで、それが人間という生き物の共通の感覚だから千何百年もずっと残っているのだと私は考えますけどね。


だから、女性を見た目で判断していいかということであればしていいですね。
今回は性格についてまでは広げられませんでしたが、性格の歪みもまた体の状態がストレートに反映していると私は感じています。元気になった人って性格が変わるんですよね。そういうのを何人もみていますから。



さて、今でもこんな事をいっている人がいるのか知りませんが、女性の権利を守るために女性の美しさ表現について苦情を言いたいのであれば、


「女性を美しいと表現する時は、心臓、肺、肝臓、腎臓、胃腸がしっかり働いていると表現しなくてはいけない!」


というべきでしょう。
これがより的確で正確な表現です。今すぐは無理でも、千年ぐらい先にはしっかりと根づいているかもしれません。本当に言葉の表現を変えることで、女性の権利を守りたいと思うのであれば、それぐらい見通しで取り組まないといけないと私は思いますね。
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テレビ番組はつまらないという話

先日、東大生を集めてやっているクイズ番組をみかけました。
番組の内容は難しい漢字の読み方です。呼んでくる学生が文学部なんですとかいうならまだ多少はわからんではないのですけどね。で、東大生が読めない漢字を、チープな酒場で仕事している派手なホステスみたいな印象の芸能人が正解して、


「漢検うけてますのでわかります。」


みたいな事をいっていました。
結局、東大生なんていってもたいしたことないよねとコケおろして、学のない人を安心させるための番組なんですかね。単純にクイズを楽しむという面もあるかもしれませんが、知識が多いというのと優秀であるというのは全く意味が違うわけですよ。

私が子供に頃に好きだった番組でウルトラクイズというのがありましたが、確か東大生は1回も優勝してなかったんじゃないですかね。ウルトラクイズ内では東大生はちょっと格下にみる風潮があったようにも思います。優勝の常連だったのは早稲田や慶応だったでしょうか、今でもあるか知りませんが慶応のクイズ研究会みたいなサークルの学生呼んでくれば、芸能人なんかとは勝負にならないんじゃないですかね。


現実に私があった学生を紹介してみましょう。
彼は、


「宇宙に登るためのエレベータを作りたい。」


といっていました。
ガンダムシリーズで、宇宙にあがるためのエレベータが紛争の原因になっているものがあるんですが、まさしくそれを作りたいのだと。理論的には十分可能なのだけど、実現するための素材がまだないのだといっていました。地上から人工衛星までロープを伸ばすわけですが、ロープが長すぎて自身の重さでロープが切れてしまうわけです。

聞いていた私は、面白い学生だと思ったわけです。
で、その話を聞きながら、発電するのに宇宙でやれば大気の影響を受けないので発電の効率がかなりよくなるんじゃないかと。宇宙で発電して、地上まで送電線を伸ばせばエネルギー問題など簡単に解決するんじゃないかなぁと素人ながら思ったわけです。送電が無理ならバッテーリーに蓄電してエレベータで地上まで運ぶなんていう方法もとれるわけですし。



せっかく優秀な学生を呼ぶのであれば、優秀な学生にしゃべらせて、その学生に受け答えできる大人も呼んで、彼らにコミュニケーションをとらせてあげればもうちょっとましな内容の番組ができるのじゃないですかね。こんな内容のクイズ番組では、出演した東大生には何も残らず、見た私には不愉快さが残り、一部のタチの悪い人に優越感が残るだけではないかと。


こういうくだらない番組を作って喜んでいる人たちが、数字があがったさがっという価値観で番組を作っている人たちが、健康に関する番組を作るとどうなるかというと、やはり見るに耐えないものになる傾向があります。めったに見ないけど、たまに見かけたらその内容はひどいものです。
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ストレッチの話

ストレッチというネーミングに問題があると考えています。
だから、


「ストレッチは体をいろんな方向に曲げて筋肉を伸ばすものだ!」


みたいにほとんど人が勘違いしてしまいます。


だから、


「ストレッチとはなんぞや?」


ということを理解しないままこうやって手を伸ばすんですよ、ということをやってしまいがちです。まぁ、プロとしてやっている人でも



「気持ちよい程度にやりましょう」


みたいな、中途半端な説明しかしていないことの方が多いですから仕方ないんですけどね。今の世の中、多様性に富んでいますから、人の数だけストレッチというものがあるといっていい状態なのかもしれません。


ただ、私は


「そんな優柔不断で半端なことをやっているから駄目なんだ!」


と、つい言いたくなってしまうわけです。
ストレッチって上手にやればいいんですが、やり方を間違えていると体を痛めることの方が多いのです。毎日ストレッチやってますとかいう人で、ちゃんとできている人など見たことがないのもありますね。

スポーツなんかやっている人だと、丁寧にストレッチをするんだけど他の人比べて怪我が多い人なんて周りに一人ぐらいはいるんじゃないですかね?ストレッチは筋肉を伸ばすものだという考えでやっているとこういう事が起こります。筋肉なんか伸ばす必要はまったくないんですよ。


で、ストレッチが何かと言うと、


「頭のてっぺんから手足の先にまで酸素を送り込む事。」


だと考えるといいんじゃないですかね。
こういう事ができた時に、


・体がぽかぽかしてくる
・目が開いて周囲が明るくみえる
・手足の可動範囲が大きくなる


みたいな変化が体に起こります。

トップアスリートたちのインタビューを聞いていると、こういう事をよくいっているんですけどね。インタビュアー、記者、メディアたちにそれを伝える感覚とか力量がないのでそれをうまく私たちに伝えてくれていないことがおおいです。大きな競技会の解説なんかでも元トップ選手がやってくれると、身体感覚や肌感覚について語ってくれる事があるのですが、多くの場合はそいういうのは全部無視されちゃっていますね。もったいないことです。

わかりやすいのだと、北島康介さんがやった、


「超気持ちいい!」


って奴ですかね。
これはいったいどういう感覚なのかと、他の選手を蹴散らして一等賞をとったサル山の大将のセリフだと捉えていると間違えるんじゃないですかね。


まぁ、こういう事を考えながらストレッチやるとそれなりに意味があるのじゃないでしょうかね。







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医者という仕事に直感は不要なのか?という話

「この人はもうすぐ死んでしまうだろうなぁ。」




看護師がそう直感して、実際にその1週間後に亡くなった。


なんて話を聞いたことがあるのじゃないですかね。私でも何回もあるのですから、ほとんどの人は聞いたことがあるでしょう。まぁ、最近は看護師が患者に親身になって接することも減ってきているようですから、こんな直感が働く看護師も減ってきているかもしれませんけどね。



で、こういう話をきいて、



「なんで看護師に解ることが、医師にはわからんのだ。」




と思った事はありませんか?

そういうカンが働いた看護師は、私が聞いた話だと




「なんかそういう臭いがした。」




なんて答えていたりします。

私も、同級生の嫁さんの看護師から直接もそういう話を聞いたことがあります。



ところが、医師が



「死臭がしたからもう駄目だと思って終末医療に切り替えた。」



なんていう話は聞いたことがないわけですよ。



実は、臭いで人の体の状態はかなりの精度で推測できます。

整体に来られた人に体臭の話をすると、



「あなたちょっとクサいねぇ。」



という感じになるので、口にだすことはほとんどありませんけどね。


胃の動きが悪い人、肺の動きが鈍い人なんてのは体臭としてでてくるわけで、とても重要な情報なんですけどね。



で、ここで疑問がでてくるわけです。




『医師は優秀な看護師が持つ死臭を感じる能力を本当に持たないのか?』


『医師は死臭を感じとっても、それを無視して治療をするのか?』


『医師は死臭を感じとった時、無駄な可能性が高いと思いつつ延命治療をするのか?』


『医師には、人の死や寿命を感じ取る能力は不要なのか?』



もし直感が働いたとして、その時はそのカンを無視して仕事をしているのですか?それとも、私は耳鼻科なんでとか、整形なんで生死についてはちょっと、とかいう返事しか返ってこないんですかね?私でも、この人はもう駄目だなと思ったら、その半年後に亡くなられたなんていう経験が何回かあるんですどね。

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