ブログ「日々整体」

動作と内蔵をつなげて考えてみる

「ラジオ体操で深呼吸をするときに腕を回すのはどうしてか?」


という事について疑問に感じたことがある人はほとんどいないんじゃないでしょうか。
答えは腕を動かして肺を大きくふくらませるためですね。深く呼吸をするときに手のひらを前に突き出したり、拳を裏返して肘を引いたり、ハの字に手を開いたりは、すべて肺を大きく動かすためのものです。以前、歌手が歌を歌うときには手を使って声をだしているなんてことを書いたように思いますが、肩甲骨から手指の先の運動というのは肺の動きに深く関わっているからです。で、ふと思いましたが肺活量を測る時に手に息を吹き込む器具をもってやっていたように思いますが、そんな測り方では肺の本当の能力は測れるはずがありませんね。



膝の運動というのは腎臓の状態に深く関係しています。
だから、膝が痛むというのは腎臓の動きが悪くなっているということがいえます。痛みを感じている人は、湿布を張ったり、サポータをしたりしていますがほぼすべての方にとって無意味ということが言えますね。固定なんかして膝を動かさないようにしたら、腎臓の動きがますます弱くなっていくから膝の状態はますます悪化していくことでしょう。痛み止めの注射などは、痛みを取るために腎臓の機能を落としているだけですね。


「それは痛がっておけ。」


と私はよくいいますが、痛みを取るということは大抵の場合、内臓の機能を落としているだけということがいえます。まぁ、痛み止めで腎臓の機能が落ちたからといってすぐさま腎不全におちいるということはないようですけどね。ただ、腎臓の機能は心臓の動きに大きく影響しますから、膝が悪いと心臓がちゃんと動かなくなっていくということになります。


心臓の動きが悪くなった時に、もっとも顕著に影響するのは人間の意欲とか向上心でしょうか。
人間らしく生活していく上でもっとも大切な物だと思いますが、気持ちの持ちようでどうにかなるみたいな安易な事しか考えていない人が多いですね。これまた心臓の動きが悪くなったからと言って、止まってしまうようなことはありませんが、悪くすると動悸がでたり、不安を感じるようになったりします。心臓が動いていない人は、素直に笑えなかったり、強烈なインパクトのあるお笑いでなければ笑えなくなってんじゃないでしょうかね。ダウンタウンなんかが人気の理由は、心臓の力が弱っている人が多いということがいえるかもしれません。他で言うと集中力なんかもなくなってしまうのですが、小さな子供なんかでそういう傾向があって発達障害とかコミュニケーション症候群とか言われているケースをちらほら見かけますね。


心臓を動かすためには親指を使います。
ただ、心臓を動かすために親指を使うのは適切な動かし方ではありません。どちらかというと、火事場のクソ力的な心臓の動かし方です。ゴルフやテニスなど道具を使うスポーツでは親指を使うとうまくボールが打てないのはご存知でしょうか。

手の親指が変形してしまう人がいるのは、それぐらい親指に力を込めていないと心臓がうまく動かないからといえます。足の親指は他にも関わっていると感じていますが、足の親指も関係が深いですね。外反母趾なんかになっているような人だと心臓の動きが小さくなっていると言えます。外反母趾なんかを外科手術で強引に矯正してしまう手術がありますが、それを受けると心臓がうまく動かなくなってるだろうと私には思えますけどね。


痛みというのは無闇にとってしまえばいいというものではなく、


「それは痛がっておけ。」


というのはこういうことで、どうして痛みがでているかはちゃんと考えてその対処を考えなくてはいけません。


五蔵でいうとあとひ臓と肝臓でしょうか。
ひ臓というのは、実は心の問題でして、何でもかんでも心の問題にしがちな今の社会では私はひ臓についてあまり能書きを述べたくないと感じています。運動に関わっているかといえば関わっているといえばいえるし、関係ないといえばそれも正解のような気がします。ただ、ランナーズハイといわれるような状態には深く関わっているかもしれないとこれを書きながら思いつきました。

そうであれば、ひ臓をとってしまったような人は気持ちよく運動するなんてことが不可能になっているといえますね。ひ臓をとってしまうなら死んでしまったほうがましだと私なんかは考えていましたが、身近な理由でいえばどんなことをしてもハイテンションになることができなくなっているというわけで、人生を楽しむことが不可能になっているかもしれません。とっちゃった人には酷な話かもしれませんが、そういうことを踏まえて生きていかなければいけないんじゃないでしょうかね。


肝臓は、ちょっと控えめ臓器という印象です。
肺と心臓を助けるような役割をしていてあまり表にでてくるようなことはありません。肝臓がしゃしゃりでてくるとアレルギーが同時にでてしまうのであまり望ましい状態ではないといえます。逆にいうと、肺や心臓が健全であれば三歩下がって師の影を踏まずみたいな臓器でいられるし、肝臓自体もそれを望んでいるように思えます。

危機的状況のときに活躍するような臓器で、凍りついた池とか湖に落ちて呼吸がとまったけど蘇生したみたいな話がまれにありますが、それができるのは肝臓のおかげだと考えています。


肝臓は運動には直接はあまり関わっていないような気がしますね。
もちろん、肝臓の助けがないと肺や心臓はうまく機能しないであろうとは思います。ただ、二日酔い体操みたいな運動は聞いたことがないから、たぶんそういう事なのでしょう。





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天才を真似しちゃ体を壊すよ

世間じゃ「楽しんで○○する」をプラス思考といっているのじゃないでしょうか?
私は、プラス思考とか、「楽しんで○○する」なんていう言葉は爆弾だと思っておいたほうがいいと考えています。なぜかというと、こういうのは体を壊している人が口にするセリフで、毎日元気に暮らしている人はこういう単語を口に必要がないからです。


で、最近、妙にプラス思考なんていう言葉を口にする人が増えているのです。
おそらく時期的なもので、夏が終わって秋に差し掛かるとそういう人たちが活発に活動をしはじめるのではないか?大手企業における月ごとのクレーム件数なんてのをグラフにしてみると9月から増えだして10月がピークだったりしませんかね?


「楽しんでゴルフができました。」


石川遼がいつぞやのインタビューでこんなことをいっていたように思います。
私が思うに、谷亮子が楽しんで勝てましたみたいなことを言い出して、石川遼のこの発言で、


「楽しんでやらなければいけない。」


なんていう価値観が定着というか、変な広まり方をしたように感じています。


私はそんな考え方はかなり駄目だろうと感じます。
なんでかというと、楽しまなければいけない、「~ねばならない。」と考えている時点ですでに楽しめていないからです。苦しい、辛いという感情を楽しいという言葉で蓋をして、楽しいと思えないものを無理やり楽しんでいるふりをしてたらどうなるか?


少なくともこういう言葉や考えがあるせいで、


「楽しくなければ、辛いだけなのなら辞めてしまえ!」


という非常に最も適当かつ適切だと思える意見が完全になりを潜めてしまっているのじゃないですかね。


で、そんなことを踏まえて


「楽しんでゴルフができました。」


という言葉の意味するところは、


「これは生まれもった才能を持つ天才の発言だ。」


だと、私には思えます。
多分、凡人は無心でプレーして、そういう時に結果がついてくるんじゃないですかね。楽しんでプレーして結果がついてくるなんてのは天才だからこそで、凡人と天才の差の1つというのはそういうところにあると思えます。


世の中の大半の人は凡人なのに、


「楽しんで仕事をしなくてはいけない。」
「楽しんで家事、子育てをしなくてはいけない。」
「楽しんで毎日、過ごさねばならない。」


なんていっていると、うまくできないわけですよ。
できないのが当たり前で、できるほうがおかしいといってしまってもいいじゃないでしょうかね。24時間365日元気でハッピーでなくてはならないとか考えているから、


「もっと前向きに、プラス思考で生活しなきゃいけないのにそれができないから自律神経の働きが悪くなっているのです。」


なんて、馬鹿な事を私にいってくるのでしょう。
無心で淡々と仕事して、帰り道になんとなく見かけた洋菓子店でロールケーキでも買って帰って、それを子供がうまそうに食っているのを見ているときに、よかったなぁとか、幸せだなぁとか、超気持ちいいとか。辛いこととか嫌なことばかりだけど、たまーにそういう嬉しいとか楽しいことがあって、それだけで結構いい感じで暮らしていくってぐらいで、普通の人にはちょうどいいのじゃないでしょうかね。


結局のところ、


「楽しむっていうのは天才だけができる特権だ!」


そういってしまってもいいのじゃないかなぁと私なんかは思いますけどね。
天才の真似をしてうまくいくわけがないから、凡人は足掻いて苦しんで、でもそれでもなんかいいこと見つけてそれなりに幸せに暮らせるわけで、こういうのが天才にできない凡人だけの特権なんじゃないでしょうかね。


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うちなんか紹介したら駄目だよという話

「知り合いにこういう人がいるんですが?」


うちに来て元気になった人がよくいうセリフです。
そういう人には、


「その人が本当に困っていて元気になりたいと思っているなら、こういうところもあるけどと声をかけてみたらいいんじゃないですか。でも、うちなんて安易に紹介したら駄目ですよ。」


なんて答えています。


大層な言い方になっていますけどね。
人として暮らしていれば、辛い事、苦しい事、悲しい事などいろいろあるわけですよ。最近は、そういうのは薬を飲んでやり過ごしましょうなんていうのが流行しているように感じています。そんなことをやっていれば体がおかしくなってしまうのは当然のことです。


体の不調や病気も実は同じことでしてね。
薬でごまかしていると体がおかしくなってしまいます。最近、増えている耳鳴り、めまい、不安症なんかの相談はそのいきつく先だったりします。もちろん、すべてがそうではありませんが、感覚としては8~9割ぐらいは向き合わなきゃいけない体の問題を薬でごまかしているからでしょうか。原因がわからないということは、副作用で起こっている問題にも気づけないということでしてね。私からすると、呆れ果ているようなことが体に起こっています。


繰り返しますが、生きてりゃいろいろ起こるわけですよ。
だから、嫌な、目を背けたくなるよう出来事でも、ちゃんと向き合って気持ちを切り替えていかなければいけません。それには、誰かのアドバイスや手助けが必要だったり、時間が必要だったりするときもありますけどね。それなのに、


「ストレスが原因で辛くなっているので薬を飲んで様子をみましょう。」


なんて、愚かしい事この上ないと思いますけどね。



体の問題も同じです。
病気はちゃんと自分の体の力で治してしまわなければいけません。薬の助けを借りていると、薬の助け無しで生きることができない体になってしまいます。そんな体で、豊かで幸せな人生なんておくれるわけがないんですよ。



自律神経の働きを整えるということはこういう感覚が一番大切です。
それがわからない人に、わたしの事なんて紹介したって変人扱いされますし、相手が駄目な人だったりすると疎まれたり恨みを買ったりすることすらあります。だから、


「うちなんか安易に他人に紹介したら駄目ですよ。」


来られている人には、そういう風に話すようにしていますね。






重い荷物の運び方

はたらく細胞の放送が終わってしまいました。
このアニメをみて体のことを信頼しはじめる人たちが少なからずでてきたようです。ただ、薬が体に何を起こしているかについては全くといっていいほど触れられていませんでした。まぁ、当然だわなぁと思う反面、ちょっと残念な気もしたりしています。ただ、このアニメで表現されていたことは、知っているのと知らないのでは人生が変わってしまうだろうなぁとは思えますね。


まぁ、そんないい内容のものだったのですが、一つ気に入らないことがありました。

それは、荷物の持ち方です。
細かく言うと白血球が持っているナイフの持ち方や振り方が理にかなっていないとか、キラーT細胞が筋肉ムキムキであるとか、そういうところも気になりはなりましたけど、まぁ、そこはキャラの個性づけだろうということで見過ごすことはできます。でも、赤血球が酸素を運ぶときのダンボールの持ち方だけは最後までずっと気になってしまいました。


ピンとこないようであれば試してみてもらえればいいんですよ。
ダンボールに荷物を詰めて運んでみればいいだけです。肩で荷物を持ち上げて、背中をそらして、あんな持ち方をしたら走るなんてのは無理で、すぐに腕が疲れて荷物を支えきれなくなってしまいます。


どっかの対談っだったと思うのですが、宮崎駿氏が、


「本当に理想的な動きを表現すると、アニメでは迫力がまったくなくなってしまう。」


なんてことをいっていました。
絵で重いものを持っている状態だったり、迫力ある動きを表現しようとすると、現実ではどうしても体に大きな負担がかかる状態になります。ちょっと古めの侍ジャイアンツという漫画じゃ、ピッチャーの番場蛮は高いジャンプして体をエビ反りにしてからボールを投げることで、球威がある上に球筋がみえにくい魔球をなげていましたけどね。現実じゃ、ジャンプしたらボールは投げられませんし、体を反った状態からボールを投げれば球筋が丸見えになるのでどんなに速いボールを投げてあっさり打たれてしまいます。


学生の頃、家電イベントの荷物運びや引っ越しのバイトをしたことがあります。
そういうところにバイトにいくと、必ずベテランの人が1~2人はいたもので、そういう人は重いものを平気で運べるんですよね。冷蔵庫や、洗濯機だって、


「一人の方が楽だから。」


といって、一人でひょいと持ち上げて運んでしまうのです。
周りの人もそれがわかっていて、じゃあ、


「この洗濯機は頼むわ。」


と言って任せてしまう、そういうのが日常風景になっていました。
で、そういう人の体格は決まって細身だったりしまいます。体格のいい人間なら2~4人ぐらい必要な仕事を、華奢な人なら一人でできてしまうという事があるわけです。肩幅が広く体重の重いタイプの人間は力に頼った物の運び方をしてしまうからで、そうでない人の方が効率的な荷物の運び方を身に着けやすいという傾向があるからでしょう。


赤血球が酸素を運ぶ時のような持ち方は、キラーT細胞のような体格でなければできない持ち方だといえます。
まぁ、いくら体格がいいからといって、ずっとあんな運び方をしていたらいずれ疲労がうまく抜けなくなってきていずれは体を壊してしまうでしょうけどね。


重いものは重さを感じるような持ち方をしてはいけません。
最近みかけた例でいうと、華奢な体格の方が着付けの手伝いをして体を痛めていました。着付けは詳しくないですが、しっかりと帯をしめなきゃいけないとかそいういうのがあるのでしょうかね。華奢な人は力まかせで仕事をしようしても体重がないから無理がでて痛めてしまいます。こなれてくれば冷蔵庫ぐらい持ち上げれるようになるわけですから、うまく体を使って力に頼らない着付けのやり方を身に着けるほうがいいといえますね。







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整体師としての心構え

「整体を終えた方が階段を降りて、角を曲がった先で誰かにぶつかってコケて頭を強く打って亡くなりました。」


もし、そんな話をきいてもふーんそうですかと。


「それがいったいどうしたんですか?」


と、言えるぐらいでちょうどいいのだろうなぁと考えています。
ところが、ちょっと言葉を交わしてしまうと、そういう具合にはいきません。関わってしまった以上は、それなりに元気に生活していって欲しいと思ってしまいます。


こういうのって思い入れとか、親近感とか、そういうものなんですかね?
そういう感情が湧いてしまうから、


「真剣に家族のことを思うなら、あなたはとっとと死んでしまった方がいいかもね。」


なんて、つい発奮するようなことを言ってしまいます。


実は、技術面についてだけ考えるのであれば、健康であって欲しいとか、元気になってほしいという気持ちを持ちながら整体するというのは褒められたものではありません。整体という技術を最も効果的に行使しようと思うと、自分の心はフラットというかニュートラルの状態であるのが理想だからです。単純に、思い入れみたいなものがあると体に与えることのできる変化が小さくなってしまいますし、場合によっては抵抗されちゃってなんにも起こっていませんみたいなことになることもあるでしょう。まぁ、そのあたりをどうにかするのが技術だったり経験だったりなのでしょうけど。


このあたり女性になったつもりで考えてみるとわかりやすいかもしれません。
好意をもっているわけでもない男性に、


「俺色に染めてやるぜ。」


なんて真剣にいわれたらドン引きするはずです。
整体っていうのは、色を染め替えるのではなくその人本来の色がでるようにしてあげるってことでもありますかね、


また、体になんらかの影響や変化を与えようと考えた場合にもいろいろやり方があるわけです。
整体というのは、自らの意思で体をかえるように案内しなくてはいけないものです。いい方を変えると、私が体の状態を変化させてはいけないということです。多少、手は貸しますが自らの意思と体の力で、体を変化させていかなくてはなりません。なぜなら、私が変えてしまうと、私がいなくては元気になれなくなってしまうからです。だから、本当は、私に何かをしてもらったなんていう印象を残してはいけないのだろうなぁとは思うんですけどね。


このことを説明するのに頭に浮かぶ人物が細木数子ですかね。
彼女は、優秀な占い師ですが、彼女の言いなりになって決断してしまうと、重要な判断が必要になったときにまた彼女に相談しなくてはいけないようになっているんじゃないでしょうか。彼女に相談することできっかけを掴んでその後うまくいっている人というのもたくさんいるようですけどね。テレビで見ていた限りでは、大半の人にとっては、占う相手を自分に依存させてしまっているように感じます。


「自分の面倒は自分でみなさい。」



整体するということはそういうことでなければいけないわけです。



「毎月、10万円支払えばあなたに健康で幸せな生活が保証されます。」


と、依存させてしまった方が仕事としては楽ちんなんでしょうけどね。
ところがこんな謳い文句に寄ってくるような人間とは口も聞きたくないなんていう性分ですし、仕事なんていうのはちょっと難しいぐらいの方がやっていてやりがいがあるってものですからね。


さて、今回なんでこんな私の心構えなんかを紹介したかというと、


「整体する側の姿勢を知ってもらえば、受ける側の姿勢も想像できるだろう。」


ということでしょうかね。
多くの人は、私の書いたものなんかをみてそういう雰囲気を感じとってくれるのですが、たまーにちょっと困った人がやってきます。だから、たまーにこういうことも書いておかないといけないわけです。





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