ブログ「日々整体」

視点の高さと不安、恐怖、そして免疫力の関係

「人間の本性は逆境の時に現れる。」

これは何を隠そう私の言葉です。
30代前半のころに思い至ったことですが、割といい言葉を思いついたなぁと考えています。だから、きっと歴史上の偉い人も似たような事をいっているはずです。


今、世の中は新型コロナウイルスで大騒ぎになっています。
この状況はすべての人の本性があらわになっているといっていいでしょう。この本性ですが視点の高さで考えるとわかりやすいのではないかと、ふと思ったので試みたいと思います。



まず、今回の新型肺炎に対する視点がもっとも低い人がどういう発言や行動をしているかニュースからひろってみます。
あらゆる興行が自粛ムードのなか、K1というプロレス団体が試合を開催しました。観客は6千人ぐらいでしたっけ?こういう状況で開催するということで、大きく批判されました。どっかの新聞記事だと、政府高官が、

「国賊め!」

と発言していたと報じていました。
この新聞社と某とかいう政府高官はもっとも視点が低いといえます。ネット上をさらっと流し見ていると、それに同調する意見が多く見られましたが同様に視点が低いと言えます。


これは確か千葉県だったと思うのですけど、千葉県の知事はこの人達よりは視点がちょっと高いのではないかと思います。
知事は、K1団体に何回も中止を要請したそうです。その要請を受け入れる事ができずK1団体は興行をおこなった訳ですが、実は知事には中止にできる権限をもっていたそうです。詳しい条文は確認していませんが、会場の利用規約9条に不適切な会場の利用は管理側の命令で中止できるというような条文があったそうです。それにも関わらず、知事は要請しかしなかったわけですね。権限を発動して責任をとりたくなかったんでしょうか。だから、この開催において感染が広まるような事がおこっていれば、この知事は、

「国がちゃんとしてくれていれば・・・。」

なんて責任逃れをすることが間違いないでしょう。

さらに東京都知事が昨日、緊急の記者会見で深夜の飲食店にいくのを辞めるよう要請していました。
記者が、


「その要請では飲食店が経営にいきづまることになりますが保証はないのですか?」


と質問すると、


「それは国がやることですので。」


という答えをしていたそうです。
まぁ、たぶんですが、志村けんさんが亡くなったタイミングでこのような発信をしたら都民が言うことを聞くと思ったんじゃないでしょうかね?でも、こんなやり方で同意ができるのは同じ視点以下の人たちだけでしょう。

千葉県民と都民はこういう人を知事にしてしまったこを恥じてもいいかもしれません。でも、こういう本性って逆境でなければ表にでてきません。こういう人は平時に耳障りのいいことをいうのが得意ですから騙されるのは仕方がありません。


もうちょっと視点が高い人だと、


「ちゃんと保証をして休業できるようにしてあげなくては。」


なんて事を言うのじゃないでしょうか?私の視点はたぶんこのあたりじゃないかと思います。都知事や県知事より視点が高いと自称するのはちょっと具合が悪いとは思うのですが、さきに紹介した知事たちはなんぼなんでも視点が低すぎです。


さらに視点が高い人はどんな事をいっているかというと、経済的な打撃に目を向けていますね。
適切にデータを分析しながら、リスクを最小限にしながら経済的な損失を最小限に、その上で発生した損失をどうやって補うのか?そういう事を考えて発信しています。このぐらいにまで視点が高まってくると、海外の影響も考え始める人がでてきます。

韓国はもうおそらく破綻する可能性高い、そしてEUでもイタリアは瀕死です。
国境がなかったせいで新型コロナウイルスはヨーロッパで大きく広がってしまいました。アメリカも大変な事になっていますから、その影響は日本にも確実に及んできます。それで、アメリカなんて経済対策で200兆円ですか?それぐらいやるって話で、ヨーロッパもそれぞれ国に準じたお金を投入するわけですが、それに同調しないでいると日本経済は壊滅する可能性もあるみたいですね。


「それで、各国の首脳が電話で相談してたのか。」


なんてわかります。
視点の高い人の話を聞いていると面白いです。


それで、このあたりの話を聞いていて教わったのですが、経済的な損失が大きくなった直後にファシズムが誕生するらしいです。
ヒットラーもそうでしたし、かつての日本もそうでした。人々は、生活に困窮すると強固な権力をもった独裁者を求めるようになるそうです。それでふと気がついたのですけど、

「暴走した武装集団が財務省の官僚を何人も殺害した。」

なんてニュースが流れてきたら、たぶん、

「自業自得だ、ざまーみろ。」

と思ってしまうなぁと・・・。

やはり視点の高い人の話は面白くてうんちくに富んでいます。
私は心の中で思うだけで、口には出さないようにしようとよくよく自分を戒めておこうと思います。


ちなみに、2.26事件は恐慌のときに起こったクーデターですが、暴挙にでた青年将校たちにたいして軍の上層部は、

「気持ちはわかる、しかし、辞めろ。」

と言って説得しようとしたそうです。
今、そういう事がおこったら安倍総理はそんな事をいいそうな気がしますね。


そして、さらに高い視点の人がいて、その人たちの考えは、


「これは世の中が大きく変わる転換点だ、これを機会に世界がよりよい形に変わるに違いない。」


というものでした。
その心については、省きますが詳しく聞いてみるとなるほど、世の中がよりよいものに変化するのは確かにこのタイミングしかないという事が納得できました。


こういう具合に視点の高さが違うと同じ状況でも、見え方と、考え方が全く違ってきます。
そして、その視点が高くなるにつれて不安、恐怖という感情が薄れていくのがわかるでしょうか?ここで、紹介したように視点が高くなるにつれて新型ウイルスに対する恐れが小さいのです。もちろん不安や恐怖が皆無ではないと思うのですが、それにちゃんと向き合えますし、ある一定以上に視点が高くなると希望や期待まで見えてきます、


私は病気と戦うなんていう言葉はナンセンスだと考えています。
なぜなら、病気というのは敵ではなく味方だからです。でも、今、それをいっても新型コロナウイルスが味方だと思える人は皆無でしょう。新しく生まれた病気で、それを恐れて不安を感じてしまう、それは私でも同様の気持ちがありますから仕方のない事だと思います。だから、今はまだ、

「病気と戦う。」

ということでいいと思います。
でも、この新型コロナウイルスと戦うってどういう事なのかをよく考えてみてください。


「K1団体は国賊だ!」


とののしる事は恐怖に負けて逃げているだけです。
もちろん、家に引きこもって、ブルブルと震えている事が戦うということでもありません。


病気と戦うっていうのは、不安や恐怖と向き合っていく事です。
ちゃんと向き合う事ができれば視点が高まって行くのです、そうして多くの人が視点が高まった時に、社会とか世の中とかそいういうものがよりよいもの変わっていくはずです。それができた時に、私達人間は新型コロナウイルスとの戦いに勝利することができるのです。



「不安、恐れという感情は免疫力を下げてしまう。」


という事について今更説明をする必要もないでしょう。
だから、我々は逆の事をやればいいのです、不安と恐怖にちゃんと向き合って、その上で私達はどういう人間でいたいのか、どういう社会であったらいいのか、それを考え直してみましよう。それができれば免疫力がどんどんたかまっていくのですから。





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新型コロナの見分け方がわかりにくいらしい・・・

先日、紹介した新型コロナウイルス感染の見分け方がちょっとわかりにくいらしい・・・。

「見たけどわかりませんでした。」

と連絡をももらいました。
このあたり、体の様子をみてのものではないのですから、残念ながら明確にできない境界線あたりの方というのはいるということでしょうか。ただ、話してみると9割9分違うなぁとは思ったのでそういう具合に答えました。


ただ、この時期は微熱がでやすいタイミングなので、怯えてしまっている人も多いのではないかと思います。
Facebookの方で計算した内容をちょっと書いておきましたが、大阪において感染する確率は年末ジャンボ宝くじの1等よりちょっと高いというぐらいです。事実上ゼロといっていい計算結果になります。手洗いうがいをちゃんとやっていれば感染する確率はさらに下がるので感染する方が難しい状況です。一応いっておきますが、こういう仕事をしていますが工学部卒のバリバリ理数系人間なので確率の計算なんかは苦手にはしていませんので。

私自身は、この新型コロナウイルスは年をまたぐと思って対応した方がいいと考えているので、どういう形で仕事を再開するかを考え中です。リスクがこんなに低い状態で、そんなに長く休むわけにはいきませんから。

今回の休みですが、私にとってはちょうどいいタイミングだったようです。
実は今朝から右肩が痛くてうまく動かなくなっています。今朝、体を動かそうと木刀を振っていたら気がついたのですが、仕事をしないで休んでいると傷んでいた箇所の修復がはじまっているようです。


「治る」という言葉の定義について考えてみてください。
多くの人は、痛みが消える事、熱などの症状がなくなることを治ると考えていますがそうではありません。痛みがでる、熱がでるというのは体を平衡状態に戻すために起こる事です。平衡という言葉がわかりにくければバランスがとれた状態に戻るという事です。

そのバランスがとれた状態に変化する時に、痛みや熱がでます。
つまり痛みや熱がでている状態はバランスがとれた状態に戻っている途中であるという事です。私がいつも言うことですが、このバランスをとろうとする体の働きをとめる事を治すとは言いいません。


「それはちょっと痛がっておいて。」


といつも言うのはそういう事です。

これはガンみたいな病気で考えるとわかりやすいのじゃないでしょうか。
ガンは、体のバランスを健全な状態に戻す働きが起こらない人に起こる病気です。つまり、病気をしない人、熱がでない人にガン細胞が生まれるという訳です。ガンという細胞がなんのために、どうして生まれるのかわかっていないわけで、亡くなった人の体の様子をみたらガン細胞がいっぱいできたから、

「ガンで死んだ。」

なんて言われますが、それは大きな勘違いでしょう。


簡単にいうなら、


「ちゃんと病気になっていればガンにならない。」


ということです。
ちゃんと病気をしていれば体はバランスが取れている状態に戻るのです。

それで、ウイルスにまつわる病気なんかだとインフルエンザがわかりやすいでしょうけか。
インフルエンザにかかった人ってちゃんとバランスが取れている状態に戻っています。新型コロナウイルスだって大半の人は問題なく体のバランスがとれた状態で回復することでしょう。、一部の人が重症化するって話ですけど、この一部の人って平衡状態に戻る事ができない人であろうと思われます。つまり、


「体が悪いなりに安定している。」


という事です。
基礎疾患のない人でも重症化したなんて話がありますが、医者がみたら問題がなかったというだけで私がみたら問題だらけだなんてことは珍しくもありませんからね。



それでウイルス性の疾患のある人は何人もみていますけど、みんな同じ事が起こっています。


「あなたは未知のウイルスに感染している。」


なんて言われている人もいて、そういう人でも同じ状態であることが観察できていますから、この新型コロナウイルスも同じだろうと思われます。
だから、


「そうびびらんでいい。」


というのが今の私の考えです。
もちろん未知の変化が起こっているわけですから、慎重に対応するという姿勢は必要でしょうけどね。


話が大きくそれました、ここらあたりはまた別の機会にしましょう。


とりあえず新型コロナウイルスはに感染した場合、この時期にでる特有の微熱や風邪っぽさとはまったく違う事が体に起こるようですから見分けることはそれほど難しくないはずです。
また、仮に感染していてもどうこうなることはなく、回復したあとには体は健全な状態になっていることはほぼ間違いないですから安心して病気をしておくことです。ただ、周囲にひろげてしまうと対応できない人に感染してしまうことがあるので注意しましょうと、たったそれだけのことです。だから不調を感じている人は心配しないで元気になったあとのことでも考えておくといいでしょう。


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コロナウイルスの話

私のような人間でもこの新型ウイルス騒ぎに思考をほぼ全部引っ張られてしまって穏やかでいるのがなかなか難しくなってきています。そこで、ここら辺りで1回、頭の中の物を全部吐き出して捨ててしまおうと思います。

年が明けてからずっと、

「こうなって欲しくない。」

という事がいろいろ的中して、しかもそれが予想を上回っています。

「思った事が実現する。」

なんていう自己啓発とか自己実現とかでよく聞かされる言葉を、いままでずっと馬鹿にしていましたがどうやら本当の事だったのかもしれません。

これを機会に、

「政府というものがどういう役割と必要性によって作られたのか?

というのを考えてみました。
政府の役割は、いくつかありますが、

「非常時において適切な対応をするため。」

というものがもっともしっくりきました。
例えば、戦争が起こったり、地震や台風で大きな被害がでたときに、個人の力では適切な対応をとることが非常に難しいのです。政府というのは、そのための必要性を感じて作られたというわけです。

今回のウイルス騒ぎは個人では対応が難しい非常の出来事といっていいでしょう。
それなのに政府はなんの対応もしませんでした。武漢が閉鎖されたのは、1月22日ですが、安倍首相は1月23日に、春節(中国の正月休み)に入った中国人たちに向けて、

「春節では、ぜひ日本にお越しください。」

というメッセージを動画を付けて公開しました。そしてこのメッセージは1月30日まで、1週間ずっと掲載されていたそうです。政府は武漢が閉鎖されるという状況を非常事態だとは考えなかったようです。

対称的に、アメリカはすぐさま中国人の受け入れ拒否を実施しました。
アメリカの政府は健全に機能しているのでしょう。日本が中国人の受け入れを正式に停止したのは、トランプ大統領が日本人も渡航禁止にするかもしれないと発言した後でした。トランプに尻を蹴られてそれに反応しただけで、やはり政府は何もしていないと言っていいでしょう。

この時期、私も東京に何回か出張していました。日本人には、不要不急の外出を控えるように指導しながら、外国人たちは好き勝手に町中を歩き回ってましたね。

中国人の受け入れを停止した場合、

「経済に深刻なダメージがでる。」

そういう政治判断が影響したのだったらまだよかったのです。しかし、すぐにそんな事は考えていない事が明らかになります。

大規模イベントの中止と学校の休校の要請がなされました。
パフュームの数万人の講演当日だったそうでが遠方からやってきて会場で中止を知った人が多くいたそうです。給食を作っている業者は何千万円もの損失になるそうですけど、その損失についての保証の話はいまだに聞こえてきません。これらの経済損失がいったいどれぐらいのものになるのか試算すらしてないのじゃないですかね?外国人のふところからお金を引き出すことばかり考えて、日本人のふところが痛むのは平気であるという事が理解できません

3000人規模のコンサートを企画していたバンドグループの訴えが悲痛でした。
3000万円程度の費用をかけて1年前から準備していた初舞台を中止せざるをえなくなったそうです。その後の返金などの手続きを考えると損失はさらに大きくなることでしょう。今の政府の様子だと、要請を受けて勝手に自粛しただけですから保証などなされることはなさそうです。

また、整体にこられている人で、オーケストラで仕事をしている人がいるのですが、完全な失業状態だと言っていました。要請一つでどれぐらいの数の人間を失業させたかのはまったくわかっていないのじゃないでしょうかね?

宝塚歌劇団の話は私は一番ひどいと思いました。
考えられる最善の対応をして開演したら世論によって公演停止に追い込まれました。歌劇団の資金繰りが苦しいとは思わないですが、公演を再開しようとしたのは、公演しなくてはならない事情があったのだろうと思われます。例えば、収益の大半が舞台や衣装に費やされているとか、役者の育成に使われているとかで運転資金がそれほど潤沢ではなかったのだろうとか、

貸し付けをしもらってもなんの問題解決にもならないし逆に厳しくなる。」

という状況はちょっと考えればいくらでも推察のしようがあります
しかし、首相は自粛を要請するという方法で、自粛する事が善であるという世論を作りました。それで起こった事は、宝塚歌劇団のファンからの、

「中止するべきだ!」

という批判でした。
歌劇団の人たちは、ファンからのこの声を聞いた時にどういう気持ちになったでしょうね。政府の指示ではなくて、世論を操作する事によって講演を中止に追い込みました。宝塚歌劇団の経営が破綻しても安倍首相と政府は、

「要請しただけだし、命令したわけじゃない、政府の責任じゃありませんから知りません。」

なんて具合の事を、非常に残念そうに言うんじゃないでしょうか。

さらに、書いている途中にK1の試合が開催されたというニュースを聞きました。
こちらも大いに批判されているようです。

「知事が再三の中止要請にも関わらず強硬」

なんて具合の見出しに記事にでています。
世間の状況をみれば、中止するのが得策であるのはわかっている事でしょう。でも、中止にできない状況であったであろう事は簡単に察する事ができます。ネット上での意見をさらりと目を通したら、案の定、

「なぜ中止にしなかったのか。」
これをきっかけに感染が大きく広まってしまったらどうするのだ。

というものばかりでした。
もし、中止してK1を主催する団体が破綻したら、政府や知事はきっと

「彼らは日本国民たちのために犠牲になってくれたのだ。」

と言って涙を流すのでしょう。

ここではた気が付きます。

「終戦間際の特攻は、こういう空気でおこなわれたのか。」

自分だけが助かりたいという人たちの意見がまかり通ってしまうのです。たまたま、ちょっと前に、特攻隊に配属された人のコメントをみかけたのですけど、

「まともじゃない。」

といってました。

「社会のため、世の中のための犠牲になれ。」

そういうまともじゃない意見が正論になっているのです。
私たちは歴史からなにも学んでいなかったのでしょう。学校教育が薄っぺらで半端なものだということに大きな不満を感じていましたが、それはこういう時にでるのですね。

「中止して破綻して、それでも死ぬわけではない。」

とかいう人がいるのかもしれませんが、犠牲になるのが自分でなければきっとそう思えるのでしょう。

終戦の時に小学生だった人の話を思い出します。
当時の小学校には、国たのめに命を捧げる事を賛美する授業があったそうです。それで、戦争が終わってその授業をやっていた先生が授業で何を言うのか注目していたそうです。すると、

「平和と命が大切だ。」

と突然いいだしたそうです。
そして、その意見の切り替えについては何の説明もなかったそうです。新型コロナウイルスの存在を知らなかった時には、どういう事を考えていたのか振り返ってみるといいのでしょう。でも、こういう人たちはきっと過去のことは振り返らないのじゃないでしょうかね。

日本は今年オリンピックを開催する予定でした。
仕事を失っている人、民間団体に起こっている事が、政府にとって我が身の事として起こっています。

「安全と生命の事を優先してとっとと中止すればいい。」

というほど簡単な問題ではないことがわかっているはずなんですけどね。
政府の懐が痛むのは嫌だけど民間のだったらいいと考えているのかオリンピックのような国際大会は民間でやるようなちんけなものではないと馬鹿にしているのか、日本国民の多くをを失業させて無一文にしてもオリンピックを開催すればすべて帳消しになると考えているのか、いったい何を考えているのかよくわかりません。
この状況でまともな開催ができるはずがないのはすべての人がわかっているでしょう。
しかし、オリンピック中止の決定ができないのは、おそらく、

「保証がない。」

という状況で、ババのなすりつけ合いをしているだけじゃないのですかね?

安倍晋三という人が政治家として無能であればよかったのです。
彼が無能だというだけであれば交代してもらえば事態が好転するはずです。しかし、そんな無能な人ではこんなに長く政権を維持なんてできるはずもありません。この状況は意図してそうなっているとして考えるのが正解でしょう。世論を操作して、国民の意見を割って、国民の意見として反対する勢力の人たちを叩く、そういう政治をやってきていたのじゃないでしょうかね。

今回に限って違うやり方なんてできるはずもありません。
結局、国民を使って、宝塚やK1を自粛させ、場合によっては潰してしまうというのが安倍晋三という政治家のやり方だという事なのでしょう。腐っていると国会で評する人がいまいしたが、案外、真実を言い表した言葉で、それを指摘されたせいでキレてしまったのかもしれません。

私はこの卑劣なやり方を容認することはできません。
一部の人に負担を押しつけてそれを良しとするのは政治とは言いません。問題が起こったら、みんなで一緒に背負って負担を軽くしましょう。ただ、どうしたって偏りがでるからそこにはちゃんとサポートしましょう。政治っていうのは、そういう当たり前のことをするだけのものです。それが難しいとかいうのだったら、政治家なんてやるべきじゃないし、辞めてしまえばいいですね。

なるべく多くの人がなるべく同じ方向を向いて、できればすべての人が起こった結果にある程度納得できるという落としどころを探る事が求められる状況です。それなのに、意見を割るような事をやって、反論を押しつぶして、その事に気がつけないでいると感じます。

政府の役割、存在意義が、

「非常時に適切な対応をする。」

という事であり、歌劇団やK1のような舞台イベントを中止させる必要があるという判断をするのであれば、中止できるようにしてあげるのが政府の果たすべき役割でしょう。

「新型コロナウイルスは危険ですので、職を失おうが、借金を背負おうが、落ち着くまで家の中に引き籠もっておとなしくしていてください。

こんなことしか言えないのだったら、政府は機能してないと私には感じられます。


マスクを1万円で売る人に、我が身可愛さに他人の気持ちを推し量れない人たち、どこを向いて何を考えているのかわからない政府と役人、日本って昔からこんな国だったんですかね?

そんな事を考えていたら、小学5年生の時の事を思い出しました。
身内に病人がでて、両親が病院にかけつけて弟と二人で家に取り残された事があります。遊びに行ってて帰ってきたら家には誰もいなくて、近所の人に親が病院にいっているという事を知らされました。ただ、それ以外の状況がわからず、携帯電話なんかもありませんでしたから連絡のとりようもありません。確か私はその時、

「弟にまずちゃんと飯を食わせよう。」

そう思ってインスタントラーメンでも用意しようと考えていたように思います。

でも、準備をしていると、近所の人がやってきてくれて、

「あとでスパゲッティ持ってきてあげるからそれを食べなさい。」

と言ってくれました。

その後も、

「うちに食べに来たら良い。」

とやってきて言ってくれる方が二人も来てくれました。
今の世の中って、そういう風な事ができる人ってほとんどいないのじゃないでしょうか。昔は当たり前のように、自然にそんな事ができる社会だったんじゃないでしょうかね。明るいうちは、子供たちが遊んでいる声がずっと聞こえているような、私が子供のころはそういう世の中だったような気がします。

それで、そういう世の中であれば、今のこの状況って全然違う様子になっていたんじゃないかと、この発想の繋がりはうまく説明できませんけど、そんな事を思います。

私と、私たちは、なにかいろいろ考え違いをしてしまって、世の中をこんな風に殺伐としたものにしちゃったんじゃないでしょうかね?

目先の問題はあるにしろ、私たちはどうあるのが幸せなのか、日本という国がどういう国であるのが理想なのか?それを踏まえて、今、私たちはどうするべきなのかというのをもう1回考え直してみる必要があるのじゃないでしょうか。ババを引いた人だけが辛い思いをするような、そういう事をやっているから、おかしな事になってるんじゃないでしょうかね?

そんな訳で、なんにもまとまっていませんが、頭の中にあるモヤモヤをひとまず全部吐き出しました。
また、貯まったらやるかもしれませんがたぶんもうやりません。こういう事について、あれこれと発信するのは私のやることではないと思うからです。今回は、私自身が平常運転に戻るために必要だと感じたからやりました。これでかなりスッキリすると思うので、これから私が果たすべき役割というのをもう1度考え直してみて、できることをやっていこうと思います。
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打倒!安倍政権!?

春の季節変動が大きく出ているようです。
今日だけで死にそうな声でかかってきた電話が4件ほどありました。

それでもしかすると、という人の顔が何人か浮かんでいます。人によっては、外出することも困難になっているようで、電話をかけてくる気力もないという状態になっているかもしれません。

ここ1ヶ月ほどですが、私は骨盤の引き締めをメインに整体をしていました。
今日、その結果がではじめた人が来てたのですが、その方はかなり調子が辛くなっていました。骨盤を引き締める事で、体の問題点がはっきりとみえるようになります。そうするとかえって体の不調がはっきりとでるようになります。それで、

「吐き気が辛くて・・・。」

という事をいっておられました。
こういう事は、事前に言っておかないと不安になってしまいますから、まだまだ私は技量と経験が足りないなぁと、かなりしくじったと反省しています。

今年の、骨盤の引き締め方は例年と違うやり方をやっていて、それがうまくいっているという事を意味します。ですから、これから春になるにつれて大きくかわってくる人がもっといるかもしれないと期待しています。

ところで、これだけ社会がコロナウイルスとその経済的な影響に大騒ぎしていると、私もついついそちらの方に関心を引きづられてしまいがちです。
それで、

「今なら安倍政権を倒せるかもしれない。」

と、掲げるべき政策やら理念やら、いったいどういう具合にまとめればいいだろうかと。政治に首を突っ込むつもりなんて全くないのに、そういうくだらない事をずっと考えてしまっているので困っています。

もうちょっと腰を落ち着けて、仕事に、整体に集中できる精神状態を保てるよう工夫をしなくてはいけませんね。
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ショートスリーパーについて

「ショートスリパーについてどう考えますか?」

という質問を頂きました。
それで、あれこれと睡眠について答えたのですが、どうも流行ってきているらしいですね。インターネットでちょいと調べたら、

『睡眠時間が5時間以内目安』

という事のようです。
この手の話は、いろんな人が好き勝手にうんちくをしゃべっているでしょうから目安とか定義はいろいろあるかと思います。また、ショートスリーパは独特の遺伝子を持つなんていう研究結果もあるそうですね。

ただ、おそらくですけどショートスリーパーという事に興味を持つ人の大半は、

「早起きすれば自由に使える時間が増えて有意義な生活ができるのではないか?」

たぶん、そんな風に考えているのではないかと思います。
それじゃあ、そうなるためにはどういう考えで取り組めばいいか、私なりにちょいとまとめてみる事にしました。

さて、5時間の睡眠で生活しているのがショートスリパーというなら私もショートスリーパーです。よほど疲れている時以外は、朝5時ぐらいに目を覚まして活動しています。ここ1週間ぐらいはかなり疲れがでてきていて6時過ぎに目が覚めることがおおいでしょうか。仕事には7~8時ぐらいにでかけて家に帰るのは平均すると21時ぐらいです。

仕事に取り組む考え方は、

「他の連中の2倍ぐらい働いて1.5倍ぐらい稼げればいいか。」
「働き方改革なんて糞食らえ。」

というのが私の基本的な考え方です。
私は一人で仕事しているから問題ありませんが、働きたいと考えている人から働く時間を奪うのは問題外でしょう。安月給でこき使うのをダメにしたいのであればもうちょっと知恵をひねらなければうまくいくはずがないですし、ほとんどの人に起こるのは給料が減るという事じゃないでしょうかね。


仕事というのは、自分の人生を費やして取り組む物です。そして、仕事を通じて得られるものは、


1.報酬
2.満足


の2つだと考えています。
こういう考えで生活していると、自然と睡眠時間は短くなってきました。多くの人が気になる肝心の部分、これで健康上に問題がでるかということについては後で述べます。

多くの人が自分が人間であるということをおろそかにしすぎです。
だから、人間がどういう習性の生き物なのかという事を考えなさすぎです。ほぼすべての人がショートスリーパーになることが目的ではないはずです。どのような生き方、人生を送りたいのか、なりたい自分はどんな生活をしているか?ということが一番大事なポイントになります。その上で、ショートスリーパーになる必要があれば自然になります。それが人間という生き物です。

逆のパターンを、例にあげてみるとわかりやすいでしょうか。
ある若い女性がいたとしましょう。この女性が、

「寝坊して、急いで走っている時に曲がり角で男性とぶつかって、そのことがきっかけで恋がはじまるかもしれない。」

そういう事を考えていたらショートスリーパーになるのはまず無理であろうと思われます。ショートスリーパーになる必要性がないだけでなく、ショートスリーパーになることで将来やってくるかもしれない幸せな恋愛を失うかもしれないと思っているわけですからね。

繰り返しますけど、ショートスリーパーになることは手段であって目的ではないという事を忘れないようにすることです。

ただ、こんなことを言い出すとほとんどの人がとっかかりをなくしてしまうかもしれません。
ショートスリーパーに興味を持つと言うことは、なんらかのきっかけになるかもしれないと、魅力を感じたというところでしょうか。


睡眠にとってもっとも重要なものは深さです。
深く眠れる人は、睡眠時間が短くなります。逆にいうと長く眠る傾向のある人は、睡眠が浅い傾向があるという事です。休みの日は1日寝ていますという人は、かなり浅いと思った方がいいでしょう、

医学なのか学術なのかは知りませんが、研究の発表なんかを見ていると、


『必要な睡眠は週50時間』


なんて言われているのをよくみかけますが、これはどう考えても嘘です。
週50時間以上も寝ていて、活力ある元気な体の状態を保っている人は見たことがありません。睡眠の定義をおそらく間違えているのであろうと思います。


例えば、睡眠導入剤を利用して眠っているつもりになっている人が多くいますが、薬を使っての睡眠は睡眠とはいいませんね。

どのような睡眠がとれていているかは頭骨の状態を観察する事でわかります。
良い眠りができている人は、頭骨が引き締まって適度な弾力を保っています。睡眠導入剤を利用している人の頭骨は堅く硬直しています。これが意味する事は、薬では適切な睡眠がとれていない、意識を失っているだけという事です。

頭骨に問題がでている状態の人の睡眠を良しとする人たちに、

「50時間眠らなくてはいけません。」

なんて言われても私はなんの説得力も感じません。


あと、これはよく睡眠について説明するときに例にあげる話で、多分、何年か前に書いたことがあると思います。
ヨーロッパアマツバメというツバメは巣立ってから3年間空を飛び続けるツバメだそうです。鳥類ですので、睡眠は必要なはずで、このツバメは空を飛びながら眠っていると考えられます。そんな見たことのない鳥の事を考えなくても、日本にやってくる渡り鳥も海を飛んで渡ってくるわけですから、空を飛びながら寝ている時間があるはずだと思われます。キリンは歩きながら右脳、左脳を交互に休める睡眠をとっているという話も聞いたことがあります。マグロなんかも泳ぎながら寝ているそうですね。実際、人間でも立ったまま眠るという事は可能みたいで、私はできませんが、できる人の話は聞いたことがあります。

つまり睡眠というのは、体を動かしながらでもできるものだと言うことです。
人間のように布団にはいって無防備に眠るなんていうのは自然界で考えればかなり特殊な眠り方だと言えます。50時間眠る必要性について説く人は、そのかなり特殊な人間の眠りだけ研究して睡眠についてわかったつもりになってしゃべっています。ですから、そんな話を聞いたら、動物の眠りは人間とは全く違う様子ですけど、どういうことですかと聞いてみるといいでしょう。

また、先にも述べたとおり私のような人間であれば、頭骨の状態を観察すれば、眠りの状態はおおよそわかるわけで、その事をを踏まえれば睡眠時間についての様々なうんちくはたいていが見当外れであるという事が言えます。

だから、まずは寝具がどうとか睡眠時間がどうとかいう固定観念を捨ててしまうことです。寝具については説明しませんでしたが歩きながらでも眠れるのですから不要なのはわかってもらえますかね。

その上で、睡眠がどういうものか?と考える必要があります。
睡眠というのは運動の1種です。走る、歩くといった運動と眠るという動作にはなんの違いもありません。そして、眠るのが上手な人ほど睡眠時間は短くなると考えるとよいでしょう。

だから、ショートスリーパになりたければ眠る練習をすればいいのです。

「30分、昼寝したらずいぶんすっきりした。」

という経験はありませんかね?
こういう眠りがいつでもできるようになればいいわけです。その具体的な練習方法は、本なりネットなんかをみていろいろ試してみると良いでしょう。私は、明確な目的意識をもって生活していたらこうなったという感じで、他にいい方法があるとは思えなかったりします。

あと、知っておくといいのは肺の働きが睡眠に大きく関わるという事です。
だから肺の働き、呼吸器の弱い人は眠りが浅くなる傾向があります。そういう方がショートスリーパになろうと思うと独特の工夫や練習が必要になるかもしれません。

最後に注意点です。
睡眠時間が不足した時には脾臓の働きが悪くなります。その場合、頭骨、頸椎4,胸椎7、腰椎2、仙椎2あたりが硬直します。体中の様々な部分に影響するので、どうなるかなんてのは個性の問題で予測がつきません、極端な場合は、

「寝不足で歯が痛くなる。」

なんて事だって起こることもあるでしょう。
脾臓の働きは、免疫なんて言われていますが、意欲や向上心に関わっていると思うといいでしょう。寝不足の時には、頭がぼっーとしてやる気がでないのは誰にでも経験があるでしょう。別に難しく考えるような性質のものじゃありません。

ノウハウはいろいろ出回っているようですから、このあたりを踏まえて取り組んでみるといいのじゃないでしょうかね。
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