ブログ「日々整体」

「2040年の日本」から見える高齢化社会の真実

『2040年の日本』 野口悠紀雄著 幻冬舎新書を読んでいたら興味深い記述があったので紹介したいと思います。

世間でいういわゆる介護が必要な状態を要介護、要支援といいます。
薄々感づいている人もいるかと思いますが、85歳から90歳の人々が自力で生活できない、要介護または要支援の状態になる確率は50%、そして、その年齢が90歳を越えると、この数字はさらに増加して78.2%に達します。楽天家なあなたが、21.8%という介護不要の確率を見て、健康を気を配り、日々運動を続ければきっと大丈夫だと思うかもしれません。しかし、もしあなたが結婚して夫なり妻なりがいた場合、その夫婦が2人とも介護が不要な状態でいる確率は4.75%になります。四捨五入して5%として、自分がその5%に入ることがきっとできると思う人は、楽天家ではなく夢想家と言わざるを得ないのではないでしょうか。

しかも、悪い話はこれだけではありません。
これから老齢を迎える夫婦には両親がいるはずです。私は父が25歳のときに生まれたので、それを例にして考えてみますが、両親が80代を迎える事になります。結婚をしていますから、妻に両親がいる訳です。だいたい同じ年代だろうと考えて電卓を叩くと、私が55歳のときに4人の父母が介護が不要な状態である可能性は、6.25%、65歳になった時には全員が元気で介護が不要な状態である確率は0.21%になります。

現実としては、私と妻の父は既に亡くなっていますから状況は少し違いますが・・・。

厚生労働省が提唱する「人生100年時代」の現実は、実はこのような状況なのです。
もし日本という国が医療が行き届いておらず、これから医療状況が劇的に改善してゆく余地が残っているというのであればまだ希望も残っていたかもしれません。しかし、現実は医療が隅々にまで行き渡っており、必要と思われる医療的なケアは、既に十分に受けることが可能という状況です。しかも、私の家の近所には広場があるのですが、その広場では早朝に老人たちが集まってラジオ体操をしていました。そういう人たちはきっと食事などにも十分に気を配っていることでしょう。私は、医療の進歩が本当に我々を幸福にしているのか、そして、医療が本当に進歩しているのかを再評価すべきだと考えます。

さて、ここまでは現時点での医療技術の話で将来的にはきっと改善しているはずだと思う人もいるかもしれません。米カリフォルニア大学において、2050年までに達成される医療技術として以下のようなものが挙げられています。

・ガンが克服される
・バイオニックアイによって視覚障害者はいなくなる
・遺伝子編集が可能になる
・精神医療剤が抗生物質と同じぐらい効果がでるようになる
・人工内臓が開発される
・失った歯が再生される

などをあげているそうですが、残念ながら要介護の人がむくりと起き上がって元気に活動をしはじめるということについての医療技術の研究は達成される見込みはないようです。

医療技術の進歩は少し誤った方向に進んでしまっているのではないでしょうか?
実は、最も死ににくいのは認知症の寝たきりの状態です。必要な栄養を摂取して、心臓が止まらないように常に細心の注意が払われているのですから当然です。つまり、死なないようにしているとその行きつく先は寝たきりの状態だということがいえます。ところが、多くの人に、寝たきりになりたいですかと問うと、すべての人がそれは嫌だと答えます。

死なないようにするということと、生きるということは現在ではまったく違う意味を持っているのです。この書籍で紹介している数字を確認してもらうと私の意図する意味を理解してもらえるかもしれません。

なお、老いを克服するという研究に資金が集まっていますからその研究成果に期待するのでもよいかもしれません。しかし、もしその研究で成果がでなかったときにどういうことになるかは考えておいた方がよいのではないでしょうか。

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3ヶ月間の体の変化:骨盤の安定と自覚の大切さ

先日、トレッドミルでジョギングをしている時に、骨盤の動きに違いが生じてきたことに気がつきました。違いを簡単に説明すると、ブレが小さくなって、安定している感触が生まれてきたのです。ちょうど運動をはじめて3ヶ月ぐらい経過した頃なのですが、この3ヶ月という期間は、身体が変化し、それを自覚するためにはちょうどよい期間だなといつも思います。逆にいうと、3ヶ月かけて起こした体の変化は確実で間違いのない変化だと思いますね。

この骨盤の変化ですが、スポーツ選手でいう下半身が安定するという状態を想像してもらうとわかりやすかもしれません。走っていて体のブレが小さくなって上半身が安定したように感じます。面白いのは、ジョギングをはじめた頃に下半身が不安定で、上半身がぶれているという感覚はまったくないということです。

ですから安定しはじめた時に、はじめて自分の体の動きは不安定だったことに気がつくのです。また、より高みを目指すのであれば、もっと早いペースで走っても、長時間走っても安定するようにトレーニングしてゆけばよいのでしょう。

ただ、このような変化は気が付けない人も少なくないだろうと思います。
私の場合は、自分の体の小さな変化に他の人より注意を払っているから気がつけるのです。しかし、ほとんどの人はその変化がわからないので、いくらやっても成果があがらないとか言い出しているように思います。実際、整体で体が変化しているのにその変化に気が付けない人は少なくありません。そういう方の中でも、1年前の自分と比べて今はどうですか?と聞くと、言われてみれば変わっていると気がつける人もいたりします。

ダイエットを例にあげるとわかりやすいでしょうか。
ダイエットというのは代謝と食事の変化を起こして安定する体重を変化させるというのがその本質なのです。ですから、その体質が変化したあとに体重に変化がでてくるのです。ところが、体重がいくら減ったかという点にしか注目していないから、自分の体に変化が起こっている事に気が付けず、成果が体重の変化という形で目に見える状態になる直前で辞めてしまう人がとても多い印象です。

こういうことを知っていると、10日で1kg痩せるといったキャッチコピーの商品が全く意味がないものだということも理解できるはずです。
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不確実な未来を生き抜くための視点: インフラ、経済、教育の未来予想

私はたいていの会話に対応できる程度の広い知識を持っていると自負しています。

ただ知識が広いだけで、全体的に深みがあるわけではありません。しかし、ジャンルを問わず、たいていのことは自身で経験したり、本や映像で学んでいます。最近だと、投資家目線では社会がどのように見えるのかや、事故や災害のその経緯と被害について調べていたりします。おおよそ整体師として仕事をしていれば関わらないことも興味を持って知っていたりするのではないかと思います。それで、整体を受けに来られた人から様々な質問を受けるのですが、その半数は体と健康には全く関連がないと思われる分野のものだという印象があります。


それで、最近、多いのは子育てについての相談だったりします。


「子育てとは、子供を丈夫に育てることです。だから、過保護にはしない方が良いですよ。」


なんていう説明は以前からよくしていました。

しかし、進路だったり、子供の成長に合わせてどう接してゆけばよいかわからないというものが増えているという気がします。


これが私の頃の時代であれば、おそらく30歳までぷらぷらしていて、そこから何かをはじめてもなんとかなったのでしょう。だから、基本はほおっておくのでよかったように思います。実際、私も整体に関わる分野の仕事をはじめたのは30歳になってからで、それまでは普通にサラリーマンをやっていましたからね。


ところが、今、10代の子供の親の立場にすれば、悠長に構えていてはいけないと感じるのではないでしょうか。

陳腐な表現になるのですけど、社会が大きく変わるタイミングにきていると思えます。しかし、その一方で、これから社会がどのように変化していくかを正確に予測するのは困難だといえるでしょう。だから、どうしたらよいのだろうかとあれこれと悩むのでしょう。


私の予測では、それなりの大学をでても安定した就職先があるとは思えません。

運良く就職できたとしても、長期にわたり同じ会社に在籍し続けるのは難しいと思います。10年以上、同じ会社に勤務というのがなくなるような可能性も高い思います。あるとしても大手商社ぐらいではないでしょうか、しかし、そんな会社に勤めて社内の出世抗争にあけくれるような仕事をしたいという人はかなり少数だと思います。


こうなると多くの人は公務員がいいとか言い出すでしょう。

しかし、現在世間で注目されているAIが普及すると、最も不要とされる職種は政治家や公務員になるのではないでしょうか。例えば、私は一昨年に二輪の免許を取得しましたが、免許の発行にはありえないぐらいの非効率的な仕事をしているということを強く感じました。


余談ですが、最近のニュースでマイナンバーの登録作業が役人の手作業、つまり人海戦術で行われていたという報道がありました。今をときめくデジタル庁でこの様子で間抜けな話だみたいに言われていましたが、彼らは自分たちの立場と仕事を守るために個人情報の手入力していたのだと捉えるとちょっと違うニュースに聞こえるのではないでしょうか。こういう具合に、多くの人たちは、これからやってくる流れに徹底的に逆らうだろうと思いますが、行き着く先はその大半は社会から不必要な存在として扱われてしまう可能性が高いと私には思えます。早ければ10年後にはもうそんな社会が訪れているかもしれません。


そうなるとブルーカラー、いわゆる肉体労働が重視されるようになるかもしれません。

その中で、もっと大切なのはおそらく農業になってくるのではないかと思います。しかし、日本の政策は農業を重視しない傾向が強いため、その未来については予測がつきません。確か、種苗法という法律が施行され、農家が販売する作物の種を自家生産することが難しくなるはずです。これは下手をすると、農業が成立しなくなる可能性が高いように思えます。目端の利く農家は農業で自給自足しつつ他の方法で現金を稼ぐという方法をとることになるかもしれません。


こうなった時にもっとも恐ろしいのは食べ物のインフレが起こるかもしれません。

私が以前情報を集めたところ、ロシアではほぼ全ての家庭が自給自足の生活を送れると言われていました。日本でも同様の事態になるかもしれません。だから、ロシアは世界をに回してもウクライナに侵攻できたのでしょう。この状況をそのまま日本におきかえると、都会に住んでいると飢えるかもしれません。戦争中と同じ状況を想像するとよいでしょうか。


また、確かなことは、ほぼすべての水道管が十数年以内に使用不能になるということです。

上水道は使用できない地域が増える可能性が高いです。大阪や京都は特にそうで、実際、100年物の水道管の交換工事に必要な予算が捻出できず、困っている状況です。そこから考えると設置したタンクに水を溜めてそれを生活水として利用している地域があるのですが、都会よりそういう山手の地域の方が住み心地がよいかもしれません。


余談ですが、このような世の中の変化に対応できない人が生活を維持するために必要だと考えられるのがベーシックインカムです。世の中の変化についていけない人はお金あげてご飯だけ保証するからあとは何もしなくていいですよという代物です。すると、もしかしたら学校にいかないでぷらぷらしている人間が勝ち組になる可能性だってでてきます。


また、現在、所得の約50%が税金、健康保険、そして年金として徴収されていますが、この比率が60%に上るのもそれほど遠い未来の話ではないかもしれません。そうなると中流家庭と思っていた人でも生活が成立しない人たちがでてくるかもしれません。大学の学費を払った結果、生活が破綻するという事態になるため、進学をあきらめる人が増えるでしょう。既に、奨学金が返済できずに破産してしまう人が増えているというデータが出てきているようです。


私が把握しているこれらの悲観的な情報をざっくりとまとめてみましたが、これらを考慮に入れて、現在の中学生や高校生、つまり10代の若者たちに対してどのような人生のアドバイスをすべきか、考えてみてください。


私が息子に伝えているのは、


「アメリカでも、オーストラリアでも、ニュージーランドでも、フランスでも、イギリスでも、インドでも、マレーシアでも、世界中何処へ行っても生活できるような人間になりなさい。」


ということだけだったりします。世の中がどう変わるかなんて全く予測がつかないというのが私の判断だからです。


また、私だけの意見かもしれませんが、現状で"手に職をつける"といった発想には違和感を感じています。

何しろ、AIがうまく活用されるようになれば技術や知識の進歩が桁外れに早まる可能性があります。具体的に言えば、チェスの世界チャンピオンに勝利したAIを打ち負かした新型のAIがあるのですが、その新型AIは稼働を始めてからわずか15分後に既存のAIを打ち負かしたとのことです。


そんなわけで、整体師として提供できるアドバイスは、体を常に活力に満ちた元気な状態に保つこと、これが唯一となりつつあるという印象があります。


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美しい姿勢とは?自然で無理のない姿勢の魅力と保ち方について

「猫背だから体の調子が悪いのです。」

とても多くの人が自分の体の不調を猫背のせいにしてしまいます。
しかし、不思議な事に猫背について理解を深めてみようと考える人はほぼいないようです。様々な表現や言い訳はありますが、理由は2つあって、

「猫背になるのは自分の注意や努力が足りないからだ。」
「パソコンやスマホの画面を見過ぎるので猫背になるのだ。」

という事に集約されるでしょう。
そういえば、最近、YouTubeで動画を眺めていたら、

「猫背になるのは足の置き方が悪いのだ。」

なんていう動画があって100万再生ぐらいされていたように思いますが、これだってちょっと言い換えてみれば自身の努力不足にいきあたります。

確かに、この理屈に一理はあります。
日々、姿勢を正して生活をしてゆけばいずれ猫背は解消して健全になれる可能性はゼロではありません。しかし、それを実際に実践できる人というのはいったいどれぐらいいるでしょうか?

私の感覚で答えるのであれば、プロ野球選手を目指すあるいはプロサッカー選手を目指す少年が本当にプロになれる割合と同じぐらいです。インターネットで調べてみたところ、2020年に調査されたデータによると大学生の時点でプロになる事を志望して、実際にプロ野球選手になれるのは0.16%、プロサッカー選手だと確率があがって1.3%程度のようです。そして、その中で10年活躍できるとなればそのうちの4%程度のようです。

つまり、姿勢を正す事を意識して背筋が伸びるようになる人は全体の0.1~1%程度でしかないだろうというのが私の考えです。もちろん、背筋を伸ばす事に関連した研究はありませんから、私の推測でしかありません。しかし、想像するなり実際に試してみてください、1日背筋をピンと伸ばして生活するというのを延々と続けるという事を。ほとんどの人は15分もすれば仕事や用事に集中してしまって姿勢の事などすぐさま意識からなくなってしまう事でしょう。姿勢を正すというのは現実にはかなり難しいということをわかっていただけるはずです。

ですから、姿勢についてはまず根本部分についての考え方を改めることをおすすめします。
具体的に表現すると、

「人は無意識に最も楽な姿勢をする。」

という事です。
つまり、猫背になるのは猫背がもっとも楽だから猫背になるのです。違う表現をするのであれば、よい姿勢を保ちたければ背筋が伸びた姿勢がもっとも楽に過ごせる体になればよいという事です。よい姿勢というのは努力して保つようなものではないのです。

筋力を使って無理矢理体を起こしている様子を見て、それをきれいな姿勢だと感じることはありません。綺麗な姿勢というのは体に無理がない、無用な力がはいっていない状態を意味します。

ことわざを例にあげてみましょう。

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。」

というものがあります。
美しい女性を表現した言葉ですが、この言葉の響きからよい姿勢をとういのを想像するとよいのではないでしょうか。

芍薬はすらりと伸びた茎の先に花を咲かせ、牡丹は別れた横向きの枝に花を咲かせ、百合はしなやかな茎の先に花を咲かせます。それがそれぞれ、立つ、座る、歩く様子を表しているのですが、これらの花が無理をしてその姿勢を保っている訳ではなく、自然な姿だから我々は美しいと感じるのです。努力して無理をしている様子をみて綺麗だとは感じないのです。

綺麗な姿勢というのは、そういう自然な様子なのだという事をまず理解する事が大切です。そして、努力して保つようなものでもないという事も合わせて知っておくとよいでしょう。

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整体における医学的な根拠

私は、医学的根拠がないと指摘される事がありますが、そんなのは当たり前の事です。なぜなら、私は医学者でも医師でもなく整体師だからです。

整体と医学の最も違う点は、

「整体では情動や感情をもっとも重視して、医学は検査結果をもっとも重視する。」

という事でしょうか。
他だと、

「整体では整体師の主観を最も重視して、医学は客観を重視する。」

と、言い換える事もできます。

医学に対して整体師としての主観的な意見を言わせて頂くと、

「医学的な根拠というのは、医学者と医師にとって都合のよい解釈。」
「ちょっとわかった事が増えてきたぐらいで自分が神様になったと勘違いしている連中。」

と言い換える事もできます。
まぁ、ここまでは言い過ぎだとしても、近年の医学者たちは、ホモサピエンスをホモサピエンス以外のものに進化させる事が近いうちにできるようになると主張しています。イカロスやバベルなど神様に近づく事ができたと考えた人たちにどういう事が起こったかを考えれば、また同じような事が起こるのじゃないかと、私などは思ってしまいます。

医学と医学者がこうなってしまうのは、私が整体師としてもっとも重視している情動を完全に無視しているからではないでしょうか。
情動を理解するには牛、豚、鶏などの家畜の生き方を考えてみるとわかりやすいでしょう。牛は牛乳を大量に採取するために乳が大きく改良されている品種が誕生している訳ですが、その大きな乳房のせいでまともに歩けなくなっていたりします。乳首に搾乳機をつなげられてずっと搾乳をされ続けている訳ですけど、牛はこのような生き方に幸せを感じているでしょうか?

豚や鶏も同様です。
豚も鶏も大量に肉がとれるような品種に改良されています。そして、狭いオリの中に閉じ込められてただただ太るためだけに餌を食べて活かされています。それで、ある程度の重さになったら殺されて肉として出荷される訳です。このような豚や鶏の一生は幸せだといえるでしょうか。

牛、豚、鶏には幸福を感じる能力がないと考える人もいるかもしれません。
しかし、家畜となるような哺乳類は人間と同じような喜怒哀楽があるというのは他の学問によって明らかになっています。もちろん我々は人間だから、牛、豚、鶏に世界がどのように見えて、どのように感じられるかというのは決して理解できるものではありません。しかし、間違いなくそのような感情を持っていると考えられています。

海外ではエビやカニの捌き方が法律で決められているというニュースを見たことがあります。
割と大きな話題になっていたので見たことのある人もいるのじゃないでしょうか。エビやカニだって、苦しみを感じる能力をちゃんともっているので、食べる時には苦しませないように締めなければいけないという訳です。日本では、活け作りなんていう刺身の食べ方もありますが、こういう知識をもっている人にいわせれば、

「日本人はなんという残酷な魚の食べ方をするのだ。」

となるのでしょう。

それで、1匹の鶏からとれる肉の量を3~4倍に大きくした品種を開発した人がいます。
その研究者は、

「動物の尊厳を無視しているのではないか?」

と指摘された時に、

「そのおかげであらゆる人が鶏肉を安価で食べることができるようになった。だから私は社会に大きく貢献した。」

と自身の開発を誇ったとかなんとか。

さて、家畜だからこんな妙な話になるのだと思うかも知れませんが、最近は、

「人生100年の時代。」

なんて言われている訳です。
おそらくこれは平均寿命が100歳になるという事であろうと思われます。

令和元年の寿命に関するデータをみると、

平均寿命 男性 81.41歳
       女性 87.45歳
健康寿命 男性 72.68歳
       女性 75.38歳

というものでした。
人生の長さの10%が何かしらの疾患を抱えており、その大半は介護を必要としている状態なのではないでしょうか。

さて、この平均寿命が100歳になった時に健康寿命がどのような数字になっているかについては何ら説明がないのが現状です。都合の悪い事について何も言わないのは客観的な意見を述べる人たちの典型的な傾向だと私は感じています。

そのあたりに配慮をしてか、

「老いは病気だから100歳まで老いる事がないようにできる。」

なんていう事を主張している医学者も存在しています。
もし、仮にこれが実現した時に、我々の情動にはどのような影響を与えているでしょうか?もしかしたら、100歳という健康寿命を達成するために、檻の中だったり、タンクのようなベッドに押し込められて一切の活動を禁止されているかもしれません。さすがにそれだとまずいと思う人が多いでしょうから、脳に直接情報を送ってずっと幸福に暮らしている夢をみさせられているかもしれません。

イメージできないのでしたら、マトリックスという映画のネオを思い出してみるとよいでしょう。
コンピュータ技術者としてそれなりに幸福な人生を送っていましたが、それが夢だと気がつくというのがマトリックスという映画のはじまりです。

そのような状態で生き続ける事が幸せだとは思わないのが、情動を最も重要だと考える整体師としての私の立場と考え方です。

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