ブログ「日々整体」

首長族をみて思うこと

「首長族が首を長くするのはなぜか?」


ある方を整体しているときにふと気がついたのです。
首長族というのはミャンマーの山間部で生活している人たちで、そこ女性たちは首を長く見せるために幼いころのより首輪をまいているので首長族と呼ばれるようになったようです。知らない人の方がすくないでしょうから詳しい説明は省いておきましょう。


で、ちょいと最近ちょっと気に入っている漫才師たちにならってヤホーで調べてみたわけです。
で、ぱっと目についたのは世界のナベアツにならってかどうかしりませんが、世界の治療家を名乗っている人がいるようですね。彼女たちは肩が凝るのかということを実際にミャンマーにいって確認してきたそうです。で、彼女たちの方を揉んできて喜ばれたんで、


「首長族は肩が凝っている。」


という結論を出していました。


彼女たちが首を長くするのは、彼らの部族なのか集落なのかはわかりませんが、その地域に住んでいる人達には首の長い女性が美人であるという認識があるそうです。で、実際に、長い首の女性はお金持ちのところへ嫁入りできるそうです。


彼女たちの首に何が起こっているのか?
この事を実際に研究した方がいたそうです。で、その研究結果では、


「首が伸びているのではなく肩が下がっている。」


という結論をだしたそうです。

で、こういう事を踏まえてちょっと考えてみたわけです。


首が長いといことから真っ先に思いつくことは、人間の生命力は首に反映するということだったりします。生命力の強い人は首が太くなるし、長生きする人は首が長い傾向があるそうです。そこから考えれば、


「首長族の女性たちが、首を長くするのは、自分が健康で長生きであることのアピールである。」


という答えがすぐにでてきます。
理由については諸説紛々あるようですが、おそらくこれが正解じゃないですかね。このような習慣には必ずこういう理由があるもので、体の事を理解してから考えるとたいていの場合、理解が容易です。


で、こういう事を理解してもらうためにちょっと大きめに話をそらします。

習慣というのは体からくると考えると、こういうのは探していけばいくらでもみつかります。
中世あたりのヨーロッパだと、女性は肩から胸が大きくひらいたドレスを着ていました。女性らしさや美しさのアピールなんだろうと思いますが、心臓や肺のしっかり働いている人でなければ着こなせない服だといえます。心肺の動きが鈍いと胸が薄くなってしまうし、そういう人が肩をだしているとすぐに風邪をひいてしまうからです。

女性からすると、まず胸に興味をもつ男性に嫌悪感を持つのかもしれません。
でも、男性が胸の大きな女性に魅力を感じるのは、その女性の心臓と肺がしっかり働いているとうのを本能的に感じ取るからなんだろうと思われます。ようは健康な女性を魅力的だと感じるわけですね。

これは整体をしているとよくわかりますね。
女性は健康になるにつれて美しいと感じるスタイルに変わっていきますから、


「あぁ、この人の本来の形はこんなだったのか。」


と思うことなど日常茶飯事です。
ついでにいうと、それにつれて表情もかわってきます。女性は愛嬌なんていう言葉がありますが、愛嬌のある女性は健康だということがいえるのだろうなぁとそんな風に思ったりもしますね。


また、体の部位で首と呼ばれる場所は非常に重要です。
手首、足首、首は健康状態がストレートに反映していて、健康な人の手首、足首、首はきゅっと引き締まっています。そして、ここは女性がアクセサリーを付けることが多い部位でもあるわけです。
たまに、


「キュと引き締まった足首に魅力を感じる。」


とかいう男性がたまにいますが、こう考えれば説明ができるわけですよ。


男性でも腕時計をつける事を好む人がいるのは、自分の手首が引き締まって見えるようにしたいからなんでしょうね。高い腕時計を身につける人がいるのも、手首のアピールであると考えると納得できますね。今の日本で生活していて、時間がわからなくて困るなんていうことはまずないのですから。自分を格好良く見せるという事は、自分が健康であるということのアピールでもあるわけです。


こういうのをあげていけばキリがないぐらいにまだまだでてきますが、ここで首狩り族の話に戻しましょう。


彼女たちが首を長く見せるのは、自分が健康で長生きする人間であるということのアピールといっていいと思います。この地域では、そういう女性を家庭に迎えることが幸せな生活に繋がるという気候風土があるのでしょうね。ここまで極端なアピールを必要とするということですから、生活にはかなり厳しい環境、半端に元気なぐらいでは駄目なんじゃないでしょうかね。狩りで生計をたてていた部族らしいので、何日も獲物がとれないなんていうことも珍しくなかったんじゃないかと。


また、首が長くみえるのは肩が下がっているからだということについてです。
肩が下がることにメリットがあります。怒り肩なんていう言葉がありますが、これは怒っているときに肩があがるのですが、これは逆でも同じことがいえて肩が上がっているとすぐに怒ってしまうようになるわけです。つまり、肩が下がっているのですからこれの逆の事が起こるわけです。

肩が下がることで穏やかな気性になるわけですね。
先述したように、過酷な環境で生活している人たちなわけですよ。そういう環境で穏やかな気持で家庭を支える存在である事が女性に求められたわけです。


肩が下がっていると肩がこると思うかもしれませんがそれはないだろうと思います。
そんな無理矢理下げているはずがないんですよね。何しろ、過酷な環境で温かい家庭を作ることを求められるわけですからね。見た目が変わっているから、なんかおかしいはずだという発想は、短絡的すぎるだろうと思えます。

直感的にではありますが、写真をみている感じじゃ肩こりを感じるような人たちは少ないとおもいますけどね。まぁ、個人差がかなりあるでしょうけど。
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自分のセンスとカンを信じよう

「学校給食にステーキを!」


なんていっている人をテレビで見かけました。
どんな人かというと、どっかの市会議員に立候補している方でした。で、その選挙のポスターに、


「学校給食にステーキを!」


と書いてあったわけです。
バラエティ番組だったので、変な人が選挙にでていますみたいな紹介のされ方でした。ただ、なぜこんなキャッチコピーにしたんですかという質問に対して、


「世の中を変えるにはまず子供から変えないと。で、給食にステーキを出せば子供が元気になって世の中が変わると思うんです。」


なんていっていました。


で、これを聞いた私は案外それはありだなぁと思ったわけです。
一見、突拍子もない事をいっているように感じますが、ちゃんと理にかなった事をいっているわけです。その手段として、給食にステーキを出すというのは一考の必要はあると思いますけどね。ただ、テレビで話している感じからすると、


「この人は、ステーキにこだわるような人ではないだろう。」


と、感じられました。
まぁ、実際に会って話したわけじゃありませんから大きな勘違いかもしれませんけどね。
おそらく彼は、


「子供たちをまず元気にしよう!」


と考えてそれを実行しようとしたのではないだろうかと。
ただ、それを彼流の言葉で説明した場合に、


「給食にステーキを!」


ということになってしまったのではないかと思われます。
こういう人は、頭の中にある考えや思いを通訳してくれる人がサポートにつくととんでもない成果をあげたりすることがあるんですけどね。


スポーツで才能を発揮した著名人なんかにはこういう人が多いですね。
巨人軍の長嶋茂雄さんなんかがいい例でしょうか。長嶋さんぐらいになると言葉の意味はよくわからんのだけど、なぜか真意が伝わってしまうなんていう事があったりしますけどね。あと具志堅用高さんなんかも、何をいっているのかわからないので笑いに変わってしまうことが多いのですが、彼の天才的なセンスを凡人が理解するのが難しいせいでそうなってしまうだけというのが本当のところだろうと思います。


で、こういう人たちってそれほどいないように思うかもしれませんが、そこらへんにゴロゴロしていたりします。ただ、気の毒な点があって、こういう人たちはいつも、


「よく考えてから発言しろ。」


なんていう具合に馬鹿にされたり、注意されたりする事が多いのです。
それぐらいだったらいいのですが、そのせいで自分本来の生き方や考え方ができなくなってしまって体を壊してしまっている人が多いのです。


本当は飛び抜けたカンとセンスの持ち主なんですけどね。
そういう才能は、考えている事を言葉にして相手に伝えるのとはまったく方向が逆の性質だったりします。つまり、センスのいい人ほど小馬鹿にされることが多いといっていいでしょう。


なぜ私がこういう事を偉そうに語っているかというと、こういう性質は骨格にでてくるからです。
だから、


「よく考えてからしゃべろとかよく言われるでしょ?」


なんて私がいうと、


「そーなんですー!」


っていう返事が帰ってくるわけです。

こういう人たちの特徴は、初めて会った人でも第一印象でいい人かどうかがわかります。
ただ、それを


「なんでそう思うのだ。」


と質問されたってうまくは説明できませんしする必要もありません。
先に述べた通りそういう事を言語化する才能をもっている人はまったくこんなカンが働きませんからね。で、そういう人はこの人と知り合いになっていれば損か得かみたいな事で人を判断するから、カンを働かせた人に、


「もっと考えて発言しろ」


とかもっともらしくいうわけです。
で、ついでにいうとそれは体にいいとか悪いとかあれこれ能書きやうんちくを語り始めるわけです。

初めてあった人がどんな人か直感的にわかる人はそのカンを大事にしましょう。
うんちくを語っている人がいかにもっともらしいことをいっていてもそんな内容は聞き流しておいて問題ありません。体の調子が狂ったときもその時働いたカンの通りに行動していればたいていはすぐに元気になるはずです。
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天海祐希の生き方を表現した言葉

「老いは股関節から来る!」


と、テレビでいっていたのは、天海祐希です。
最近、気難しい学者の妻を演じた映画が公開されたそうです。そのPRのためのインタビューでこんな事をいっていたのです。さすが、飛び抜けた実力を持つ女優は奥行きのある言葉をさらっというなぁと思いました。ちなみに、私が彼女の存在を認識したのは女王の教室というドラマで、よくもまぁ、こんだけ怖い人を演じられるものだと思ったものです。


ただ、残念ながら彼女は老いというものの捉え方を間違えています。
胸椎11番が変化することが老いというものだからです。股関節は老いに無関係ではありませんが、年をとっても股関節の柔らかい人というのはいくらでもいるのです。そういう人でも長く生きていればちゃんと老いてゆきます。


どうしてこうなるかというと、彼女はどうも


「老いと衰えを混同している。」


というわけです。

多くの人にとっては、


「股関節からはいったい何がやってくるのか?」


と言葉をつなぐとわかりやすいでしょうかね。
実は、股関節の動きが悪くなると、体が衰えはじめます。わかりやすくいうと、内臓の働きが全部落ちると思っておくといいでしょう。


演技にとって股関節の可動範囲というのは非常に重要です。
だから、天海祐希という人の場合、演技ができなくなるということが老いと考えているように思われます。そう捉えれば彼女にとっては間違えていないというか、演技ができなくなったときが天海祐希という女優の人生が終わるときだと。そんな彼女の生き方、考え方を表現した発言なんだろうなぁと、そんな風に私には感じられました。
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まったく意味のない内容です

生物の進化についての考え方というとダーウィンの進化論しかしらない人が多いようです。
進化についての現在の考え方はダーウィンの進化論ではうまく説明できなくなっていると学者たちは考えているようです。ただ、テレビなんかをみていると未だに、


「生物はゆっくり少しづつ進化してきた。」


なんて説明されていたりするわけです。
まぁ、これは戦前頃と今の日本人の変化をみていると直感的にわかる人もいるのじゃないですかね。わずか数世代で同じ国の人間とは思えないぐらい変化していたりします。野生の動物なんかでも2~3世代で変化がでているものが観察されていたりもします。


私は恐竜の化石の展示なんかにいくのが好きです。
すると、今、考えられている恐竜の姿は私が子供の頃にみた図鑑の恐竜とは姿がまったく違ったりします。子供の頃は恐竜に羽毛をもっていたなんて考えはまったくありませんでしたね。

恐竜については、ティラノサウルスなんかはいったん走れなかったとか言われだしていましたね。
骨格から運動能力を考えるととても肉食恐竜とは思えないような能力しかないという結果がでたようです。で、ティラノサウルスは死体ばかり食べるスカベンジャーだったとか言われている時期がありました。

他で言うと、マスター・キートンというマンガの主人公は考古学者なのですが、学校の教科書をみて、


「石器時代の教科書ですね。」


といっていました。
4大文明があった時期にはほかに少なくとも10ぐらいの文明が見つかっているのだとか。普通に生活をしていると、学校で習った事に疑問を持つ機会というのはあまりなかったりします。ただ、学校の教科書だと省略されていたり、いまでももうかなり考え方が変わっているということがかなり多いわけです。


で、ここまで書いて気がついたわけです。
書き始めてみたら、これは


「俺はこんな事を知っているんだ!」


と自画自賛したいという気持ちがでてきて書いてしまっただけのものだということに。普段なら、消してしまって要点だけ残すのですが、まぁ、たまには残したっていいだろうとそういう気になったのです。


で、本当は進化にからんでちょっとまとめてみたいテーマがあったんですが、大きくそれたのでそれはまた別の機会にしておきましょう。
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1分1秒でも長く生きたい人へ一言と休みのお知らせ

ちょっとでも長く生きたいと思うのでしたらその方法は簡単です。
ちょっと振り返って考えてみれば誰でもすぐに気がつくと思うのですけどね。


一言でいっちゃうと、


「寝たきりになって動けなくなった人ってなかなか死なない。」


たったコレだけのことです。
実際に介護をしている人なんかだとピンとくるものがあるんじゃないですかね。まぁ、もうちょっと的確な表現をすると人間は元気がないと死ねないということでしょうかね。


まあ、こういう言い方をすると角がたつこともあるかと思いますので、


「ぽっくり逝きたかったら元気がないと無理なんですよ。」


と言ってますけどね。


死ねない状態の人の世話をするのはなかなか大変なようです。
介護するのが辛くて心中したり、殺してしまったり、自殺しちゃうような人がでているわけです。表にでてくるのもそれほど珍しくない印象がありますから、実際にそういう事が起こっているのは日常茶飯事になっているのじゃないでしょうかね。


ある程度年配の人と話をしていると皆、


「介護されるようには絶対になりたくない。」


といっているんですが、やっている事は全部逆だったりします。
つまり1分1秒でも長生きしようとしているのです。世間で健康のためにいいと言われている事は私らみると要介護一直線だと感じるものが多いですね。そんな人には、


「元気に生きてぽっくり死にたかったら、無駄に生きてないで早く死ね!」


と話していますね。



なお、3月1日木曜は休みにしました。
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