ブログ「日々整体」

日本国民皆松岡修造化計画

今日、日本は未曾有の危機に直面しているのであります。
どういう危機かというと、日本国民は気力、体力にあふれ常に意欲的に活動している松岡修造のような存在でなければならないのですが、大半の日本人は松岡修造には程遠い存在なのです。

それを確認するためには、我々がこうあるべき日々の生活がどのようなものかを考える必要があります。

我々日本人の生活は、布団から目を覚ますところからはじまります。
目が覚めるときには、さっと布団から抜け出し颯爽と活動を開始しなくてはいけません。あと30分などとといってまどろんでいることなど許されません。十分な睡眠時間を確保できないことなどあってはいけませんし、眠りが浅くなって寝覚めが悪い事などもあってはいけないことなのです。

起きれば、すぐさま着替えて運動をしなくてはなりません。
適度な運動をこなすことは、日本国民には必要不可欠なことです。運動が苦手だとか、嫌いだという泣き言は許されません。健康で幸せな生活をおくるためには、絶対に必要です。また、運動が終わったらクールダウンのストレッチも欠かしてはいけません。固くなって動かない体では実りある生活などおくれないからです。

運動が終わったら朝食です。
朝は食欲がわかないから食べないなど、あってはいけないことです。また肉、野菜などをバランスよく摂取しなくてはなりません。しかし、今日の食卓では必要な栄養が不足しますから、不足分はサプリメントなどの栄養補助食品で補う必要があります。そうやって十分な栄養を摂取しなくては人間が活動的になれることなどありえないのです。

朝食後はトレイに行く必要があります。
日本人は毎日快便でなければなりません。でにくいとか、ゆるいなんていうことはあってはいけないことですから、乳製品を摂取したり、薬で調整して毎日の快便を保たなくてはいけません。

快便のあとは、意欲をもって勉学、仕事、家事に励まなくてはいけません。そのためには疲労回復を助ける食品、薬品を積極的に摂取しましょう。


今、テレビや雑誌でいっている事はこんな事ばかりです。書いていてバカバカしくなってきたのでこの辺で辞めておきましょうかね。


あと、実は松岡修造はプラス思考でどうこうという発言を一切していません。
例えば、空から爆弾が降ってきたとしましょう。


「あの爆弾は私のところには落ちてこない、落ちる直前でどっかに飛んでいくか、消えてなくなるにちがいない。」


そういう風に目の前の出来事をプラスに捉えて、前向きな気持ちで日々生活すれば元気になれるというのでしたらやってみればいいと思います。松岡修造なら爆弾が落ちてきたら走って逃げると私は思いますよ。
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顔を赤くしようとしてもできんでしょ

人前で、ちょっとした間違いをしたとします。
それがとても恥ずかしかったので、顔が赤くなってしまったとしましょう。この顔を赤らめるというのは自律神経の働きによるものです。それで、


「恥ずかしいのは嫌だから、顔が赤くならないようにしたい。」


なんて考えてもそんな事はできません。
恥ずかしいという気持ちを持ったときに体がどういう反応をするかは人それぞれでしょうけど、顔が赤くなってしまう人は恥ずかしいと感じた時には顔が赤くなってしまいます。水分が不足すれば喉が渇くし、栄養が不足すればお腹が減ります。喉の渇きを感じない、お腹が空かないようになりたいなんていってもなれません。まぁ、一部の変わった人はなったりするみたいですが私に言わせれば人間辞めちゃっているという分類に入ってしまうのであまりおすすめはしません。


「そんなミスなんか笑い飛ばせばいい。」


そんな事を言われても恥ずかしいと感じるのを止めるのは無理です
自分に自信がないとか、格好つけようという気持ちが強いとちょっとしたミスや間違いを恥だと考えてしまう傾向が強くなるとかいいますけどね。言い方を変えれば、恥をかきたくないという人ほどミスをした時に、顔が赤くなりやすいわけで、顔が赤くなるのが恥ずかしいと思うからますます赤くなるのですから、どうしようもなくなります。


で、そうならないようになりたいなんて本気で思うのでしたら、どっかのお寺で滝に打たれて修行でもしてみるしかありません。苦しい修行をしたら、


「人間は生まれてきたときは裸なんだから裸を恥じる必要ない。」


なんて具合に、裸で街を歩いても平気になるかもしれません。
でも、裸で道を歩けても、足下に転がる石につまずいてしまったら、それを恥ずかしいと感じてしまうかもしれません。そうしたら、やはり顔は赤くなってしまいます。自律神経の働きをコントロールするなんてのは無理なのです。


逆に、考えればもうちょっとわかりやすい人もいるでしょうか。


「顔を赤くしてください。」


と言われたってできる人はいません。
もしかしたら優秀な役者になればできるかもしれません。台本に、


「恥ずかしい気持ちがいっぱいで顔を赤らめる。」


なんて書いてあってそれを実際にできるぐらいの実力を持った役者であれば可能でしょう。でもこれだって、恥ずかしいという気持ちになりきるからできるわけで、恥ずかしくもないのに顔を赤くすることはどんな素晴らしい役者にだって不可能なのです。


さて、


「自律神経の働きを整えるにはどうすればいいんですか?」


と聞かれたら、私は、


「寺にこもって3年ぐらい滝に打たれて修行してください。」
「どっかの劇団にはいって演技の稽古をしてください。」


なんていう返事をするわけですが、それを聞いて怒り出す人がいます。私はまじめに一生懸命に真摯な気持ちで誠実に答えているのですがそれが伝わらないのですから、なんとも悲しい事ですね。


自律神経の働きというのはあまのじゃくです。
恥をかきたくないという気持ちが強ければ強いほど顔が赤くなります。恥はかき捨てだなんて考えている人は恥ずかしいという気持ちは沸いてきませんから顔が赤くなることはありません。でも、そんな事を毎日念仏のように唱えていても恥はかきすての境地に至ることなどほとんどの人には無理でしょう。緊張をしないようにしようと思えば思うほど緊張は高まります。心を落ち着けようとすればするほど気持ちが高ぶってきますし、寝ようとすればするほど興奮して眠れません。


「深呼吸をして気持ちを落ち着けましょう。」


なんて言う人がいますけどね。
ドラマや漫画なんかだとたまに武道の達人なんかがこれをやっていますけど。達人クラスになってはじめてできることで、それを傍から観察して、


「深呼吸して気持ちを落ち着ければいい。」


なんて言葉での説明を聞いたからってそれが誰にでもできるわけがありません。
耳鳴りだって、めまいだって、動悸だって、理屈と原理がわかれば止められると考える人が多いのですけどね。仕組みを理解すれば止められるようなものでもありません。顔が赤くならないように努力すればするほど赤くなってしまうのですから当然の事といえます。
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妖怪と自律神経と

ゲゲゲの鬼太郎は、水木しげるの創作ではありますが、彼の中では世の中の真実を描いたものじゃないでしょうか?


「自律神経が悪いのです。」


なんていう人がたくさんやってきますが、体の不調の半分ぐらいは、無気力で怠惰な生活だったり、大事な事をあとまわしにしているせいだったり、くさいものに蓋をしているせいです。だから、今度から私の自律神経はどう悪くてどうすればよくなるんですか?と聞かれたら、


「妖怪のしわざです。」


と答えることにしたら面白いかなとふと思いました。
あながち的外れでなかったりします。鬼太郎をみていてどういう人間が悪い妖怪に騙されたり、取り憑かれたりしているか考えてみればいいでしょう。妖怪を祓うのと同じように、体の不調を整えたければ、たいていの場合、生活態度だったり、考え方をまず正してゆかなければいけません。


水木しげるはずっと妖怪を探していたそうですね。


「かっちかちやでー。」


というギャグはご存じでしょうか。一時バラエティ番組でよくみかけたザブングルというコンビのお笑い芸人のネタです。


「悔しいです。」


の方が有名かもしれませんね。
水木しげるはテレビ局でザブングルに出会ったときに、


「おったっー!」


と大声をあげたそうです。
言われてみれば、ザブングルの加藤という人は妖怪としか思えないような顔をしています。ずいぶん前に聞いていた話なのですけどふと思い出してインターネットで顔を確認してみました。すると、水木しげるの発見が真実だという事に気がつきました。


ザブングルのボケ担当加藤歩さんは、頭部に打撲の跡があるのが明らかです。
名指しで、


「あの人の体悪いで。」


みたいな事をいうのはちょっと問題がありますけど、妖怪ならば仕方ないとご容赦願いましょう。ただ、彼は悪い妖怪じゃないですから、顔かたちをみればわかるというだけにとどめて詳しい説明は省きますね。

もしかしたら生まれつき頸椎に問題があるという可能性もありますが、その場合だと子供の頃にアトピーだったり、喘息だったりの傾向があったのじゃないでしょうか。その場合、写真でみた感じだとたぶん後者かなぁとは思えますけどね。


歩という名前で、自分の顔が将棋の歩の駒と似ている事を形を自虐する事があるそうですけど、自分の弱点ともいえる身体的特徴を活かしてネタを考えているといえます。生まれが1974年で私とほぼ同年代だと思うと、そろそろあちこちにきつめの不調を感じ始めているのじゃないかと思われます。まぁ、若い頃から頭痛もちで、肩やら首やらのこりがきついとかいっていただろうと思いますけどね。最近はテレビではみかけなくなったので、元気にしているのか知りませんが、勢いがなくなっているのでしたら体が辛いのじゃないかと思われます。

驚きなのはそれをぱっと見で見破った水木しげるですね。
今の世の中じゃ、自律神経のせいですみたいに言われていることは、一昔前じゃ、


「妖怪の仕業です。」


といわれていました。
ずっと妖怪を探していたという事もあるでしょうが、やはりヒット作を生み出すような人の感性というのは半端なものじゃないということでしょう。

なお、もしかして私のみたてが大外れだとしても、それはきっと妖怪の仕業です。私は何にも悪くないということはご了承ください。



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新規の方の受付ができない状態です。

私はゴルゴ13の心境が理解できる数少ない人間の一人です。なぜなら、電車のホームでは常に突き落とされるのを警戒しているからです。

先日、阪急電車のホームにいたときのことです。
電車の乗り口に列があったのですけど、なんか妙な並びになっていました。で、そんな変な列に並ぶのが嫌だなぁと思ったので何にもないところへぽつんと立っていました。するとなぜか私の後ろに列ができていました。こういうときには、常日頃している嫌みや皮肉をもうちょっと控えておけばよかったなぁと思いますね。どこでどんな恨みを買っているかわかりませんから恐ろしくて仕方がありません。


列に並ぶ事がすごく嫌いだったりします。
スーパーやコンビニのレジで行列ができていたり待たされたら商品を返してほかの店にいきます。銀行のATMを利用するための列などは人生において一番無駄な時間であろうと思いますね。



自分には行列を作る傾向があると感じることがあります。
閑散とした喫茶店だからゆったり食事ができるだろうと座ると途端に客で溢れかえったり、屋台のたこ焼き屋では誰もいないからと私が注文をはじめると後ろに何人も並び始めたりします。

他人の評価を気にしないで自分で善し悪しを判断するからかなんて思ったりもします。
ただ、この考えは自分を過大評価しすぎでしょうかね。単に空気を読まないで自分の好き嫌いで判断するから、自分の周囲に極端な状況が生まれやすいというのが正解に近いのではないかと思います。

で、その流れで自律神経の事を考えてやっていこうと考えたわけですけどね。
一応、世間でよく謳われている骨盤がどうとか、骨を動かしてどうこうみたいな事も教わったのですが、実際にやってみたら、


「これではダメだな。」


という事をすぐに感じました。
で、目の前にやってくる人の様子をみながら、あーでもないこーでもないと考えながら淡々とやってきただけなんですけどね。

そんな大層な事をやっているつもりはないんです。
しかし、今朝の時点でだいたい3週間先まで予約が埋まってしまっていて、新規の方の予約受付ができない状態です。

自身の不摂生とか考え違いを私になすりつけて楽になろうと泣きついてくる人を、


「半年後ぐらいにまた電話をかけなおしてください。」


と冷たくあしらう事には何も感じないのですが、誠実そうな困っている人に対して、


「いまは受け付けられませんからまたかけ直してください。」


と断らねばいけないのは、ほんのちょっとだけですが心が痛みます。


この事は前にもどっかで書いたような記憶があるのですが、自律神経というワードに注目集まってしまっているように感じています。いってみれば、テレビ放送で、


「バナナを食ったら痩せる。」


なんていう番組が放送された直後のスーパーの野菜売り場みたいなものです。
そうだと思って今の自分を俯瞰してみると、ゴルゴ13だけでなく、テレビ番組のせいで荒らされたスーパーの青果売り場担当の気持ちまでわかるようになったようです。いろんな人の気持ちが理解できるようになる事が人間として成長するということではあろうと思いますが、知る必要もなければ興味もまったく沸かない人の気持ちがくみ取れるようになっても器が大きくなれたような気がまったくしませんけどね。


そんなわけでしばらく新規の方の受付は基本できない状態です。
さしあたっては私が1日に整体できる人数を増やすしかないのだろうなぁとは思いますが、無理をしても仕事の質が下がってしまいますし、質を維持しつつ量をこなせるようになんてのはそう簡単にできることでもありませんからどうしたものでしょうかね。
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整体師が音楽家に口出しする話

整体という仕事ですが、音楽に関わる人に偉そうに口を出す機会が増えてきます。
私が音楽に詳しいかというと全く知りません。楽器の演奏はできませんし、歌は歌えなくはないですが音痴ではない程度でカラオケで気持ちよくなれるぐらいでしょうか。


でも、偉そうに口をだすと案外受け入れられる事が多いのです。
そして、口出しした内容を実践してみたら本当に演奏がよくなったなんて言われることがあります。なんで音楽の経験のない私のアドバイスが適切なことがあるかというと、歌とか演奏というのは、効率的に体を使えたときによい演奏ができるからでしょう。

もうちょっと付け足すなら、よい音がでていれば体を痛めて壊すこともありません。
楽器というのは体を効率的に使えた時にもっともよい音がでるはずです。楽器なんて、何百年も前に形が完成しているわけで、それがどういう事を意味しているかと考えみてください。だから、演奏していて体を壊すという事は演奏技術に難があると言えます。簡単にいうなら余計な力が入っている演奏を長くやっていれば体を痛めてしまうわけです。

余談ですが、ピアノで腕や指を痛めた人が集まる演奏会なるものがあると最近聞きました。
そこへ参加している人たちには気の毒な物言いになりますが、演奏技術に難があるからそういう状態になっていることは明白だと思えます。いずれそういう方の体の状態をみることもあるでしょうから、その確認の機会待ちですけどね。

書いていて思い出しましたが、数年前までこられていた人に難聴になって片耳が聞こえないというピアニストがいました。当時はどうしてあげればいいかかわかりませんでしたが、いまならちゃんと解決してあげることができるかもしれません。


話を元に戻します。


体を上手に使うにはこうするのがいいというのが私なりにあるわけです。
それになぞって考えると、演奏をするときには手をこうやって使うし、足はこういう状態で立つし、座る時の姿勢で大事なポイントはこうだとか、のどはこうやって使うはずだよということがを説明できるわけです。

体の調子を悪くしてやってきた音楽家の人たちに、


「たぶん演奏の時にはこういう体の使い方をしていてそれで体を壊しているはず。」
「演奏が上手になれば体はよくなってくるから、こういう事を意識して演奏してみて。」


なんてアドバイスをして、それがうまくはまったとき私は最もほっとしますね。
関わった方がよい音を出せるようになって嬉しいという気持ちがないわけでもないですが、おそらく私が考えていること、やっていることが間違いではなかったということが確認できるからでしょう。

私は自分のやっていることに自信をもって取り組んではいますが、私が間違えていると関わった人の人生を台無しにしてしまう可能性があります。
だから、


「本当に自分は間違えていないのか?」


私のような人間でも、こういう不安を日々抱えているみたいですね。
どうもこんなことでもなければ私はなかなか安心するということができないようです。これは自分でもちょっと驚く心の動きだったりします。おそらく、あまりにも大きな世間と自分のずれの事を思うとこういう感情を抱えないでいることはなかなか難しいのでしょう。


スポーツなんかでもうんちくはいくらでも語れますけどね。
ただ、スポーツをやっている人は筋肉を崇拝すること神のごとしなのでたいてい聞く耳がありません。運動ばかりやって頭の悪い人の事を脳みそ筋肉、略して脳筋なんていいますが、スポーツの世界は脳筋の人が圧倒的に多いようです。芸術関連の方が視野が広く柔軟性をもった人が多いようで、話が予想以上に会話が盛り上がったりすることがありますかね。


さしあたって、毎日チョコレート食べなきゃやってられないみたいな体の状態になっていればよい音は出せなくなっていると思っていいでしょう。ただ、演奏の面白いところは実力ある指揮者がいたりすると奏者の実力以上の演奏ができてしまったりするところがあるということでしょうか。このあたりの事についてもちょっと語ってみたい気もしますが、それは整体の領域を超えているような気もしますから今は辞めておくのが無難ですかね。
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