ブログ「日々整体」

整体において大事な事

今朝のことですが、私にある悩みが生まれました。
通勤の途中なのですが、『放課後クラブ』という看板を出した事務所があるのです。以前にも見かけて似たようなことを思ったのですが、その時はそれほど重要な事だとは思いませんでした。ところが、今朝、その看板を見かけて、


「アダルトビデオのタイトルみたいだな。」


と思ってしまいました。
こんなことを考えてしまうという事は、もしかしたら私の人間性に大きな問題があるのかもしれません。

最近、仕事をしていてちょっとまずいなと思える出来事が頻繁に起こっています。
起こっている事は想定の範囲内なのですが、起こらないように対策していたのに実際に起こるのです。それはもしかしたら、某事務所の看板をみて、あまり品のよくない想像をしてしまうという私の人間性に由来するものなのかもしれないわけです。

こうなってくると私はある選択を迫られてしまうわけです。
1つは、品行方正、誰にでも優しく丁寧に接する人間に目指すこと。もう1つは、ジャックナイフと呼ばれるような人間になること。前者は、たぶん無理だから後者になるしかないなぁと、そんなことを考え始めています。

私自身は、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いというニュートラルというか、フリーな状態でいることを望んでいるのですが、どうも世間がそれを許してくれないのですから仕方がありません。ただ、ダークな方向にいってしまうと、想定される私のセリフが、


「耳鳴り?止めてほしくば3000万円払え!」


みたいなものになってくるから困ったものです。
手塚治虫の漫画ブラックジャックの主人公は高額な報酬を要求する無免許医ですが、彼がお金を必要としているのではなく、どうも患者を治すためにはそれだけの支払わせる必要があるのだという事がわかったような気がしています。ブラックジャックのジャックは男という意味からとっていますが、ナイフという意味も含めているのかもしれないなぁと。



さて、今の世の中では、


「親切にされるのが当たり前だ。」


と考えているとういか、染み付いてしまっている人の方が多いのかもしれません。ところが、私が一人で仕事をやっている理由は、気に食わない人がやってきたときに、


「あんたは胸糞悪いから帰れ!」


といつでも言えるようにするためです。
これはきちんと整体をするために必要なことだったりします。まぁ、こんな言い方をするとちょっと角がたってしまうのでちょっとまるめた言い方をすると、


「私は、私がうまく整体できるであろう人だけを選んで仕事をやっている。」


ということです。
そういう仕事をするためには、いくつかのポイントがあるのですけど、その最初のポイントになるのがその人は私が好意をもてる人物かというものです。私自身がそんな大層な人間ではありませんから、別に、そんな立派な人間であってもらう必要はありません。


整体というのは体に触れる仕事です。
この触れるというのは、多くの人が思っている以上に体に非常に大きな影響を与えます。でも、ただ触れればいいというわけではありません。

例えば、満員電車の中で私が女性の体に触れたらどうなるか?
女性の体には拒否反応が起こるから嫌な感触と記憶が残るだけで、何らよい影響を与えることはないでしょう。いくら私が、


「私が体に触れれば体の○○な問題が解決するのだ。」


とか主張をしても耳を貸す人はなく、私は逮捕されてしまうはずです。


これは逆でも同じ事が起こります。
当院にやってきた人でも、私が好意を持てない、とてもじゃないけど親身なることができないなんていう人がいるわけです。先日、やってきた私に対して見下した態度と物言いをする人なんかがいい例でしょうかね。


「私の発言など、とるになりたい、くだらない。」


と思えるような別の大先生が身近にいるならその先生にお願いしたらいいはずなのです。
まぁ、大先生は自律神経については専門外なんでわかりません、なんていい加減なことをいうから、本人にその自覚がなかったりする事が多くてタチが悪いのですけどね。


しかし、その人の意図や考えはどこにあるかは別として、


「この人は私を馬鹿にしているな。」
「この人は私の話を理解しようとしていないな。」


と私が感じてしまった瞬間に、私はその人の体にはなんの影響も起こせなくなってしまいます。
痴漢された女性には何も変化が起こらないのと同じ理屈で、私がその人を拒否する気持ちが湧いてしまったら私はなんの変化も起こせなくなってしまうわけです。そうなってしまったときには、時間とお金の無駄でしかないからお帰りいただいているわけで、その時にはお金をもらったりはしませんからどっちかというと良心的な対応だと思うのですけどね。


わからないなら、わからないなりに言われた通りにやってみるというぐらいの考えが持てれば話はかわってくるのですが、体をモノとしてしか見れない人には絶対に伝わらないし理解できない話なのでなかなか厄介なことかもしれません。


で、そんなことを考えていたら


「耳鳴り止めるだけで3000万円なら楽でいいなぁ。」


と、そんなことに気が付きました。
どうやら、私は死んだら地獄に落ちること事は間違いなさそうです。
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私を馬鹿にするためだけにやってきたのだろうか?

ある日のことです。
京都の北部からやってこられた人がいたのですけど、体を見る前におかしなことをいいだしたので帰ってもらうという事がありました。耳鳴りが辛いということで相談にこられたのですけど、話を聞いたらその耳鳴りの原因は体をみるまでもなくすぐにわかりました。こちらのブログで紹介したこともあるような非常に多いパターンでしたから、おそらくそれほど難しいという事はなかったでしょう。


その方は、耳鳴りが起こるのは、


「これこれこういうことですよ。」


と説明したら、


「いや、それは・・・。」


なんて返事です。
それで、何を言い出すかと思えば、お医者さんにどういう診断をされているかということを延々と説明してきます。どうも私が医者と違うことを言うのが気に食わないらしいのです。それでも担当した医師が言うとおりにして、耳鳴りがとまるのであれば、それでもいいのですけど、全然トンチンカンなことをずっとやってきていたようで体がどんどん悪くなっているのが話からわかりました。まぁ、現在の医療のやり方では耳鳴りの原因なんてのはまったく検討がついていないわけですから、そんなことになってしまっているのはやはり珍しくもないわけですよ。


で、最初はそれなりに丁寧に説明をしていたんですけどね。


「いいや、それは違う。」
「それは受け入れられない。」


なんてことを言い出すもんで、


「あなたは私の説明は一切受け入れないのに、私にいったい何をしろというのですか?」


と聞くと、また医者にこれこれこういう診断を受けているなんていう話がはじまります。



「それじゃあ、仕方ないからもうお帰りください。」


という事をいいました。


結局、わざわざ遠方からやってきて、この人がやったことは、


『私の耳鳴りについての説明を全否定した。』


というだけのことだったりします。
それで、


「わざわざ遠くから来たのに無駄になってしまった。」



なんて捨て台詞をはいていくのです。
無駄にしたのは私ではないだろうと思いますけどね。ちょっと理解する事が難しい行動と発言で、いったい何を期待してわざわざやってきたのかと不思議で仕方がありません。少なくとも医療と違う考え方や技術について理解をしようとする気持ちが持てないのであれば私のような人間のところに来るべきではないと思うのですけどね。


ちなみに、こういう感じの人がこの1週間で3人ほど私に絡んできています。
で、私が思ったことは、


「あぁ、春がやってきた。」


ということですかね。
できればもうちょっと潤いのあるもので季節を感じたいものです。

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私の冊子とキャバクラには同じ効果がある!

週末で疲れ切って、体が動かないからもう仕事はできませんなんていってても、


「それじゃちょっとキャバクラいこうか。」


なんて声をかけたらスキップして走り出すような人は周りに一人ぐらいはいませんかね?これに似たタイプにイケメンが現れたら病気が治る女子だっていることでしょう。



こういう人たちは、たいていは本当に体が動かなかったり動けなくなっています。
しかし、興味とか、好奇心とか、もっとストレートに性欲とかを刺激されると元気がわいてくるわけです。

そういう人たちをみて、


「キャバクラに行く元気があるならもっと仕事ができるはずだ!」
「この女は嘘つきだ!」


なんて言い出す人がいたら、関わりを持つのを辞めてしまうほうがいいんじゃないでしょうかね。人間なんていうのはそういう生き物なのです。


世間じゃこういうのを


「心の問題だ!」


なんて言っていたりしますが、興味も性欲もわかないようなものを、将来のためだとか、やっといたら得だとか、責任感をもてとかいって、説得して人を動かそうとかするからおかしなことになっています。ごちゃごちゃくだらない理屈をこねてないでキャバクラにいったら治ってしまう病気もあるわけです。






さて、先日、日暮里で整体にこられている人から聞かされた話です。
身内の方に私が書いた冊子を渡したら元気になって仕事にいきだしたのだそうです。長く仕事をしていたそうですが、いろいろあってふさぎ込むようになってしまい、それをきっかけに入院したあと自宅で療養生活をおくっていたのだとか。


もう10年近く前に書いた内容でかなり陳腐化してしまっていることもあって、そろそろ辞め時かなぁと思っていたのですが、


「私が書いた冊子でもキャバクラぐらいの効果はあるらしい。」


という事がわかって一人でほくそ笑んでいたりします。



こういう話を聞いてしまうともうちょっと配布を続けようかという気になってきますけどね。
ただ、内容がちょいと物足りなくなってきているので、そろそろ辞めなきゃいけないとは感じていました。だから、長く発行しつづけてもあと1年ぐらいになるはずです。とりあえずキャバクラにいってきてもらってそれでも元気がでないようなら試してみてもらってもいいかもしれません。






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馬鹿と天才の違い

アインシュタインの脳には奇妙な偏りがあったそうです。
NHKのドキュメンタリーで見たと思うのですが、アインシュタインの脳を遺族や本人の意思を確認しないまま解剖して研究してしまった人がいました。調査はエスカレートして脳細胞の一部を切り取って世界中の研究者に送るなんてこともやっていたのだとか。その結果として、アインシュタインの脳にはちょっと違うところがあるとわかったわけです。

脳細胞の一部が送られてきた研究者には変だと感じた人もいたのじゃないでしょうか。
でも、そんな違和感よりアインシュタインの脳細胞を調べる事ができるという、とんでもなく興奮するであろう体験を皆が優先してしまったのじゃないでしょうかね。

やりはじめた当人ですが、おそらくですけど、遺族に遺体を研究させてくれと頼んでダメだといわれたら、どうしようもなくなります。だから、いろんな事をうやむやにしたままやりたい放題やってしまったんじゃないでしょうかね。悪気があったとうより、好奇心に突き動かされて自分の行動にブレーキをかけることができなかったんじゃないでしょうか。


この話を知った時、学生の頃に読んだ競馬好きのおっさんのエッセイを思い出しました。
そのおっさんは、友人が所有するテレビやビデオデッキやらを質にいれて、そのお金を競馬で使い込んでしまったのです。


「間違いなく勝てるからそのお金で返せばよい。」


と思ったそうです。
でも、自分で振り返っても当時なぜそんな事をやってしまったのか理解ができないなんて書いてありました。エッセイの内容から考えても、とても気の弱い人で、そんな無茶苦茶をやるような人だとは思えません。夏になると北海道の牧場へ馬の世話の手伝いをしにいくような人で、とても競馬が好きな人だということはエッセイを読んでいれば伝わってきます。ところが、好奇心とか、射幸心とか、何かのエネルギーが高まってしまうと人はとんでもない行動力をしてしまうのでしょう。


やられた方の友人はその時旅行中で、家に帰ってきたらいろいろなくなっている事に気がついて、


「やってくれたな。」


と一言。
それで当人を連れて競馬場へいって、質にいれたものを全部買い戻すだけでなく、その夜の二人分の酒代まで稼いでしまったのだとか。エッセイにはギャンブルに強い奴っていうのはこいう奴だみたいな感想が書いてあったように思います。

余談ですけど、今の世の中って倫理的という観点からでしか善悪を考えられなくなっていると感じています。
だから、人という生き物が、どういう習性をもった生き物か考慮することを辞めてしまっています。おかしな事件が起こったりしたときに、人の行動がすべて理性からくるという視点でしか考えられていません。


「不倫は文化だ!」


なんていうセリフは人としては駄目だろうと思いますけどね。
ただ、この発言をした人は信頼はしちゃいけない人だろうけど、好感を持つことはできるのじゃないかなぁとそんな事を思ったりします。だから、付き合っている女性がいたとして、友人に石田純一みたいな奴がいたら、横取りされても怒らずに


「おまえ、やってくれたな。」


といえるぐらいの人間でありたいなぁと私自身は思ってはいます。
まぁ、そんな友人にガールフレンドを紹介なんぞしないようにするのが一番賢いとは思いますけどね。


で、話を元に戻します。


アインシュタインは、死後に自分の死体を好き放題切り刻まれました。
でも、怒るのではなく、その切り刻んだ当人と奇妙な友情を築いてしまっているというストーリーが鮮明に私の頭に浮かんできました。

アインシュタインの脳を取り出したのはトマス=ハーヴィーという医師で、もうすでに亡くなっています。あの世にいったアインシュタインは後からやってきたトマスに、ローストビーフをすすめながら、


「やってくれたじゃないか。」


と、ワイン片手にそんな事を言っていそうな気がしたわけです。
私はこの二人の人となりはまったく知りませんから、全部想像の話です。だただただ、アインシュタインとトマスという人の事を思い描いて私がニヤニヤしていますというだけの事だったりします。


ところで、アインシュタインはかなり気難しい人だったそうです。
有名な舌を出した写真は、記者が何かの質問をしたのですけど、たまたま機嫌がよかったアインシュタインが質問を勘違いして舌をだしたのだとか。そのときは、この素晴らしい写真をどうやって撮影したんだなんていう具合に話題になっていたそうですね。




さて、この記事ですけど、ここからが本題です。


無許可で脳細胞を調べた結果、アインシュタインの脳には極端な偏りがあることがわかったそうです。
私の記憶では、前頭部の左側の脳細胞が異様に発達していたそうです。アインシュタインの才能はこの脳の異常な発達に由来するものではないかと考えられているのだとか。

ただ、アインシュタインと同じ場所が発達している人はいくらでもいるそうです。
どういう人かというと、バイオリン奏者は脳の同じところが発達しているらしいです。アインシュタイン自身も趣味としてバイオリンを所持していたそうですね。研究や思考が煮詰まったりしたときにはバイオリンを弾いて気分転換をしていたのだとか。まぁ、そうはいっても、


「バイオリンが趣味であることがアインシュタインの才能を開花させた!」


なんていうのはおそらく違うでしょう。
こんな話を聞くと、子供をバイオリン教室に通わせるようになる母親が少なからずいるでしょうけどね。おそらく脳の一部が発達している事がバイオリンを趣味として選ばせたというのが正解でしょう。


アインシュタインの場合は、脳の異常な発達が相対性理論の発見へ繋がりました。
そして、おそらくですがアインシュタインの脳を取り出したトマスにも何かしらの偏りがあったのではないかと考えています。奇矯な行動する人には、それが犯罪に類する行動だったりする場合も含めてですが、何かしらの偏りがあるものです。まぁ、悪い方に寄る場合はたいてい病気とか怪我に由来したり派生することがほとんどだとは思いますけどね。


トマスとアインシュタインの違いは、どこにその偏りがあったかというだけの差でしかないわけです。
その偏りが、学術の才能になるか、ギャンブルの才能になるか、それとも犯罪者になるかなんていうのはその人の運なんじゃないでしょかね。


「馬鹿と天才は紙一重。」


なんていう言葉がありますが、よほど観察力のある人が考え出した言葉なのでしょう。
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筋肉バンザイ!

「筋肉をつければ体の問題が解決する!」


というのはもう信仰といっていいかもしれません。
それなりの御利益があればいいのでしょうけど百害あって一利なしの論だから困ったものです。お医者さんで、腰が痛いとか膝が痛いとかいうと、たいてい


「筋肉をつけて関節や骨を守ればいい。」


なんていわれるわけですけど、嘘かもしれないと疑う人はあまりいないようです。
こんな事をいう医師がいたら、


「プロ野球選手にはどうやればなれますか?」
「Jリーグで活躍するにはどうすればいいですか?」
「オリンピックで金メダルをとるにはどうすればいいですか?」


というような質問をしてみてください。
たぶん、


「筋トレして筋力をあげればいい。」


なんていう返事が返ってくるのじゃないでしょうかね。
筋力の量は増やしてもスポーツでのパフォーマンスはあがることはありません。実は、むしろ低下してゆきますし、怪我や病気のリスクが増えます。プロ野球選手だった清原和博なんかがいい例でしょうか。筋肉の量に比例して成績がおちてゆき、怪我ばかりするようになってしまいました。それに対して桑田真澄はある時期から体の鍛え方をがらりと変えて長く活躍し続けましたし、大きな怪我も克服して活躍し続けました。この両者の違いは非常によい事例なんですが、あまり掘り下げて語られる事がありません。おそらく筋肉教の人たちには都合が悪いのでしょう。


世界一の○○の選手にボディビルダーみたいな人は一人もいないということです。
筋肉の量に比例して運動能力があがるのであれば、筋肉の塊のような体であれば運動能力があがるという事のはずです。競技会なんかをみているとハンマー投げの室伏は小柄な選手でしたが、世界で一位になれたのはどういう理屈だと聞いてみれば、


「筋肉の質が違う。」


当然、こんな返事なのでしょう。
じゃあ、その筋肉の質の違いはどこからくるのか?筋肉をつけて体を丈夫にしなさいという人は、それが説明できるでしょうか?筋肉について大して詳しくもないくせに、運動やスポーツについては無知なのに、運動して筋力アップをやりなさいなんていう無責任なアドバイスをしている人がいるわけです。オリンピック選手や、プロスポーツ選手をコーチ、育成して実績のある人が言っているのならまだしも、運動について無知な人が、


「筋肉をつけなさい。」


とアドバイスしていることに疑問を感じてみてもいいんじゃないでしょうかね。


私は学生のころはバスケットボールをやっていました。
それで、


「体の力を抜けば抜くほど、シュートの飛距離が伸びて正確さも増す。」


という事に気がついたのは高校2年の頃です。


運動について勉強なんかしていなくても、それなりに熱心に練習していれば誰にでも気がつける程度のことじゃないかと思えます。どの程度熱心さかというと、学校の体育館が使える日は毎日200本のシュートを放つ程度です。盆、暮れ、正月に、試験前後などなど、体育館が使えない日がありますから、おそらく330日程度ではないかと思われます。

3ポイントシュートの距離が6mほどなんですが、最終的にはそこから2~3m下がっても練習であれば8~9割以上は成功するようになっていたように思います。なお、バスケットボールの試合だと、近距離のシュートであれば9割、ロングシュートであれば8割入っていればだいたい全部入っているようにみえるぐらいだと思っておけばいいのじゃないでしょうか。


で、繰り返しますけどシュートの時に意識するのは、


「筋力をいかに使わないようにするか。」
「体の力をいかに抜くか。」


という事だったりします。

バスケットボールで正確なシュートをうてるようになるのに筋肉の量を増やす必要をまったく感じませんでした。


同級生の不幸は、そんな私が部長だった事でしょう。
部員には筋トレやれやれ言って、自分は筋トレをサボっていました。必要を感じないのですから当然のことではありますけどね。チームは大阪で32位止まりじゃなかったと記憶しています。今振り返ってみると、自分が上達することしか考えずチームがどうすれば強くなるかなんて全く考えていないかなりダメな部長でした。なかなかいいメンバーが集まっていたのに、申し訳ない事をしてしまったなぁと今振り返って思います。


筋肉をつけて体を丈夫にしなさいという人に、私のこの経験からくる考えを話したらどう考えるでしょうかね?
そして質問してみましょう。


「バスケットボールでロングシュートの飛距離と成功率をあげるにはどうしたらいいのか?」


筋力をつけろとかいわれたら、もうその人のアドバイスは聞く必要がありません。
かなり前からそういう傾向があるのですが、今の世の中では運動に詳しくない人がやたらと運動をしろと薦める傾向があります。ひどいお医者さんなんかになると、なんでもかんでも運動不足のせいにしたりします。それだけならいいのですが、たいして運動に詳しくないのに、体の調子が悪い時に、それは運動不足が原因だとかいうのです。


ずいぶん前に一回紹介しましたが、耳鳴りが辛いといって相談にこられた方が、


「毎日ジョギングでもして運動していればこんな事にはならなかった。もう手遅れだから一生上手に付き合っていきなさい。」


とか言われて、暗澹たる気持ちで私のところへやってこられました。
でも、この方はかなり軽度だったようで、整体して生活習慣を変えたら2~3週間で耳鳴りは鳴り止みました。もちろん運動なんて一切していませんし、


「余計なことはすんな!」


と厳命していましたよ。


筋肉運動教の隠れ信者たちは世の中のあらゆるところに潜んでいますから注意しなくてはいけません。
社会的ステータスの高い人たちほど入信している可能性が高い気がします。もしかしたら、宗教団体ではなく秘密結社みたいなものがあるのかもしれません。


運動をすすめるのであれば、


「どのような運動をどの程度してどのような体になればいいのか?」


ということをきちんとアドバイスをできなくてはなりません。
現状の体はどういう状態で、どういう課題があるからどのように体を作ってゆく必要があるのか説明もできないのに運動をすすめるのです。それで歩けとか、走れとか、山登りをしろとか、マシンで筋力つけろと、大雑把な事しかいわないのですからひどい話です。


筋トレはさらに難しくて、どのような体を目指すのかというのをしっかり考えなくてはいけません。
ムキムキになってホームランをたくさん打ちたいみたいな安易な考えで毎年のように肉体改造に取り組んだ清原がいまはどうなってしまったのか?世界一美しい筋肉を持っているなんて言われた人は肺と心臓がちゃんと動かなくなって死んでしまったんですけどね。そういう都合の悪いところは知らんぷりで筋肉バンザイとか叫んでいるのですから困ったものです。



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