安全運転と出張をはじめました。
2021年10月07日
先日、出張をやりますという告知をしてからはじめての出張にいってきました。2輪で行くわけですけど、2輪での高速道路は慣れていないのでまだちょっと怖いと感じてしまいます。ちなみに乗っているのは150ccのバイクなんですが、ちょいとアクセルをひねれば100kmぐらいは簡単にでます。
先日の出張時のドラレコ映像
-- 自律神経整体院 舟木進 (@jiritsuseitai) October 7, 2021
きれいに取れていて後で見直してみてなかなか楽しかったりします。 pic.twitter.com/zIngNAbckx
高速で走るとなると車体が軽いと風の影響だったり、近くに大型車が寄るだけで振られるといったデメリットが大きいので大きな車体のバイクを買った方がいいかもしれないなんて考え始めています。まぁ、大きいとそれはまた駐車や取り回しでデメリットがでるのでちょうどいいサイズを考えた方がいいのでしょうけどね。
2輪での高速道路の運転は生身だから怖いと思う人が多いかもしれません。
ただ、実際に走っているみると危険だと感じるからこそ安全運転に対する意識が高まるというメリットもあると感じます。結果、安全に運転するノウハウがここ数ヶ月でみるみる身についたように感じています。そのため、案外、こちらの方が安全に走れるのかもしれないと感じる事がしばしばあります。
結局、一番怖いのは安全意識がないドライバーですね。
普段でも様子をみていると、
「そんな運転をしていたら猫が飛び出してくるだけで死ぬこともありえるだろうに。」
なんていう運転をみかける事は少なくありません。
予測力とか、想像力とかそういう能力に欠けた人は運転適正がない、つまり運転しない方がいい人間なんてののもいるのだろうなぁと思ったりもします。アオリ運転や飲酒運転をしてしまうような人はそういう人たち代表的な例なのでしょう。
ところで、運転適性の低いドライバーって、車体の大きさで判断していることが多いようで、
「小さな奴は大きな車体に進路を譲るべきだ。」
みたいな感じで幅寄せだったり、無茶な追い越しをしてきます。2輪の運転では、そういうドライバーをいかに早く察知して距離をとるかというのがキモになってくるように思います。
不思議と、こういう人って車種が偏っています。
軽バン、バン、外車、高級車といった感じですね。これにタクシーを加えて、そんな車種が近くに寄ってきたら警戒をするようになってきました。
他で怖いのは周囲が見えていないドライバーです。
これは残念ながら女性に多いというか大半は女性です。これは女性特有の視野や思考のせいだと思いますが、オバタリアン走行とでもいうと伝わるかもしれません。3次元的に状況判断をするのが苦手だったり、自分を客観的に見る事が苦手な人は、自身の走行にしか関心がなく、こちらが優先の状況であっても、
「危ないから私の走行の邪魔をするな。」
という運転行動をとる傾向があります。
ただ、こういうのも30年ほどの運転経験があると、挙動をみてだいたいすぐに察知できるようになってきましたね。経験の積み重ねがいかに大切なのかという事を今更ながらに感じています。
さて、50歳目前で二輪の免許を取得したわけです。
これからますます運動能力が低下していくなかで免許取得というのは安全運転を見直すいいタイミングになったように思います。運転なんて慣れでやってしまっていると、能力の低下や、危険に対しての感覚がどんどん鈍くなってゆきますからね。ちょっと前に裁判のあった、暴走事件を起こした高齢者は自分の衰えを認めることができなくて、車の故障が原因だなんて主張してしまっていました。この事件は、他人事ではなく我が身に起こるというか起こしても不思議のないものだと捉えて自動車や二輪の運転をやっていこうと考えています。
まぁ、そんな訳で関西圏でしたら安全運転でどこでもいきます。
どういう形でやっていくのがいいかはまだこれから試行錯誤していく段階ですので、体の調子でお困りの方はまずはご相談を頂ければと思います。
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この図をみてピンとこない人はちょっとまずいかもと思っていいかもしれません。
なにがまずいかというと、努力や労力が必ず成果になって現れると考えている点です。
「努力をすれば夢が叶うんだ。」
という言葉は心地よいかもしれませんが、こう考えてしまう人は日々の努力の成果を実感できていないと努力や労力を継続する事ができないようです。
私は学生のころ、バスケットボールに打ち込んでいました。
今ふり返ると練習内容にかなり問題があったので大成はできませんでしたが、かなりの練習量はこなしていたのでそれなりの実力は身につける事ができました。(大阪北部公立で3位、大阪でベスト32位程度)それで、その技量の伸び方なのですけど、図示するとこんな感じだと思います。
練習を続けているとどこかのタイミングでいきなり上手になります。
これは私だけでなく他の部員もそうでしたから、大半の人はこういう具合に実力を身につけていくのだと思いますね。ポイントはなかなか伸びない期間があるという事でしょう。ここでどういう考えで取り組んでいるかで伸びる要素や伸びしろが決まってくると考えるとわかりやすいでしょう。
ホンダの創始者、本田宗一郎の言葉だったと思うのですけど、
「業績のよくない時にやっていた事が飛躍の原動力になっている。」
というものがあります。
これは企業の話だろと切って捨てるより、あらゆる物事に応用のできる考え方がいいと思いますね。
絵を描くのだって、スポーツだって、仕事だって、何かを身につけようと思うのであれば練習や労力を継続することはとても大切です。でも、そういった苦労がすぐさま成果になって現れるかというとそれもまた違います。成果になってあらわれるのは延々と練習を続けた後のことでそれがいつになるかはわかりません。スポーツみたいに身体能力を維持できる期間というのは終わりがありますから、努力の成果が得られる前に引退を考えなくてはいけなくなる事もあるかもしれません。
そうならないために、もう1つ考えておかなければいけない事があります。
それは、努力の方向性です。こういうものを作りたい、こういう成果をあげたいというのは、仕事、物作り、スポーツ、芸術などあらゆる分野に応用がきく考えだと思います。言葉にならない事もあるかもしれませんが、全ての人はなんらかのゴールを設定して物事に取り組む事でしょう。
そのゴールに向かって一直線に向かう事は無理だと考えた方がいいでしょう。
もし、そういう事ができる人がいるとしてもそれは天才と呼ばれるような人で一般の人に真似をすることは無理でしょう。だから、なるべく向かうべきゴールに近づくように労力を払って行くことになります。
私はテレビゲームが好きなのでそれを例にあげてみましょう。
「製作開始のころはこういう完成形を目指していたのではないだろう。」
と感じるゲームに出会う事があります。
予算なのか、納期なのか、プログラミング技術のせいなのか、遊んでいてこの部分は妥協しているなとか、作ってみたら想像していたような面白いゲームにならなかったのだなとか、途中で諦めたのだなと感じる事があります。逆にひどい内容なのだけど、そのひどさが反対に作用して神がかった面白さを演出する事も希にあったりしますけどね。
こういう具合に製作過程でゴールにたどり着けない事がわかったり、ゴールを変更しなくてはいけない事があったりする訳です。
そういえば、ドラマ化もされた東京トイボックスというマンガは、ゲームクリエイターが
「こうすればもっと面白くなる!」
という事に製作途中に気がついて大きな仕様変更をする話です。結果として、製作現場に大混乱をもたらすのですが、その混乱をどうやって治めていくかというのが絶妙に描かれていますのでおすすめです。 





