私が担う役割
2016年04月13日
今朝、整体という技術にたいして私が担う役割というのがあるだろうか?
なんていうことをぼんやり考えていました。技術を高めるという事はこれからも継続して取り組んでいくつもりです。しかし、正直にいって技術面で私が貢献できることなどないような気がしています。
整体という技術をまとめた野口晴哉氏にこんなエピソードがあったそうです。
まだ14だったか16歳ぐらいの事だった野口少年は、体に触れることでその人の余命がわかるという特技をもっていたそうです。
「あと1年です。」
というとその人は本当に1年後に亡くなったそうです。
何の予備知識もなく、勉強したわけでもなく、ただわかったのだとか。これはもう才能といっていいのではないでしょうか。そして、人の体のことに興味をもって、それからあれこれと勉強をはじめたのだとか。順番が普通の人とは全に反対ではないかと思います。
私はこの整体を学び始めて10年ほどたちますが、いまだに人の余命などわかりません。
もちろん、余命の少ない人であれば、それはわかるぐらいの自信はあります。しかし、1年後などという精度でわかるはずもありません。
そんな事を踏まえて考えると、いまある技術を深めてゆくという才能は私にはないのだろうと思えます。すると私ができることというと、何かを書いて残す事だろうかなんて思ったりします。
実は書くということに関しては整体より長い期間の付き合いがあります。
皮肉と毒舌が好きな私が何かを書いて残すなんていうのはちょっと問題があるかもしれませんけどね。
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