ブログ「日々整体」

傷寒論を軽んじる漢方医たち

 現代医術は治療に際して病名を必要とし、之を専門家的に眼は眼科、肺は呼吸器科といふように治療する、之、全くの誤りで、人体は有機的な質的融和的総合的なものであって、一部分だけで生き、一部分だけで生活してゐるのではないない。従つて人体を考ふる時は、全体的総合的であるべきで、之を固定的局部的に考ふるべきものではない。眼で物を視るといふも、眼だけで見ゆるのではなく、眼を通じて脳髄を刺激するのである。眼は神経によつて脳と連絡してゐるからである。それ故脳と眼だけを取り出しても見えぬ。之、身体を一つに考へる必要がある、と言う所以である。
 然るに細胞病理は、人を分析的に局部的に考へる。が、之は大なる誤りである。之、現代医学が顕微鏡に捉はれて、細胞生活に重きを置くの結果、動物生活と植物生活とを混同して、そこに大なる区別の存することを忘却してゐるが故に他ならぬ。

(現代語訳)
 現代医術は治療をする時に、病名が必要となります。これを専門に分けて眼は眼科、肺は呼吸器科というように治療する。このような方法は完全な誤りです。人間の体は有機的な物質が集まって形作られたもので、一部だけで生き、一部だけで生きているのではありません。ですから、人間の体について考えるときには、体全体について考えるべきで、局部、一部にキ切り分けて考えてはいけません。眼で物を見るからといっても、眼だけで見えるのではなく、眼を通じて脳を刺激するのです。眼は神経によって脳に情報をおくっています。そして、脳と眼だけを取り出しても物が見えるわけではありません。体全体をもって考える必要があるというのはこういう理由です。

 ところが、病理医学では、人間の体を局部的に考えてしまいます。だから、大きな誤りを犯している事になります。現代医学が顕微鏡で体を観察して、細胞の活動に重点を置いて考察を繰り返しています。これは植物と動物の違いを考えないで、そこに大きな違いがあることを忘れてしまっているようなものです。


(注釈)
中国においては傷寒論という書籍があります。
200年ごろ後漢末期の中国で病気に対しての治療についてまとめられた書籍です。作者は確か張中景という人で、三国志にまつわるものを読んでいるとたまに見かける名前です。ちなみに、この時期には華陀という世界ではじめて外科手術を成功させる医者がいたのでそちらの方が有名ですが、功績としては張中景の方がはるかに上だと思います。華陀は自分の技術を自分だけのものとして一切を後生に残す事はありませんでしたから。

続きは四面楚歌へ掲載しています。
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