ブログ「日々整体」

自律神経の高め方、整えたか

「おいしいものをバランスよく食べて、ぐっすり眠り、くよくよしないで前向きに物事を考えれば自律神経の働きは高まる。」 

なんていう話が日常的にまことしやかに語られています。 
しかし、自律神経のというのはそういうものではありません。例えば、台風がやってきていて、大雨に風が吹き荒れているような日に、 

「買い物にいってきて欲しい。」 

と頼み事をするとたいてい嫌な顔をされて断られる事でしょう。 
でも、 

「お駄賃として3万円あげるから、買い物を頼まれて欲しい。」 

と言われれば、さっきまで不満だったはずなのが、急に元気になって買い物に意欲的になるかもしれません。 

同じ買い物にいくという行動なのに駄賃のあるなしで元気の出方が変わってくるのです。 
そして、当然ですが3万円程度の報酬や、そもそもお金では元気がでない人もいることでしょう。でも、そんな人でも好意感じている異性に頼まれたのなら、あるいは目の中にいれても痛くないとまで思える子供ためのものを買い物にいくことなら苦にも思わないかもしれません。 

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自律神経ってなんですか?(無料記事)

ネットで自律神経の事を調べてみると交感神経と副交感神経があってみたいな説明をみかけることでしょう。でも、この説明は全く役にたっていないと考えてよいでしょう。確かに、嘘はいっていませんが、だからどうしたの?という内容としか言いようがありません。

これは人間に置き換えて考えるとわかりやすいかと思います。

「人間ってどういう生き物ですか?」

と聞かれたどう答えるでしょうか。
男性と女性がいて男女が協力して子供を作って育て、社会を作って集団で生活を営んでいます、なんていう説明を聞いてすべてが説明されたと感じる事はないと思います。

男性は交感神経主体で女性は副交感神経が主体の生物です。
だから一般的に男性は緊張や興奮するものに、女性はリラックスや癒やに関心が高くなる傾向があります。性行の際の体の変化や様子をふり返って考えればわかる事でしょう。男性は緊張する事ができなければ子供を作る事ができません。ただ、そうはいっても女性的な男性がいれば、男性的な女性も存在しています。

さらに、世間でよく耳にする、

「副交感神経を高めることが大切だ。」

という理屈はおかしいのです。

この言葉そのものは嘘ではないのですが、

「緊張することがダメ。」

なんて考え始める人まで現れています。
現実は、人間が元気に生活していくためには交感神経が優位になれないとダメですし、副交感神経が優位になってリラックスすることも大切です。男だから仕事だけやっていればよい、女だから家事をちゃんとという事を言っている人をみたらどんな風に感じるか考えてみてください。結局、ちゃんとした答えをいうのであれば、朝起きたときには交感神経が優位になって夜寝る時には副交感神経が優位になって、そういう具合に適度にバランスを取るから我々は健康に生活できるのです。


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気の上昇下降と季節習慣(無料記事)

「鬼は外、福はうち。」

節分に豆まきをする人はかなり減っているかもしれません。
日本の昔からの習慣はかなり廃れてきていますが、その中で特にやっておいた方がいいと私が考えているのが豆まきです。

食べて寝るだけの正月から節分までの期間、ほとんどの人はかなり弱ります。
これは寒さが厳しくなるから当然の事です。逆にいうとこの時期を無難に過ごせるという人は自分の健康についてはちょっとは自信をもってもいいかもしれません。

赤鬼の角が生えている場所は、頭部第二という頭骨の調整点です。整体の初歩としてここに指をあてて気を通してあげると眠りがよくなると教わります。

この理屈を簡単に説明しましょう。
人間の体には気の流れがいくつかあるのですけど、代表的な流れとして上に昇るか、下に降るかの2方向のものがあると考えてくだもらうとよいでしょう。怒っている様子を頭に血が昇るといいますし、落ちついた状態になる事を気を静める(沈める)といったりします。このように気の流れというのはそのまま心境にストレートに反映されるのです。

気というと、あいまいなものと思うかも知れません。
しかし、気の流れは、そのまま重心の変化だと考えていただくと認識しやすいかもしれません。頭に重心が偏ると不眠、頭痛、めまいなどを起こします。そして、怒りっぽくなったり、落ち着かない心境になったりします。

躁鬱なんて言われる状態は頭に重心がかなり偏った状態です。
テンションがあがってしまってじっとしていられなくなり行動的になります。子供なんかだと、多動なんていわれているのをよくみかけますね。そういう子供を元気があまっているとみて走り回らせるか、それとも病人扱いして薬で無理矢理に落ちつかせようとするか、この選択でその子供の人生は大きくかわってしまう事でしょう。

下がりすぎると体が起こせなかったり、意欲や向上心がわかないようになります。
ニートなんていう人は重心が下がりすぎているだけですし、医者に胃下垂だとか言われる人は気が下がって重心が下がっているだけの人も多いです。

いわゆる鬱という状態は、重心が下がっているだけの状態です。
そういう人に、物事をプラスに捉えればテンションがあがるかというとそんな事はありません。体にオモリをつけて生活しているような状態ですから、すぐにバテますし、たいてい活動する気力がわいてこないのです。

ちなみに、肥満状態の人は重心が上がりすぎている人が陥っている事が多いです。
食べることで・・・・ 

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すべての病気は抵抗作用の不足が原因

 林檎であるなら、その一部分に強き衝撃を加えれば、その衝撃を受けた部分の細胞は、忽ち(たちまち)破壊されて死滅し、その部分だけは段々と腐敗して行くが、他の部分は健全に生存し得るのである。しかし動物の場合は、之と大分現象を異にし、強く衝撃を受けた部分の細胞は、一時仮死状態になって、俗に云う黒死となるが、日を経るに従って次第に薄らぎ行き、遂に健全なる元の状態に恢復するのである。その代り一点の急所を強く刺激すれば、他の部分の細胞が完全であるにも拘わらず、忽ち死といふ転帰をとらねばならない。動物と植物とに於いては、その生活現象がこの如き大なる相違がある以上、細胞病理必ずしも当てになるとは限らない。
 予は飽くまで抵抗作用が鈍るから、障碍作用(しょうがいさよう)に冒さるゝのだと主張する。繰り返して云う、万病は一因、抵抗作用の不足からのみ発する。


(現代語訳)
 林檎の木を例にあげて考えてみる。木の一部分に強い衝撃を加えれば、その衝撃を受けた部分の細胞は、すぐさま破壊されて死滅します。その破壊された部分は少しづつ腐敗しますが、他の部分は健全に生きていく事ができます。それに対して動物の場合は、林檎の木のような植物とは違う経過をたどります。強く衝撃を受けた部分の細胞は、一時、仮死状態になって黒死という状態、いまでいう痣になります。しかし、月日を経過するにつれて痣は薄れてゆき、いずれ健全な状態に回復します。その代わり急所を強く刺激すれば、他の部分の細胞が完全であっても、すぐに死という状態になります。動物と植物においては、このような大きな違いあるため、細胞や病理が必ずしもあてになるとは限りません。
 私は、体に抵抗作用が鈍るから病気になるのであると主張をします。繰り返しますが、すべての病気は抵抗作用が不足したときにのに発症するのです。

注釈については、四面楚歌に掲載しています。
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体の切除と薬の効能と

又人体は総体的のもので、之を切離しては考へえらぬ。身体の一部を切除するが如きは、身体全部に対する違和感を惹起し、自然療能の活動を妨ぐること大で、徒に疾病に冒さるゝの機会を多くするに過ぎぬ。かくして何れの時にか「医は医なきを期する」事を実現せんやである。医術は増加の一方なるに拘わらず、病弱者は益々急激なる増加をみるといふ皮肉なる現象を呈する、亦宜ならずやと言わねばならぬ。 

(略) 

病患者が胃散を常用しその服する毎に分量を増し、ついに胃散なくしては食する事能わざるに至つた事を見聞したることなきか。便秘症に服用をなし、遂に薬なくしては排便の出来ぬ習慣となり、結局便秘の促進にしかならなかつた例を知らざるか。

言葉の意味 
惹起(じゃっき) 事件、問題を引き起こす
徒に(いたずらに) 無駄に  
亦宜ならずや(またむべならずや) 当然だ、当たり前だ 

(意訳) 
人の体は総体的、つまり部品を寄せ集めて作られているのではないので、その一部に注目して考えてはいけないものです。体の一部を切除、切り離すと体全体に違和感を感じるようになり、体の持つ治癒力の働きを大きく阻害、結果として病気になる機会を多くしてしまいます。そんな事をやっていていつになったら、「医とは医なきを期する」という事を実現できるのか。病院は増加の一途であるのに、病気に悩む人たちがどんどん増えていくいう皮肉な事がおこるのは当然の事といわねばなりません。 

患者が胃散の薬を常に服用するようになると必要になる薬の量は増加してゆき、ついには胃散なくしては食事を食べる事もできなくなる例をみた事はないだろうか?便秘を解消する薬を飲み続けてりると、薬がなくては排便できなくなってしまい、薬が便秘の促進になった例をしらないだろうか、きっと周囲を探せばすぐにそういう人は見つかるだろうと思う。 

(役ここまで)

興奮すると漢文のような口調になる高校教師という登場人物がいるマンガを読んだ事があります。 
例えば、怒る時のセリフが、 

「子曰く、○○○・・・・!!!!」 

という感じになります。 

この文からは野口晴哉師の感情が伝わってきます。 
書き始めは穏やかな口語であったのが、突然、文語調の文体に変貌してきます。きっと怒りや腹立たしいという気持ちが抑えられなかったのでしょう。野口師が整体師であって、文を書くのが本業ではないというのが私には感じられてちょっとニヤリとしてしまいます。 

本題に入ります。 

人間の体の一部を切除する。 
生きるために必要だといわれればその医師の判断には従うしかないと思うかもしれません。しかし、それは生きるという事の意味を間違えているからそのような判断になるのでしょう。 

例えば、手術で脾臓を取り出したという人が整体にこられた事があります。

続きは四面楚歌に掲載しています。
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