残りの人生プラン
2021年04月14日
50歳以降の人生プランを考えています。
今の所、
・畑付きの家で半自給自足
・物価の低い国に移住する
という2つの案があります。
前者は来週からでも物件の下見ができますが、後者は現状の社会状況を踏まえるとそう簡単にはいきません。
一応、現状のすまいでも半時給生活は可能ですが、古いマンションで今後の見通しがはっきりしていないので引っ越しも視野にいれています。外国については、先日、思いついたものなのでどこの国がいいかなんてことも、まだなんにも考えていないんですけどね。
現状、こういう具合にぶれるところがあるという訳で、まだまだ検討が足りないという事なのかもしれません。
私には所得が年収100万台だった時期が何年かあります。
その経験があるせいではっきりとわかるのですけど、日本は所得が低い方が生活が楽になります。つまり、中途半端な向上心はかえって生活を苦しくしてしまうだけだという事を体感しているのです。今後、消費税が上昇をつづけるとちょっと様子が変わってくるので、当時はという但し書きは必要かもしれません。
ついでにいうと、さらに消費税があがると生活が成立しない個人や家庭が、かなり増えてくると思うのです。すると、戦後みたいに闇市が当たり前になってくるかもしれませんね。消費税を律儀に払っていると生活できないのですからこれは当然の流れだと思えます。それを防ぐための電子マネー化と、我々の生活は本当にがんじがらめにです。そう考えると、地域通貨とかポイントとかをやりだす流れも当然出てくるわけで、日本という国そのものの存在意義が失われていってしまうかもしれません。
ちなみに、闇市がさかんになると、メチルアルコールを酒だといって飲んだり、妖しい甘味料をおかしだといって食べる人間がたくさん出てくるわけで、そういう具合に、今、あるものは全部壊してしまってもいいのかもしれないと思ったりもします。
話を戻します。
所得を追いかけない生活は実はかなり楽しかったりするわけです。
だからかもしれませんけど、今でもしっかり稼ごうとい気持ちはほとんどありません。もちろん、潤沢なお金があったらこれが欲しいなぁと思うことは頻繁にありますけど、お金で手に入るものってその時の気分だけのものなんですよね。すでに、本当に欲しいのは物じゃないという事には気がついているわけです。
また、低所得とは別に収入ゼロという時期もあります。
それはそれでまたちょっと違う感覚です。この事は以前にどこかで書いたようにも思いますけど、その間は私にとって非常につまらない時期でした。
「仕事をしないで生活する。」
というのは、多くの人が憧れるものかもいれません。でも、仕事をしないでいる日々は、生活をとんでもなくつまらなくするものでした。
専業主婦が社会との繋がりがなく孤独になっているなんて話を聞いたことがあるのではないでしょうか。たぶん、それと同じかもしれません。
「私のような人間でも仕事を通じての社会との繋がりを必要としている。」
という事なのでしょう。
さて、そういう事を踏まえたこれからの人生プランは、
・死ぬまで仕事をする
・所得は最低限度のレベルでよい
という事が大きなポイントになってくるわけです。
こう考えると物価の低い外国に行くという選択は理想とはちょっと離れているかもしれません。ただ、医療が不十分な国へ地域へいって整体をやっていくという案はなかなか捨てがたい考えでもあったりします。この辺りは今後の社会状況の変化をみながら判断してゆきたいところです。
さて、これを書いている時に、
『人生は100年の時代に突入する。』
という本の紹介をみました。
年々、寿命が延びているから今の若者は100歳を超えるのが当然で、80歳ぐらいまでは元気に仕事をしてられるみたいな事が当然の世の中が来るなんて書いてあるそうです。
この予測は私は多分違うだろうと思います。
なぜなら、現状の医学はそんな立派なものじゃないからです。また、人間という生物を観察していて思うことは、充実した人生を送る人は寿命が短くなるし、長く生きる人は細い生き方をするという事です。医療が進歩しても、ホモサピエンスという種の寿命が伸びる事はないと確信を持って思います。中途半端に進歩を、大きな一歩だと勘違いしてる学者がおかしな事を言い出しているだけの事だと思います。
少なくとも私は希薄に長く生きるつもりはありません。
日々を充実させて、
「ざまーみろ。100歳まで生きれる訳がないだろう!」
と言い残して死んで行くつもりです。
でも、そう考えるとあと10年ぐらいしか余命はないかもしれないですね。死にそうな気配がでてくればたぶん、気が付くとは思うのでまだもうちょっと大丈夫だろうとは思いますけど。
30年はもう無理だと思います。
だから、あと10年生きた場合、あと20年生きた場合の2パターンの生き方を考えるのがよいかもしれません。で、それ以上生きてしまったときの事は、ちょっとだけ考えておくという事でよいような気がします。
繰り返しますけど、私は死ぬ直前まで仕事をしているつもりだから、考えなければいけないことはそれほど多くはありませんね。
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